“おじさんは地域の光”「岩代おじさん図鑑」
- 2023年09月29日
いま話題の「岩代おじさん図鑑」。二本松市の山あいの岩代地区に生息するおじさんをひたすら紹介する、というユニークな冊子です。ゲームの攻略本風のデザインに、おじさんたちの生態や名言(迷言)も多数掲載されています。おじさんへの愛にあふれた内容にひそかにハマる人が続出し、増刷するまでになりました。制作者たちの予想を超えてウケているこの図鑑。ネガティブなイメージもある“おじさん”になぜ、目をつけたのか。取材してみると、おじさんが地域の光になる可能性があることが浮き彫りになってきました。
▶おじさん図鑑の人気ぶり!
おじさん図鑑の配布が始まってから、1か月あまりがたった9月下旬のある日、二本松市の岩代支所で開かれた配布会。地元の住民がどの程度欲しがっているのか半信半疑でしたが、朝9時から始まった配布会は予想以上の盛況。皆さんが待ち遠しかったと1人2冊限定の図鑑を喜んで受け取っていたのが印象的で、2日間でおよそ100人、270冊が配られたといい、その人気ぶりを実感しました。
(レベル60代の女性)
これからまた中身をよく読んでみたいと思うんですけど、とてもユニークに皆さんの特徴をつかんでまとめられているなと思いました。
(レベル40代の男性)
自分の知らないおじさんがたくさん載っていて面白いです。この年のおじさんがこんなに活躍してるんだと思って、素晴らしいものを作ってくれたなと思いました。
▶「岩代おじさん図鑑」って?
地元の人も熱い視線を注ぐ「岩代おじさん図鑑」。もともとは岩代地区の魅力を発信し、関心を持ってもらおうと、地元の観光協会が発行したフリーペーパーです。主に福島県外の人向けに作られ、これまで東京や大阪など県外およそ20か所で配布されています。しかし配布開始直後から、そのユニークな内容にSNSなどのネットが反応。増刷した上、地元岩代でもぜひ手に入れたいという声が広がり、一躍話題の冊子となりました。
図鑑の特徴は、ゲームの攻略本に似せたデザイン。岩代地区に生息する50代から80代のおじさん20人が、キャラクターの紹介風に写真とプロフィール付きで紹介されています。おじさんの年齢は、ゲームで能力値の高さを表す「レベル」で表現され、趣味や特技、生きざま、豊富な経験をもとに練り上げられてきた人生訓などが記されています。若い人や女性でも見やすいように、おじさんたちが持つ年相応の渋みや味わいが、ポップに見やすく表現されているのも人気の秘密のようです。
▶“行けども行けども、おじさん”
地域に生息するおじさんを紹介することで、岩代に興味を持ってもらおうというこの冊子。その斬新な切り口は、いったいどこから生まれたのでしょうか。図鑑を企画した岩代観光協会の有野真由美さんに、反響の大きさを含め、率直な気持ちを聞きました。
(有野さん)
キツネにつままれたみたいな状況でしょうか。じわじわ反応があると思っていて、2年がかりで岩代に30人くらいのファンを作りたいという計画だったんですが、飛躍的にスピードが増した感じがします。こんなに多くの方が面白がってくださることに驚いています。
3年前に、地域おこし協力隊として岡山県から岩代の地に赴任した有野さん。以前は英語通訳のツアーガイドとして働くなど、観光関連産業に長く従事した経歴の持ち主です。福島県はお気に入りの場所として、いつか住んでみたいと考えていたといいます。岩代では地域の観光をPRするのが主な役目です。しかし、当時は新型コロナウイルスの感染拡大により、人同士の接触がままならない状況になってしまいます。そんな中、PR業務のために地域のゴルフ場やキャンプ場を回って知り合う人たちは中高年の男性ばかり。ところが、徐々におじさんと付き合っていく中で、おじさんごとに奥深い魅力を感じるように。その有野さんのおじさんたちへの深い愛情による偏見が、おじさん図鑑へと発展したといいます。
(有野さん)
赴任直後はきのうもおじさん、きょうもおじさん。行けども行けどもおじさんばかりで、見分けがつきませんでした。でも何か月か仕事をしていくうちに働きぶりやチャームポイントが見えてきて、おじさんの識別能力もついて、魅力がわかるようになってきました。当時はコロナで大きなイベントもできないし、自分にとっての観光を見直した時期でもあったんです。ここには観光インフラや公共交通もなく、人を呼ぶのも簡単ではないんです。でもどうせ来ていただくのなら、有名な桜だけではなくて、その桜を守っている人など地域の人の魅力にも触れてほしい。それで、おじさんを入り口にして岩代を知ってもらおうと思いつきました。
▶岩代地区:おじさんとの出会いは必然?
