どんなリスクが? 鳥インフルエンザを考える
- 2023年12月07日
月に一度、福島の科学や環境の話題をお届けする「ふくしまサイエンス」。今月は、渡り鳥の飛来が本格化し、県内でも発生の懸念が強まる鳥インフルエンザを取り上げます。卵の価格上昇の一因になるなど社会的な影響の大きな問題ですが、実はヒトの健康も脅かすおそれがあるといいます。鳥インフルエンザをめぐる県内の現状と、その対策を考えます。
合計12万羽が…福島県でも去年、養鶏場で初確認
毎年、渡り鳥が飛来する晩秋から冬になると話題になる鳥インフルエンザ。福島県でも去年11月と12月に、伊達市と飯舘村の養鶏場で相次いで確認されました。県内の養鶏場での鳥インフルエンザの確認はこれが初めてで、殺処分されたニワトリの数はあわせておよそ12万羽に上りました。これまで野鳥ではしばしば確認されていたものの、養鶏場での発生はなかっただけに、養鶏や畜産関係者には大きな衝撃を与えました。
全国に目を向けてみると、養鶏場では去年からことし5月までの間に、26の道と県で84件が確認されました。殺処分されたニワトリの数は、過去最多のあわせておよそ1771万羽に上りました。これまでにない最悪の事態となり、国内でも多くの養鶏業者などが被害を受けた異例のシーズンだったのです。
“発生しないことを祈って…” 養鶏業者
再びウイルスを運ぶ渡り鳥が飛来する季節となり、県内の養鶏業者は現状をどのように受け止めているのでしょうか。三島町で年間およそ1万2000羽の食肉用の会津地鶏を出荷している養鶏業者に、11月下旬に話を聞くことができました。鶏舎内の撮影を交渉したところ、想像以上の強い警戒感を持っていることがわかりました。
(小平さん)
鶏舎の衛生管理区域内にウイルスや病原菌を入れたくないので、世話をする人以外は原則、入れないようにしています。ですので、鶏舎内の撮影はお断りしています。今この時期はどうやって鳥インフルエンザを発生させないようにするか、とても緊張しているんですよ。
この養鶏場では感染リスクを減らすため、基本的には年間を通して関係者でも鶏舎内へは立ち入り禁止。さらに渡り鳥の飛来が本格化することし10月からは、世話を行う従業員1人以外は立ち入りを完全に禁止するより厳しい管理に切り替えたといいます。全国的に鳥インフルエンザが多く確認されるようになった4年ほど前から管理を強化しているものの、これ以上、取れる対策はないとのこと。一方で、去年の県内での発生を受けて、警戒感は例年になく高まっているといいます。
(小平さん)
やはりできることはほとんどやり尽くしていて、鶏舎に入る人を最小限にするとか、周囲に消毒剤をまくとか、もうこれ以上対策しようがないのが現状です。来年の4月から5月くらいまでは心配な時期は続くので、全国的に鳥インフルエンザが発生しないように祈っています。
県の検査機関でも緊張高まる
警戒感が高まっているのは、養鶏業者だけではありませんでした。日常的に鳥インフルエンザの侵入に目を光らせている、県の検査機関です。国が鳥インフルエンザに対する全国の野鳥の監視体制を引き上げたのを受け、ことしは特に警戒を強めているといいます。
その理由は、環境省が去年の大発生を受け、ことしから9月と10月を「早期警戒期間」として全国の野鳥の監視レベルを最も高い「3」に位置づけたことにあります。一部の野鳥について、検査を行う基準を引き上げたのです。検査を担うこの野生生物共生センターでは、検査を速やかに行うための備品の補充や、手順の確認を行うなどして備えを強化しているといいます。
実際の検査のようすを、今回特別に見せてもらいました。検査は、鳥インフルエンザウイルスに感染した疑いのある野鳥を対象に、のどなどから検体を採取して行います。
そしてインフルエンザの簡易検査キットを使用し、感染の有無を判定します。センターによりますと、
渡り鳥の飛来が始まって以降は、※10月にカモを1羽検査しただけで結果も陰性だったとのこと。しかし担当者は、国の方針もあって、強い警戒感を示していました。
