海外放送事情

揺らぐ公共放送の「政治的独立」

~台湾公共テレビの事例から~

今、世界各国で、政権から公共放送への影響力強化の動きが目立っている。フランスでは公共放送会長の指名権が、独立規制機関から大統領に移されたほか、韓国では前政権時代に任命されたKBSの社長が、反政府デモを詳細に報道して与党から厳しい批判を受ける中、大統領から解任された。台湾でも2008年に保守系の国民党が政権に復帰したあと、公共テレビの役員人事に影響力を行使しようとする動きが相次ぎ、反発した役員と政府の間で訴訟合戦を招くにいたった。本稿では、2011年2月下旬の現地調査を踏まえ、台湾公共テレビの人事紛争を通じて、揺れ動く公共放送の「政治的独立」について考察する。

台湾の公共テレビは1998年に開局し、10年間のうちに中華テレビや少数派エスニックグループ向けチャンネルなどを傘下に擁するアナログ5チャンネルの「公共放送グループ」に発展した。その政治的中立性と番組の質の高さは有識者から高く評価されてきたが、2007年に当時の与党民進党に近いとされる人物が社長に就任したことが野党国民党の強い反発を招き、国民党は立法院(国会)での多数を頼りに公共テレビの年間予算の半額を「凍結」した。また2008年に総統選挙で勝利し政権交代を実現すると、理事人数を増やす法改正を行って、自派の理事を多数送り込み、理事長の更迭を実現した。しかしその過程で、メディア学者などでつくるNGOから「公共放送への政治介入」と厳しい批判を浴びた上、理事長が裁判所に新規理事の資格停止を求める仮処分を申請するなど、当局と理事長の間で泥沼の訴訟合戦を招くにいたった。一方、理事の任期切れにともない、新理事を選出する審査委員会が開かれたが、補欠選挙で勢力を増した野党民進党の推薦する委員が一致して行動したため、ほとんどの候補者が必要な4分の3の票を取れず落選し、新しい理事会が発足する見通しが立っていない。こうした公共テレビ役員人事をめぐる政治抗争の背景には、台湾や韓国に見られる社会の二極対立の構図があるが、そうした中で公共放送の政治的独立をどう維持すべきなのか。国民党と民進党の双方が受け入れていた第1~2期の理事長、呉豊山氏は、「超党派」という公共テレビの基本的理念に立ち返り、与野党が自制することや、市民による公共テレビ運営への監督強化、そして理事当選者が自らの支持政党のことを忘れて公共の利益に基づき行動することを呼びかけている。問題の解決には、長期的には社会の二極対立の土壌を緩和することが重要だが、当面の方策としては、公共放送の「市民に対する情報公開の拡大」を中核として、制度・運用の両面で様々な工夫をこらすことが欠かせないといえる。

メディア研究部(海外メディア) 山田賢一