図鑑の仕掛け人、有野さんもとりこになったおじさんたち。しかし、そんなおじさんたちを育んだ二本松市東部に位置する岩代地区は、高齢化や過疎化が著しく、若い人も少ない地域。現代の日本の典型的な山あいの地域を象徴するようなエリアです。二本松市の4つの地区の中では、65歳以上の人口の割合を表す高齢化率が45%あまり。すべての地区の中で最も高く、実におよそ2人に1人は65歳以上の高齢者です。逆に18歳未満の人口の割合は最も低く、1割に満たないのが現状です。
合戦場のしだれ桜など、比較的有名な観光名所もありますが、二本松市の中での知名度は決して高いといえません。岩代に来て有野さんが次々におじさんに出会ったのは、必然だったのかもしれません。
▶レベル65:表紙のあの人 があらわれた!
有野さんが岩代を回る中で知り合い、図鑑にまとめ上げたおじさんたち。ここまで面白おかしくまとめられると、どうしても実物を観察してみたいと思うのが人情というもの。図鑑片手に、早速おじさん探しに出かけてみました。最初の目標は、やはり強烈な印象の表紙のあの人です。
しばらく岩代の町を探し回っていると、ついに遭遇しました。表紙と同じ妖しい仮面姿、そしてケヤキの幹に手を添えるあのポーズで、たたずんでいました。じっくり観察しようと思っていましたが、実物を目にしたうれしさのあまり、危険を顧みず、思わずどうしても気になっていた疑問をぶつけてしまいました。
(記者)
ーそのすてきな仮面、どこで手に入れたんですか?
(おじさん)
これは関東に住む妹が、旅行のお土産にイタリアで買ってきてくれたものです。これまでつけたことはほとんどないんですけど、なぜか図鑑の撮影の時につけてしまいました。
仮面姿の強烈な印象とは裏腹に、きちんと会話できることに少し拍子抜け。仮面を脱ぐと、そこには優しげなまなざしのごくふつうのおじさんが立っていました。レベル65の斎藤隆博さんです。なぜ図鑑に載ってしまったのか、そのいきさつと現在の心境をじっくり伺ってみると、意外な答えが返ってきました。
(斎藤さん)
有野さんが地元を盛り上げるために企画した図鑑という手法に感心して、協力できるものは協力したいと考えました。岩代地域を背負って前面に出る役割、矢面に立ってるので、頑張っていかなくちゃとは思ってます。でも、裏腹に自分というものをあまりさらけ出すっていうことはなかったので、今の反響の大きさには驚きやら恥ずかしいやらです。
仮面姿からは想像もできない、どこかほほえましい答え。妖しい仮面姿と、ふだんの斎藤さんのこのギャップがまた面白くもありました。
▶レベル74:納豆職人 があらわれた!
