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“鳥の翼を持つ”!? 羽のない虫ナナフシ

福島大学のナナフシ研究をひもときます!
  • 2023年10月19日

今月から福島の科学や環境の話題を「ふくしまサイエンス」と名付けて、毎月シリーズでお届けします。初回は「ナナフシ」と呼ばれる、羽がなく、飛べない昆虫についての話題です。福島大学などの研究グループがこのナナフシの遺伝的特徴を調べたところ、羽がないにもかかわらず、とても長い距離を移動している可能性があることがわかりました。ナナフシ好きなおじさんが運んでる? ワープしてる? おいナナフシ、君にいったい何が起きてるんだ…。徹底取材してみました。

ナナフシ:見た目も生き方も植物そっくり

福島大学の兼子伸吾准教授 おもむろにナナフシをめで始めた

ナナフシの長距離移動の謎をひもとくため、研究グループの1人である専門家に直接話を聞くことができました。福島大学の研究室を訪ねたわたしたちを出迎えてくれたのは、共生システム理工学類の准教授、兼子伸吾さん。生き物の設計図とも言われる遺伝子、つまりDNAの配列などを分析するプロフェッショナル。早速、研究室で実験用に飼育しているナナフシを見せてくれました。

研究室で飼育されていたナナフシ

(兼子准教授)
ナナフシは身近にふつうにいる虫です。見慣れるとわりと簡単に見つかるんですけれど、木の周りでは見つかりにくいですね。たまに金網みたいな人工物とか、壁にくっついていたりとかするんですけれど、そういうときはすぐにわかります。とても不思議な生態をしていて、かつ魅力的な昆虫なんですよ。

ユニークな姿に取材クルーも興味津々

いきなりナナフシへの愛を語り出す兼子さん。どうやらいま熱烈に“推し”の昆虫のようです。ただ、兼子さんの説明を、この一風変わった虫をしげしげと眺めながら聞いてみると、確かにとてもユニークな生き物だということがわかってきました。

ナナフシモドキの画像(画像提供:末次健司)

今回の研究の対象であるナナフシは、正式には「ナナフシモドキ」と呼ばれる種です。北海道など一部を除く全国各地に生息し、体長は10センチほどで、木の枝のような細長い体が最大の特徴。葉っぱや茎につかまってほとんど身動きせず、さながら植物そのもの。昆虫というと、羽を持っていて活発に飛び回るイメージがありますが、ナナフシの場合は植物に擬態=自分の姿を似せて、鳥などの天敵から身を守って暮らしているといいます。羽がないためほぼ移動せず、植物に姿を似せて生きる。見た目も生き方も植物そっくりな昆虫、それがナナフシなのです。

700キロをひとっ飛び? 長距離移動の謎

18府県のナナフシを採取して遺伝子配列を分析

まるで植物のようなナナフシ。兼子さんたち研究グループは、この特異な生態を持つ昆虫の遺伝的特徴を明らかにしようと、北は福島県から南は高知県までの18府県で捕獲した67匹の遺伝子配列を分析しました。すると、驚くべき結果が。

ナナフシからDNAを抽出して膨大なデータを解析
福島県と茨城県、埼玉県と山口県の個体の遺伝的特徴がそれぞれよく似ていた

約180キロ離れた福島県と茨城県の個体の遺伝的特徴が極めて似ていたというのです。最も離れたケースだと、約700キロ離れた埼玉県と山口県の個体がほぼ同じという結果が得られました。地理的に距離が離れていれば互いに交配できず、遺伝的な特徴にも差が出てくるはず。しかし今回の分析結果は、羽がなく移動能力の乏しいナナフシが長距離を移動していることを強く示唆するものでした。ナナフシに羽が生えて、一気にジャンプをしてるのか、物好きなおじさんがナナフシを集めて人為的に移動させているのか…。いったい、何が?

謎の鍵は…丈夫な卵と、メスだけで繁殖!?

大移動の謎を求めてさらに取材を進めると、兼子さんの共同研究者で、研究の中心的役割を担った神戸大学教授、末次健司さんに話を聞けることになりました。実はこのナナフシ、末次さんが以前行った実験で、親が天敵の鳥に食べられても卵は無傷で鳥の体内から排出され、幼虫がふ化することが確かめられているというのです。

オンライン取材に応じる神戸大学の末次健司教授

(末次さん)
ナナフシの卵はシュウ酸カルシウムなどでできていて、胃酸などの消化液にも耐えられることが知られています。なぜ殻が固くなったかのかはまだよくわからないのですが、鳥以外にも彼らの卵を狙う天敵の寄生バチに対抗するため殻が固くなり、それが結果的に鳥に食べられても有利に働いているという可能性などが考えられます。つまりナナフシが自ら生息域を広げるために積極的に食べられているとは考えにくい。あくまで運悪く食べられても、生き残るものがあり、結果的に広がっていると考えたほうが妥当でしょうね。

