海外放送事情

シリーズ 公共放送インタビュー

【第12回・台湾】少数派住民向け放送は誰が運営すべきか

~「住民団体」か「公共放送局」かの論争~

世界的に公共放送の重要な役割の1つとされる「少数派住民向け放送サービス」のあり方について,台湾で現在起きている論争を2人の有識者へのインタビューで紹介する。台湾では,今や人口の2%に過ぎなくなった原住民のためのテレビチャンネルとして,2005 年から「原住民チャンネル」(Taiwan Indigenous TV, TITV)が存在する。こうした少数派住民向けの放送は,広告市場が小さく商業局による運営は難しいことから,公共放送局が運営するのが一般的で、現在台湾の原住民チャンネルは公共テレビを中核とする公共放送グループの一員である。しかし原住民の間には,圧倒的多数派の漢民族が主導する公共テレビの傘下にあることへの不満から,チャンネルの運営主体を原住民の団体に移すよう要求する動きがある。本稿では、チャンネルの運営主体を原住民団体へ移すよう求める主張と,公共放送グループへの残留を求める主張の論争を紹介する。

原住民チャンネルの経営主体を原住民団体に移すよう主張するのは、与党国民党の立法委員で、タイヤル族の孔文吉氏である。孔氏は「原住民主体」という理念を強調し、原住民チャンネルは基本的に原住民にサービスすれば良く、原住民の生活を多数派の漢民族に伝える仕事は公共テレビがやれば良いとの考えである。一方、公共放送グループへの残留を主張するのは、東華大学准教授で、少数派住民向けメディアの研究に造詣が深い林福岳氏である。林氏は、「原住民主体」に加え,メディアとしての政治的な「独立・自主」,さらには「公共のためのサービス」という,より多くの価値のバランスを重視している。また,原住民チャンネルの視聴者層についても、各エスニックグループ間の融和という目的のためには,より幅広い視聴者層の開拓も目指すべきだと考えている。現実的な課題については,孔氏が特に問題がないとしているのに対し,林氏は原住民団体として1年前に設立された「原住民族文化事業基金会」のメディア運営能力が現状では未熟だと懸念している。

この二人以外の関係者からヒアリングをしたところ、原住民チャンネルの関係者の間では,孔氏がよく原住民チャンネルに「あのニュースは良くないからやめろ」などと電話をかけてくることに不満を持つ声があった。また,メディア学者の間でも,「原住民主体は当然だが,孔氏1人が原住民全体を代表する資格があるのか」として,孔氏の行為に選挙対策などの政治的目的があるのではと疑う声も少なくなかった。

真に少数派住民のためになる少数派住民向けチャンネル運営という視点で見た場合,理念的にはメディアとしての政治的な「独立・自主」確保の問題が,また現実的には少数派住民の間でのメディア人材の養成や,多数派住民の経済的負担についての合意形成,さらに原住民内部での合意形成といった課題が,台湾のケースでは残されていると言えよう。

 

メディア研究部(海外メディア) 山田 賢一