町をさらに歩き回っていると、さらにレベルの高いおじさんに遭遇。地元でとれた大豆を使って納豆を作る、納豆職人こと渡辺孝英さんです。図鑑に載ったことで声をかけられるようになったほか、自慢の納豆に関心を持ってもらう機会が増えて喜んでいました。
(渡辺さん)
知人から、ああ、おめぇ出てたんだなぁっていう感じで言われたりとか、卸してるお店に来た方に声かけてもらうとか。そういう反応のほかにも、ここで作ってる納豆のリピーターになっていってくれた方がちょっとずつ増えてきています。ありがたいことに、少しずつ商売につながっていますね。
しかし、後継者もいないため、自分の代で納豆づくりをやめようと考えている渡辺さん。図鑑を通じて岩代に興味を持ってくれる若い世代がいれば、後継者も見つかるかもしれない。そんな淡い期待もある一方で、一番は高齢化著しいこの地域に、一時的にでも若い人が来てほしいと考えているそうです。若い人や外から来た人たちに自慢の納豆を味わってもらったり、お酒を酌み交わしたりしながら交流をしてみたい。図鑑がそのきっかけになってくれれば。渡辺さんの期待は膨らみ続けていました。
(渡辺さん)
ここの人たちと集まって酒飲みしても同年代で昔話するくらいです。若者や子どもと接する機会が増えれば、いろんな情報が入るじゃないですか。昔はこうだった、じゃなくて今はもう、こうなんだよとか。そうなれば、わたしたちも老い先短いけれどもいろんな情報が得られて、もう少し人間的に広くなるんじゃないかなと。この地区が起爆剤になって、人と人とのつながり、交流が大きくなっていくのは大賛成です。
▶“コンテンツ観光のひとつの完成形” 専門家絶賛
魅力的なおじさんたちが掲載されているこの図鑑。観光に詳しい専門家は、どのように見ているのでしょうか。アニメキャラの聖地巡礼など、コンテンツ・ツーリズムという観光のあり方に詳しい近畿大学の岡本健准教授に、見解を聞いてみました。
(岡本准教授)
おじさんたちが素敵な感じで撮影されていて、今まであまり見たことがない感じのヴィジュアルで非常に興味深かったです。最近の観光のトレンドとして体験重視というのがあって、旅慣れている人の中には、地域の人と関わりたいというニーズもあります。まさに人の顔が見えるというか、特に旅慣れた観光客に対してはいい観光資源になるのではないでしょうか。人やもののいろいろな見方を提示するのが観光だとしたら、その1つの完成形、非常によい事例だと思います。
さらに岡本准教授は、▼地域の外の人の視点で作られ、おじさん1人ひとりがコンテンツとして鑑賞に堪えるクオリティにまで昇華されていること、▼一見突飛な着想のこの図鑑の制作に対して、おじさんたちが反対せず、寛容かつ協力的だったことも図鑑が面白くなった重要なポイントだと指摘。おじさんが立派な観光コンテンツになり得ることを示すケースで、簡単にはまねできないクオリティであると高く評価しています。
(岡本准教授)
おじさんはかわいい、という新しい視点があれば、おじさんだって立派なコンテンツになり得るんです。コンテンツというのは人が面白いと思う情報のことなので、それに共感する人は岩代に実際に行ってみようかなと思うかもしれない。大切なのはいかにコンテンツ化するか、届けるかということで、そのヒントをくれる取り組みだなと思います。
▶目指すは“おじさんツーリズム”
専門家もうならせる岩代おじさん図鑑。今後の展開はあるのか。岩代のおじさんたちを、愛と偏見で取り上げた有野さんに改めて話を聞いてみると、おじさんに魅力を感じた人向けにすでにファンクラブも設立。実際に岩代に来てもらい、おじさんとふれあう機会などを設けておじさんをめぐるツアーを企画したいという話を聞かせてくれました。
(有野さん)
おじさんも含め、人の良さがこの地域の魅力だと思うんです。図鑑で紹介している方に、スーツを着てるビジネスマン的な人はいないんですけど、日常の暮らしぶり、日々の営みが観光資源に勝るとも劣らない魅力に見えるんじゃないかと思います。やはり図鑑はおじさんをめぐる冒険をしていただきたいというのがコンセプトなので、図鑑を片手に岩代に来ていただいて、ここにいればあのおじさんが出没するはずで、目的のおじさんと会ったり、一緒にお酒を飲んだり、人生を語ったり。そういった親しいお付き合いをしていただくのがいいかなと思っています。目指すは“おじさんツーリズム”ですね。
▶おわりに:おじさんの中の光
岩代おじさん図鑑誕生の秘密を探る今回の取材の中で、印象的に残った言葉があります。有野さんが、“その土地の素晴らしい人やもの、光を観るのが観光。ここには確かに光を当てるべき魅力的なおじさんたちがいます”というものです。有野さんが選んだ図鑑のおじさんたちは、わかりやすい派手さや知名度はありませんが、地域の中で黙々と自分の仕事や役割をこなす実直な人たち。そして、深掘りすると奥深い味わいがにじみ出てくる。おじさんの中に光を見いだし、魅力を世に知らしめた有野さんのまなざしと気づきに感服しました。岩代という福島県の山あいで萌芽し、有野さんが標榜するおじさんツーリズム。その行く末に、これからも注目していきたいと思います。