※11/24時点のデータ。
(壁谷さん)
去年、福島県の養鶏場で初めて発生が確認されたので、これまでになく緊張感がありますね。今の時期は鳥インフルエンザがいつ起きてもおかしくはないので、死んでいる鳥を見つけたらなるべく触らず、市町村や県、それにこの野生生物共生センターに連絡してほしいです。
意外なところに影響も…卵品薄で洋菓子店直撃
鳥インフルエンザの影響は、様々なところにも及んでいます。昨シーズンから全国で発生が相次いだことで卵の価格が高騰。郡山市にあるこの洋菓子店では、製造する商品を一部、見直すなどの対応を迫られています。
パンや焼き菓子などを製造・販売するこの店では、材料として大量の卵を使用しています。しかし去年、全国で猛威を振るった鳥インフルエンザの影響で、仕入れ先だった郡山市の養鶏農家からの供給が不安定に。ことし4月に、仕入れ先を変更せざるをえなくなりました。
それでも仕入れが安定せず、人気商品の1つで卵の風味が特長だったバウムクーヘンの味にばらつきが出るようになり、ことし3月にキャラメル風味を前面に出したバウムクーヘンの新商品を新たに開発。
同じく、最盛期には1日3000個ほど製造していた人気商品のプリンも、今は20個ほどにしか作れなくなり、卵を使わない牛乳プリンの製造・販売に切り替えました。
この店の卵の仕入れ価格は、現在10キロ当たり4200円前後。以前に比べて平均600円から800円値上がりしているといい、今シーズン、鳥インフルエンザが広がり、卵の供給が再び不安定にならないか、不安は募るばかりだといいます。
(相良さん)
卵はお菓子にとっては非常に重要な原料です。一時は品薄で生産がほぼ止まってしまったりもしました。また鳥インフルエンザが起きると、供給が滞って再びそうした事態に陥るリスクもあるので不安です。大変だとは思いますが、なるべく卵を使わない商品開発を継続するなど、自分たちでできることをやって、少しでも経営上のリスクを回避していきたいと考えています。
今後の見通しは…専門家“リスク昨シーズン並”
鳥インフルエンザに詳しい専門家は、今シーズンの発生について、どのような見通しを持っているのでしょうか。農林水産省のまとめでは、ことしは養鶏場での発生は去年より1か月ほど遅く、11月下旬に佐賀県で発生が確認されたのに始まり、※茨城県など4県で確認されています。専門家は発生件数こそまだ昨シーズンに比べ少ないものの、リスクは変わらないと指摘します。
※2023/12/4現在。
(迫田教授)
北海道から鹿児島まで、野鳥から鳥インフルエンザウイルスが検出されている状況は去年とほぼ変わらないため、複数のルートでウイルスが持ち込まれていると考えられる。国内の野鳥の間で広がり、さらに多くの養鶏場で発生するリスクはある。今シーズンの発生が遅れたのは、昨シーズンの被害などで関係者間で対策が進み、警戒感が高まっているということなのだと思う。環境中のウイルス量は去年と同じでリスクはどこにでもあり、少しでも減らせるよう努力を続けてもらう必要がある。
考察:鳥インフルエンザウイルスのリスクとは
この時期になると関係者の頭を悩ませる鳥インフルエンザ。そもそも原因となるウィルスとは、どんなものなのでしょう? 鳥インフルエンザウイルスはカモなどの野生の水鳥の腸内から見つかります。こうした水鳥が本来の宿主と考えられ、宿主の中では悪さをすることはありません。しかし、越冬のために水鳥が各地に飛来し、田んぼや水たまりなどの水場で体外に排出されたウイルスが、小動物などに感染したり、付着したりした状態で養鶏場に侵入。本来の宿主ではなく、免疫のないニワトリに感染して病気を引き起こすと考えられています。特にニワトリなどの家きんに対して高い病原性を示すものは、細胞への侵入に関わるウイルス表面の特徴から、これまでにH5とH7と呼ばれる2つのタイプが確認されています。
