海外放送事情

シリーズ公共放送インタビュー第10回・香港

陳韜文氏(香港中文大学教授)に聞く

~“官営”公共放送RTHKの「政治的独立」~

香港の公共放送RTHK(Radio Television Hong Kong,香港電台)は、歴史的な理由もあり、組織的には香港特別行政区政府の一部門となっている。このため特に香港の中国返還以後、RTHKを政府の政策の広報機関に位置づけようとする親中派と、RTHKに政府を監視する役割を望む民主派の間で綱引きが行われていた。今回のインタビューでは、特殊な経営形態を持つRTHKの歴史と現状についてまず説明した後、「香港市民は政府を監視する機能を十分果たすためRTHKの組織上の独立を望んでいる」として英BBCのような組織への改組を主張している、香港中文大学の陳韜文教授の見解を紹介する。

RTHKは、香港が英領だった1928年、植民地政府が運営するラジオ局として放送を開始した。1970年からテレビ番組の制作を開始、1976年には放送局の名称をRTHKに改称したが、政府の一部門で、そのトップの放送担当局長が政府の一部門長であるという点は変わらなかった。その一方、1970年にBBCから編集責任者としてDR.J.Hawthorne氏が着任し、1972年に放送担当局長に就任すると、彼はRTHKがニュースソースを政府の広報局だけに頼るのではなく自らニュースに責任を持つべきだとして、RTHK内に報道部を設置した。現在のRTHKの骨格を成す「編集権の独立」という遺伝子は、1978年まで放送担当局長を務めたHawthorne氏の時代に植えつけられたもので、「政府の一部門なのに政府批判を行う」RTHKの文化はこの時点から始まる。

「編集権の独立」という精神がRTHK内部に浸透する中で、1980年代にはRTHKを政府の組織から切り離す議論が進められ、RTHKは1989年、BBCのような組織を範とした「公共法人化」(Corporatisation、中国語は「公司化」)の計画を立案した。しかしこの時期には既に香港が中国に返還されることが確定しており、中国政府が「公共法人化」に反対の意向であることに配慮して、計画は棚上げを余儀なくされた。

陳氏はこうしたRTHKの組織形態について、「官営」の公共放送というのは、非常に大きな矛盾だと述べる。そしてメディア信頼度調査でRTHKが香港メディアの中で常に最高点を獲得することを挙げ、市民はRTHKが政府の部門から独立することを望んでいると指摘する。陳氏はRTHKのトップ(放送担当局長)を誰が務めるのかについて香港市民の関与が必要であり、同時に財源の保障をシステム化することや、RTHKのチェック役を独立した委員会が行うことなども必要だと述べる。また財源について陳氏は、社会が負担すべきだが、受信料方式は徴収コストが高くパソコンの普及で公平な徴収も難しいとして、まず政府予算から支出し、一部アメリカ方式の企業賛助金で補充するというのが良いとの考えを示す。現状のような政府予算方式で、政府から圧力がかかる恐れがある点については、世論の重要性を指摘する。具体的には前行政長官の董建華氏が、長官時代にRTHKの人気のニュース評論番組『頭条新聞』(Headliner)を公然と批判したケースを挙げ、政府はこの番組の廃止や司会者の解任をもくろんだものの、世論とRTHK職員の反対にあい、番組は継続となったと述べる。ただ、香港返還後は中国政府の圧力が強まっているので、RTHKの将来は不確実性が高いとして、陳氏はその政治的独立の将来に不安を示した。

メディア研究部(海外メディアグループ) 山田賢一