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【研究者が大絶賛】サンマを展示する世界唯一の水族館に密着

秋の味覚「サンマ」にまつわる世界唯一の技術を持つ水族館が福島県いわき市にあった。
  • 2023年09月15日

“サンマは庶民の魚”という認識は年々薄れつつある。
「もうサンマは高級魚だね。」
福島県内のスーパーや飲食店に行くと主婦やサラリーマンの会話が聞こえてくる。

2008年におよそ35万トンだった漁獲量は最新のデータ(2022年)では、20分の1ほどの1万8400トンまで減少している。
記録的な不漁が続くサンマの「養殖」に向けた国内初の基礎研究が始まった。研究の中心を担うのは世界唯一の技術を持つ福島県いわき市の水族館だった。

サンマ研究で世界をリードする
「アクアマリンふくしま」

2000年に開業したアクアマリンふくしまはいわき沖の多様な生き物の展示を通じて海の豊かさを伝え続けてきた。

およそ800種類の生き物を展示する東北有数の水族館「アクアマリンふくしま」があるのは福島県いわき市。太平洋に面しているいわき市は漁業が盛んな街だ。いわき沖は親潮と黒潮による潮目ができ、多様な魚種が集まる。

8月下旬取材した時の館内の様子。夏休み中の子供たちの姿が多く見られた。

水族館を代表する大水槽を通り抜けると、子どもも大人も足を止めて食い入るように見ている展示水槽があった。目線の先にいたのはいわき市がかつて全国有数の水揚げを誇ったサンマ。生きたサンマが泳ぐ姿を見られるのは世界でもアクアマリンふくしまだけだ。
このサンマを使った国内初の研究がスタートしたのだ。

泳ぐ姿は光が反射して幻想的な雰囲気を醸し出していた。

「アクアマリンのサンマがいい」
共同研究者が大絶賛の訳とは?

始まったのは国立遺伝学研究所と北里大学そして関西大学による養殖技術の確立に向けた基礎研究。
これまで日本で豊富な漁獲量があったサンマは価格が安く”庶民の魚”として親しまれてきたが、生態についてよく分かっていない謎多き魚だ。研究ではサンマの生態そのものを解明するところから取り組んでいる。

研究テーマの1つに「ゲノム解析」がある。遺伝子を解析することで養殖に適した水槽内環境や適切な個体数などを知るヒントが得られると期待されている。

共同研究者の国立遺伝学研究所の工樂樹洋(くらくしげひろ)教授はアクアマリンふくしまについてこう語る。

画面左:国立遺伝学研究所の工樂さん
これまでサメ類などのゲノム解析を行い論文を執筆
工樂さん

アクアマリンは間違いなく日本の3本の指に入るすごい施設です。
扱いがよくない死んでしまったサンマだとDNA分子がズタズタに切れてしまって読み取れないんです。欲しい時に欲しいだけ(個体が)手に入ってすぐ作業に取りかかりやすい場所です。

アクアマリンふくしまは日本の研究者の拠点となっていた。ただ開館当初、当時のサンマの飼育員たちはサンマ研究の広がりを予想だにしていなかった。

実は飼育すら難しいサンマ

水族館ではサンマの飼育に20年以上取り組んできた。

サンマは神経質でパニックになりやすく展示に不向きな魚だ。通常は漁船に乗って網にかかったものを持ち帰るが、うろこが剥がれやすく死にやすい。生きたまま持ち帰るのは至難の業だ。仮に水族館まで運んだとしてもわずかな光の変化で驚き、壁にぶつかって死ぬことが多い。世界でも常設展示しているところはない。にも関わらず、水族館では世界で初めて卵からのふ化に成功した。
水族館でどう飼育しているのだろうか。20年以上サンマの飼育を担当する山内信弥(やまうちしんや)さんに特別にバックヤードを案内してもらった。

開館当初からサンマ飼育担当の山内さん。筆者がサンマについて何を質問しても分かりやすく解説してくれる。

バックヤードには大小さまざまな水槽が置かれていた。サンマの成長に合わせて水槽の大きさを変えているとのことで合計200匹ほどの個体が水槽内を回遊していた。水槽の中心に置いてあるのは自動給餌器。サンマは胃がない魚で1時間に1度餌やりをしなければいけない。夜中でも餌やりをできるように特注したものだ。

サンマの稚魚の水槽。のぞいてみると・・・
体長3センチほどのサンマの稚魚が泳いでいた。

ふだん入れないバックヤードに大興奮の筆者。すると山内さんが産卵期にはサンマの卵も見られると教えてくれた。

サンマの透明な”卵”は産卵期しか見られない

水族館ではサンマが水槽内で産んだ卵を回収し、バックヤードでふ化させて成魚に成長させ、再び水槽に戻し展示するといったサイクルを回している。そもそもふ化すら難しいサンマを最高で8世代までつなぐほど飼育技術を高めてきた。ただ山内さんは今でこそ安定的に飼育できているが、飼育に携わった20年は苦難の連続だったという。

山内さん

突然死んでしまったことが過去にたくさんありました。サンマの場合は赤ちゃんから成魚までずっと危ない時期があって目が離せないというのが正直なところです。

卵のふ化にも問題が。単に槽内に浮かせておくだけだと酸素が十分行き届かずにふ化せずに腐ってしまった。それを解決する手作り装置が水槽の上部に備え付けられていた。

ししおどし装置。ペットボトルを切って作られている。

装置に水が一定量溜まると重みで勢いよく水槽に注がれる。これによってさざ波が立ち、卵に酸素を含んだ水が行き届くようになり生存率が上がった。次々に出てくる課題に対して1つずつ模索しながらも手作業で対策してきた山内さんたちのサンマへの熱意をバックヤードで感じた。

「開館当初は全て手探りだった」と話す山内さん。20年以上サンマの展示に挑戦し続けてきて得た知見が「養殖技術」という未知なるチャレンジの土台となっている。

サンマは再び庶民の魚となるか?
踏み出した養殖への大きな一歩

飼育に比べて養殖はハードルが高いと話す山内さん。

将来、私たちの食卓に養殖サンマが並ぶことはあるのか?

飼育することの難しさに加え、安価に安定的に飼育できるかといった経済効率の面からサンマの養殖の実現はほぼ不可能とされてきた。そのため養殖技術に向けた研究そのものがなされることはこれまで無かった。それだけに研究者たちはアクアマリンふくしまで「サンマ」の共同研究が始まったことを大きな一歩だと捉える。山内さんは養殖実現までは長い道のりだとしたうえで、今後の展望について次のように話す。

山内さん

いまあるサンマの水産資源を大切にしながら、ここで培った飼育技術が養殖研究に生かせればいい。アクアマリンふくしまの技術は確かなものなので様々な研究が進めばいいと思います。

アクアマリンふくしまのサンマを基盤に日本各地の研究者が携わる新たな挑戦が始まった。謎多きサンマの生態の解明と、将来的な養殖技術の確立に期待したい。

(「アクアマリンふくしまの外観」「サンマ」の写真はアクアマリンふくしまの提供)

  • 須藤健吾

    NHK福島アナウンサー

    須藤健吾

    茨城県出身。理系で生き物や自然が好き。実家では今年で28歳になる亀を飼っている。

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