海外放送事情

公共放送による「討論型世論調査」の試み

米・PBSが進める“By the People”プロジェクトを例として

現代社会における民主主義に市民の公共的な討論のプロセスをより多く反映させようとする、いわゆる「討論民主主義」の実践のために考案された調査手法「討論型世論調査」(以下、DOPと略記)が近年注目されている。

DOPは、通常の世論調査と異なり、その実施プロセスに、調査相手への様々な情報提供や、調査相手同士による討論などを組み込んでいる点に特徴があり、現代の統計学的世論調査が抱える幾つかの課題とデメリットを克服しようとする意図を持つ。1994年にイギリスで初めて実施されて以来、これまでにアメリカ(15回)、イギリス(4回)、オーストラリア、デンマークなどで30回近い実績がある。そしてその多くに、公共放送が主催者または共催者として関与している。

DOPでは、サンプリングによって選ばれた調査参加者が、調査テーマに関する様々な情報を提供され、一定の学習をしたうえで、週末などの数日間、グループ討論を行ったり、専門家らによるパネルディスカッションなどを聞く。そのうえで討論実施前と実施後のテーマに関する意見分布の変化が測定される。

アメリカでは公共放送PBSが“By the People”というDOP実施プロジェクトを2002年に立ち上げ、2003年から年1回のペースでDOPを行っている。このうち2005年秋に実施された事例では、「健康保険と教育」問題が調査テーマとして設定され、360人の市民がDOPに参加、テーマに関する意見の変化が様々な形で生じている。また、DOPへの参加によって、人々の政治社会的な事柄に対する心理障壁や距離感が小さくなるという効果があることも確認されている。

本報告では、このPBSの2005年秋の事例を中心に取り上げ、DOPが具体的にどのように行われ、どのような結果が出ているかを検討し、公共放送によるDOP実践の意味と意義について考察する。

専任研究員 米倉 律