“ふつう”に戻りたい 地域が差し伸べた手
- 2024年02月27日
孤独から再び犯罪に…
県内に住むA(仮名)さん(40代)は、小さいときから両親との関係がうまくいかず、家庭に居場所がなかったと話します。10代になると非行行為に走るように。そして、犯罪に手を染め、少年院で過ごした時期もありました。
その後、1人で生活していくために仕事を始めます。電気や土木関係の仕事に就きましたが、体調を崩したこともあり、長続きせず。しだいに日々の食事にも困り果て、30代のはじめ頃に再び罪を犯しました。
少年院で「犯罪はだめだ」と指導を受けたことは記憶していますが、生活費に困まるようになって、お金欲しさにやってしまった。正直、切羽詰まると罪の意識とか関係なくなるんです。周りに相談できる人もいなかったですし。
保護司との出会い
自暴自棄になりかけたAさんに転機が訪れたのは、10年ほど前。とある保護司との出会いでした。
これまで信じられる大人が周りにいなかったというAさん。初めて面会した時も本当に信じられる大人かどうか疑心暗鬼だったといいます。ただ、会話を重ねるうちにAさんの将来を自分ごとのように考え、時には夜遅くまでつきあってくれる保護司の見返りを求めない姿勢に、しだいに心がうち解けました。
保護司さんが、利益を求めてないっていうのがすごくわかったので、そこから信用し始めたかなと思います。何度も話しているうちに“ふつう”の人と関わりたいなって。“ふつう”の人と関わるには、まず自分が“ふつう”に戻らなきゃいけないと思うようになりました。
“ふつう”に戻りたい。
Aさんはその目標に向かって、仕事を続け、家庭を得ることもできました。保護司さんの存在がなければ、今の生活はなかったと話します。
高まる再犯者率と減る保護司
この20年、国内の刑法認知件数は年々減少する一方、再犯者の割合は増加傾向となっています。
2022年は47.9%に上るなど、ここ数年は50%に近い状況が続いています。
刑期を終えた人が社会に戻っても、住む場所や働き口を見つけられず、かつてのAさんのように社会で孤立してしまうことが背景にあると指摘されています。
更生を支えるために欠かせない存在の「保護司」。非常勤の国家公務員です。刑務所や少年院を出た人などが社会に復帰する「保護観察」と呼ばれる期間に、出所後の住む場所や職探しをサポートします。
原則として1人の「保護司」が1人の対象者につき、立ち直りを支援します。
しかし、実質的にはボランティアで、その数は年々減少。高齢化も進み、2024年の時点で8割近くの保護司が60歳以上となっています。
また、これまでは原則として、満期で刑務所を出所した人や保護観察の期間が終わった人へ支援は行われてきませんでした。「保護観察」の期間終了後、かつての保護司を“個人的に”頼るケースもありましたが、あくまで保護司の善意によるもので、継続的な支援は難しいのが現状でした。
この結果、立ち直ろうとしても相談先がなくなり、再び孤立を深めてしまう人も多かったのです。
地域ネットワークで更生支援
保護司だけに依存しない形で、立ち直りを支援できないか。
福井県では、地域全体で社会復帰を長期的にサポートする仕組み作りが始まっています。
“地域支援ネットワーク”と呼ばれるこの取り組みは、行政や民間と連携し、ひとつの組織として更生を目指す人を支援するものです。
これまでも生活保護など行政による支援や民間のNPO団体による居住や医療などへの支援がありましたが、それぞれの窓口はバラバラ。手続きの煩雑さから支援へとつながらない状況が続いていたのです。
福井県ではこの状況を改善しようと保護司が中心となって、いわば“ワンストップ”で個別の悩みに応じた支援を目指しました。
取り組みからおよそ7年。保護司1人だけでは解決が難しい問題も、多くの同志が集まり、行政からの協力も得たことで、より柔軟に住居の確保や就労などの支援が行えるようになりました。
また、課題だった保護観察期間を終えたあとの支援も、組織を通じて相談を受け付け。孤立を防ぎ、地域全体で立ち直りを支えることができるようになりました。