鳥に食べられるナナフシ(画像提供:加藤百錬)
植物の種のようなナナフシの卵

これまで虫が鳥に食べられたら一巻の終わりだと考えていましたが、逆にナナフシは天敵の鳥を巧みに利用して広がっていた、という意外な事実。なんというしたかかな方法…。※そういえば、以前似たような話を聞いたことがありますが、こちらは親が食べられても子どもは生き残るという、世代を超えた壮大なもの。末次さんに質問を重ねると、卵が丈夫なこと以外にも、なんとメスだけしか存在しないというナナフシの特殊な繁殖形態にも秘密があることがわかりました。
※気になる方は、記事の末尾をご覧ください。

鳥に食べられて広がるのは、ナナフシ特有の生態にも深く関わっているという

(末次さん)
結局、ナナフシは移動能力がすごく低い。そうすると交尾の相手がなかなか見つからず、オスとメスが出会う機会がなかなかない。だから1匹だけで子孫を残せると生存にすごく有利になる。その移動能力の低さというのが、単為生殖(メスだけで卵を産んで増えること)を促した可能性があると考えられています。そしてメスが鳥に食べられて卵の段階で広がる前提条件として、単為生殖が可能であることが挙げられます。昆虫の場合、体内の卵は未受精卵で、精子は交尾の際に貯精のうという器官にいったん貯められ、産卵直前に受精します。このため、未受精卵でも幼虫が生まれる単為生殖できる昆虫でなければ、今回のような長距離分散は起こらないのです。いずれにしてもナナフシにとっては、鳥に食べられることが分布拡大、絶滅リスクの低減につながっている可能性は十分ありますね。
鳥は昆虫の天敵で、食べられたら一巻の終わりというのが常識でしたから、今回はその常識を打ち破る発見で、サイエンスとしても大きな意義があると思っています。

“羽はないけど、鳥の翼が”

福島大学の兼子さんも、今回の結果には末次さん以上に驚きと興奮を隠せないようす。今回の研究を通じて感じたことを聞いてみると、純粋に科学としての面白さ以上に、ナナフシの小さな体に秘められた壮大な歴史に思いをはせている様子でした。

ナナフシの歴史に思いをはせたという兼子さん

(兼子さん)
羽のない昆虫が大きく移動しているというのも面白いですけれども、それに鳥が関わっているというのも非常に面白い。ナナフシって羽はないですけれど、鳥の翼を持っている昆虫なのかもしれないですね。ただ、鳥によって遠くに行ったといってもすぐに広がったわけではなくて、とても長い時間をかけて広がったということもわかっています。そうやって今のナナフシの分布域や生息圏が作られてきたと思うと、わりと身近な虫ですけど、長い歴史と生態を背負って生きているんだなって思います。

兼子さんと末次さんは、さらにナナフシの謎を解き明かすため、オスとメスがいる別のナナフシも同じように調査。鳥による長距離の移動が起きているのかなどを検証するため、研究を続けていく予定だといいます。

ナナフシの謎の探求に終わりはない

(兼子さん)
オスとメスの系統、そしてメスしかいない系統の2つが確認されているエダナナフシという種がいます。このナナフシを調べることで、オスがいなくなった無性生殖の系統では、同じように鳥によって遠くに運ばれていることを証明できれば、今回の結果をより強く支持できると考えて研究を進めています。ナナフシの謎を少しずつでも明らかにしていきたいですね。

コラム:生き抜いてきた歴史が遺伝子に

最初はエイリアンっぽく感じたが、見慣れるとちょっとかわいいかも

思いもよらない方法で生息域を広げていたナナフシ。羽がなく、移動能力が乏しいというハンデを背負いながらも、食べられてもタダでは起きない、したたかな生存戦略が垣間見えました。取材中に兼子さんが、虫や動物は観察だけでは捉えられないダイナミックな動きをしていて、それがきちんとDNAに刻まれている。それを解き明かすのが研究の醍醐味”と言っていたのが印象的でした。一見弱々しそうなこの虫を詳細に調べてみると、厳しい自然を奇抜な工夫で生き抜いてきたその歴史が、確かにその遺伝子に刻まれていたのです。命のロマンを感じながら、これからもナナフシの続報に注目していきたいと思います。

■原著論文は、以下からご覧になれます。
https://doi.org/10.1098/rspb.2023.1708
※NHKサイトを離れます

■記事中で紹介した別の記事です。

  • 藤ノ木 優

    福島放送局

    藤ノ木 優

    福島の美酒と美食にとらわれ、ナナフシとは真逆の体型になりつつあります。

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