海外放送事情

政治対立に翻弄される台湾の“独立規制機関”

~苦悩深める「国家通信放送委員会」~

台湾では、放送事業に対する政治からの干渉を排除すると共に、放送と通信の融合という時代の潮流を反映させるため、アメリカの独立規制機関 FCC(Federal Communications Commission,連邦通信委員会)などに範を取ったNCC(National Communications Commission,国家通信放送委員会、以下NCCと表記)が去年2月に設立された。

しかしNCCはもともとの期待とは裏腹に、発足当初から与野党の激しい主導権争いに巻き込まれた。13人の委員の選出方法について、野党が立法院(国会)での多数を頼みに政党比例方式で委員を推薦する制度を強行採決した上、本来政党比例方式でも野党系7人対与党系6人になるはずなのに、先にNCC委員を選出するための審査委員を推薦するという形を取ることで、野党は13人中8人という絶対多数の確保に成功したのである。こうした政争に嫌気がさした4人の委員が就任を拒んだことから、NCCは発足時から野党系7人、与党系2人というバランスを失した形でのスタートを余儀なくされた。去年7月にはNCC委員の選出方法を定めたNCC組織法の条文の一部が司法院(最高裁)大法官会議で違憲と認定され、NCCの権威はさらに傷ついた。さらに今年4月には、NCCの 2人の委員が運転手としての免許を持たない自分の親戚を公用車の運転手として雇っていたとして行政院(内閣)から停職処分を受け、現在活動している委員は定員の過半数ギリギリの7人にとどまるなど、NCCは満身創痍の状態となっている。本稿では、NCCの発足に至る歴史・経緯をたどると共に、今年3月に行った現地調査をもとに関係者によるNCCへの評価を紹介、今後NCCが進むべき道について、与野党の対立から距離を置くことにまずまずの成功を収めた公共テレビと比較しつつ検討している。結論からいうと、NCCは政治圧力から独立したメディア規制機関として期待を受けながら、発足早々政治対立の荒波に飲み込まれ、残念ながら1年たった今も正常化に向けた視野は全く開けていない。今年3月には野党系のTVBS、また5月には与党系の三立テレビによる不祥事が相次いで起きるなど、過当競争による質の低下が著しい台湾の放送メディアには改善の兆しすらないが、「中立性」への疑念を持たれているNCCではこうしたメディアへの規制監督も十分機能しないのが現状だ。結局のところ、台湾の与野党双方の陣営が、メディアを「事実の伝達手段」というよりも「宣伝の道具」と考えがちなことが問題の根本にあるように思われる。NCCを今後正常に機能させるには、単にNCC委員の選出方法を変えるにとどまらず、比較的中立な立場と見られる媒体改造学社や台湾媒体観察教育基金会などのメディアNGOが一層活発に活動し、メディアの基本的性格の“改造”に取り組む必要があると言えそうだ。

主任研究員 山田賢一