ネットワークの設立を主導した田中治男さんは、20年近く保護司を務める中、更生しきれないまま、罪を繰り返す“犯罪の連鎖”を何度も目の当たりにし、再犯を防ぐには支える側の連携が欠かせないと感じていました。
再犯をする人の中には立ち直りたいと思っていたけど、どこに助けを求めたらいいかわからなかった人も少なくない。更生保護は、保護司や保護観察所だけでできるものではない。どんな人も地域の人と関わりがあって生きていく以上、支える側のつながりをもっともっと広げていかないといけないのではないか。
このネットワークには、県内の自治体をはじめ、居住支援や薬物治療などを行う民間のNPO、社会福祉協議会など16の団体が参加しています(2023年11月時点)。ネットワークを通じて更生を支援した人は、これまでに100人以上。再犯を防ぐモデルケースとして注目されています。
国も「地域で支え合う」という更生支援の“福井モデル”を広げる方針を示しています。おととしには福井県を含む全国で3か所を「更生保護地域連携拠点事業」のモデル地域に指定。拡大を目指してきました。
去年12月には、更生保護の支援強化を盛り込んだ「改正更生保護法」が施行。保護観察所が地域と連携して更生を支援する方針が法律に明記されました。
保護観察所と保護司だけではなく、地域の関係機関を巻き込んで必要な支援につなげていく。これまで保護司が抱えていた相談対応などの業務に、地域全体で取り組むという全国的なモデルになっている。
“福井モデル”の広がりに向け
田中さんたちは、支援のすそ野をさらに広めようと動き出しています。
現在、県単位で機能しているネットワークを、市や町のレベルにまで波及させることを目指しています。困っている人の声をよりくみ取りやすくし、きめ細かく支援することが狙いです。
このため、田中さんたちは2年前から自治体ごとにある保護司会の場で、ネットワークの導入への理解を求めてきました。当初は支える期間が半永久的になることから難色を示す人たちも多かったということですが、徐々に取り組みに賛同する人たちが増え、今では福井県内に、福井市や越前町など5つの市や町で新しいネットワークが作られました(2023年12月現在)。
田中さんは、このしくみを全国に拡大できるよう、活動を続けています。
県のネットワークで支援した人が数年たってお礼に来てくれることがあります。支援先につなげてくれてありがとうと。その時にこのネットワークを立ち上げてよかったなと心から思います。国の法律も変わり、官民が連携して支援する新しい更生保護に社会が変わっていく。地域に貢献できる更生保護になることを期待したい。
保護司の献身的な支え頼みだった更生が、行政や民間のネットワークですそ野を広げ、より手厚い支援が可能になったこの取り組み。専門家は保護観察所が先頭にたってその知見を地域に還元することが求められていると指摘しています。
本来的には自治体が立ち直りを支えるべきだが、現状できていない。ネットワークを継続的に運営していくためには中心となる人物が欠かせず、保護観察所がその役割を担うのであれば、しっかりと役目を果たせるのかが今後の課題。保護観察所は刑務所から出てくるときに本人が抱えている資質上の問題や経済的な問題を把握している立場にあるので、必要なサービスを特定して地域につなげることができればよい仕組みになるのではないか。
保護司の支えで立ち直ったAさんも周りの支えが重要だと話します。
誰かに助けてもらわないと、ふつうにもなれないし、どこかで支援の手を差し伸べてもらわないと、そこにたどり着けない人はたくさんいると思います。自分のまわりに、1人いるだけでも大きく変わるので、一番最初の支援が何よりも大事だと思います。
取材後記
「信頼できる人が1人いれば必ず更生できる」。更生に関わる人たちへの取材の中で、何度も聞いた言葉です。社会には、その1人につながることができず、再び犯罪に手を染めていく人が今もたくさんいます。
立ち直りを心から望む人を支えるためには地域社会が手を差し伸べることも必要です。私たちも地域社会の一員として更生を支えることがひいては社会全体の犯罪抑止につながるのではないかと思います。
“ふつうになりたい”。
助けを求める声に、1つでも多くの手を差し伸べる社会になるためにも、ネットワークの活動を追い続けたいと思います。