メディアフォーカス

香港の大手メディアが台湾から撤退

台湾で「りんご日報」や「壹テレビ」などを経営する香港系の大手メディアグループで,中国政府や台湾の与党国民党に批判的な暴露記事を報道していた「壹傳媒」(Next Media)が,台湾での事業を売却して撤退することが10月15日に分かった。これにより台湾のメディアの自由度が低下するとの懸念が出ている。

台湾メディアの報道によると,事業を買収するのは,台湾の大手財閥である辜家の一族で,中国信託金融持ち株会社の辜仲諒元副会長である。辜氏は壹傳媒オーナーで香港人の黎智英(Jimmy Lai)氏から,りんご日報などの活字メディアと壹テレビを総額175億元(約480億円)で譲り受けたという。

もともと香港りんご日報を経営していた壹傳媒オーナーの黎氏は,2003年に台湾の新聞事業に進出し,香港同様に事件記事や芸能人のスキャンダルなどを売り物に短期間で部数を増やし,大手二紙の一角を占めた。黎氏はその後,ニュースのうち映像が撮れていないものをCGで再現する「動新聞」という手法を売り物に,270余りの衛星チャンネルがひしめく台湾のテレビ市場への進出を図った。ところが事件ニュース,特に性犯罪などの報道に「動新聞」を使用することで被害者の人権を侵害するとの批判が噴出し,国家通信放送委員会(NCC)はそのニュースチャンネルについて「動新聞」の手法を使わないよう要求,認可を得るのに2年の時間がかかった。

壹テレビはその後「総合」「ニュース」「映画」の3チャンネルを運営したが,多くのケーブルテレビ事業者が,顧客に提供する約100チャンネルのパッケージにこれらのチャンネルを組み入れなかった。ケーブルテレビの普及率が高い台湾で,こうした事態は致命的で,壹テレビは現在まで多額の赤字を余儀なくされていた。

大手のチャンネル事業者の場合,通常はケーブルテレビ事業者から番組制作費を受け取るのに,壹テレビ側が逆に伝送費用を負担すると持ちかけても多くのケーブルテレビ事業者が応じなかったことなどから,メディア関係者の間では,中国政府や台湾の与党国民党に批判的な暴露記事を報道する壹傳媒をケーブルテレビ事業者が政治的配慮で外したとの見方が一般的である。

また今回の事案には,辜氏と共同で事業買収にあたった影の出資者がいるとされている。台湾プラスチックの王文淵総裁や,最近メディア事業進出を活発化させている旺旺グループの蔡衍明氏の名前が挙がっているが,両氏の関係者は関与を否定している。

今回の事業買収について,メディア関係者からは「財閥によるメディア支配」を懸念する声が強く,メディアNGO「新聞公害防治基金会」の事務局長で台湾メディアの実情に詳しい盧世祥氏は筆者に対し,「香港人の黎氏は台湾の政商癒着と関わりが薄く,傘下のメディアが政権に批判的な暴露記事を書くことも多かったが,台湾の財閥に買われたことで,今後,こうした記事が出にくくなるおそれがある。また,財界人がメディアを所有すると,中国ビジネスを考えて中国への批判も遠慮する傾向が強く,今後,台湾メディアの自由度は低下するのではないか」と危機感をあらわにしている。

NCCでは実際の出資者が誰であるかなどの調査を慎重に進めると共に,現在は存在しないメディア集中規制法の制定も検討することにしている。

山田賢一