一方、鳥インフルエンザウイルスはヒトにも感染することが明らかになっています。1997年には、香港でH5N1の鳥インフルエンザウイルス感染による死亡例が世界で初めて確認され、世界中を震撼させました。2000年代になってからも感染例は後を絶たず、H7N9と呼ばれる新たなタイプの感染も確認されるようになっています。鳥からヒトへの感染は、大量のウイルスに暴露されるなど、特異な状況が積み重ならなければ容易には起きず、ヒトからヒトへの感染も起きないとされています。しかし迫田教授は、世界的に鳥インフルエンザウイルスの感染が広がる中で、一定の注意は必要だと指摘します。
(迫田教授)
先進国であるアメリカやイギリスでも、鳥を飼っている人たちで鳥からヒトへの感染につながってしまったケースがある。先進国でもこれだけ環境中のウイルス濃度が高い、すなわち感染の頻度が高くなっているということ。例えば日本でも、養鶏業、動物園の飼育員、庭先でニワトリを飼っている人などはリスクがあるので、冬の時期には日本でも感染はあり得るという危機感は持っていただいたほうがいい。病気を発症した際に診断する医師も、鳥に日常的に触れている人が何らかの感染症にかかり、症状が悪化しているなどのケースがあれば、鳥インフルエンザを疑って、検査や治療、症例の報告などをふだんから意識する必要がある。
トピック:新型ウイルス――変異のリスク?
新型コロナの流行以降、これまでにない大きな規模で感染が拡大しているヒトのインフルエンザ。これらヒトからヒトへ感染するウイルスは、H1、H2、H3の3種類が知られています。これらのウイルスはすべて、野生の水鳥が持っていたウイルスが、ニワトリなどの家きんに感染するようになり、さらにブタなどの哺乳動物に感染して変異を積み重ねる中で、ヒトの間で感染するようになり、大きな流行につながるようになったと考えられています。
このため、以前から専門家の間で懸念されているのが、世界的な大流行を引き起こし、社会に深刻なダメージを与える“新型ウイルス”出現の可能性です。パンデミックといえば世界的に大きな問題となった新型コロナウイルスが記憶に新しいもの。しかし、インフルエンザはもっと古くからその可能性が指摘されていた、いわばパンデミックの元祖ともいうべきウイルスなのです。
現に1918年に世界的に流行し、当時少なくとも5000万人が亡くなったとされる「スペインかぜ」は、人類が最初に特定したH1N1と呼ばれるインフルエンザウイルスです。詳細な分析の結果、このウイルスもカモなどの鳥を起源とするものがブタなどの動物に感染するようになり、ヒトの間で流行した可能性が示唆されています。当時の“新型ウイルス”、それがスペインかぜの原因だったのです。
現在は中国や東南アジアを中心に、鳥からヒトへと散発的に鳥インフルエンザの感染が確認されています。こうした感染が続く中でウイルスが変異し、ヒトからヒトへと感染するようになって世界的な大流行を引き起こさないとも限りません。こうした新型ウイルス出現の可能性について、長年ベトナムなど海外の現場に赴いて監視を続けてきた迫田教授。鳥インフルエンザの感染拡大は、いずれヒトの健康問題や社会問題にまで大きく波及する可能性があり、われわれは対策を緩めずに続けていく必要があることを理解しておくべきだと指摘しました。
(迫田教授)
鳥インフルエンザウイルスが次のパンデミックを引き起こすということをむやみにあおる必要はないと思います。ただ、実際に鳥からヒトへの感染が諸外国で起きているのは事実ですし、トドなどの海獣やタヌキ、ミンクといった、これまで知られていなかった野生動物どうしでも感染が起きている。過去10年、20年予想しなかったことが世界中で起きているので、対策を緩めるわけにはいかない。これら野生動物からヒトに感染しやすいウイルスが出てくる可能性は否定できませんから、まずは野鳥から野生動物への感染というのをできるだけ少なくするようにする。死んだ野鳥をきちんと回収する、動物から分離されるウイルスの性質を解析し、ヒトに感染しやすい変異が起きていないかなどを、これまで以上にしっかり見ていく必要はあると思います。