メディアフォーカス

香港政府,RTHKの運営は「現状維持」を選択

香港特別行政区政府は9月22日,公共放送の見直し問題について,現在のRTHK(Radio Television Hong Kong,香港電台)とは別に新規の公共放送機構を設立すべきとした有識者委員会の報告は採用せず,組織的には政府の一部門となっているRTHKの現状を維持しつつ,その運営を監督する顧問委員会を設置する方針を明らかにした。

RTHKは香港がイギリス領だった1928年に政府のラジオ局として開局し,その後1970年代にBBCを模範として編集権の独立を標榜する公共放送に移行したが,組織的には政府の一部門という形態が残存していた。このため特に1997年に香港が中国に返還されてからは,RTHKは親中派から「政府の予算を使って政府を罵(ののし) る」と攻撃される一方,民主派からは「政府の圧力を受けやすい」との懸念が出されるなど,その運営形態の矛盾が表面化していた。こうしたなか,曾蔭権行政長官は2006年1月,香港の公共放送改革検討委員会を発足させ,委員会は2007年3月,新しい公共放送機構の設立を提言した報告書を公表した。しかし報告書ではRTHKが公共放送機構に改組するのは適当でないと述べる一方で,RTHKの将来には触れなかったことから,市民の間からは,報告書が「RTHKをつぶして政府寄りの放送局をつくる陰謀」との批判が噴出した。これを受けて政府は,報告書にとらわれずに検討する意向を表明,結論を再三延期した末にようやくRTHKの「現状維持」が打ち出された。

RTHKを管轄する商務及経済発展局(CEDB)の劉呉恵蘭局長は,報告書の結論を覆した理由として最近の世論調査の結果を挙げたが,それによると市民の60%はRTHKが現状を維持するか改革によって運営を改善することを支持し,RTHKに代わる新しい放送機構を作ることに賛成の意見は20%にとどまったという。

劉局長は今後のRTHKの運営について,経営形態の問題が解決するまで凍結されていた職員の新規雇用を再開するほか,16億香港ドル(約195億円)をかけて現在九龍塘にある老朽化した本部を新界の将軍澳地区に移転すること,デジタル化に合わせて独自のテレビチャンネルを持てるようにすることなどを明らかにした。また劉局長は同時に,政府予算で運営するRTHKの説明責任を果たすため,曾行政長官が任命する15人以下の委員がRTHKの運営について意見を述べる顧問委員会を新規に設立する方針を示した。劉局長は,顧問委員会には実権はなく,RTHKの編集権の独立に変化はないと強調したが,一方で RTHKのトップである廣播處長は顧問委員会の意見を無視できないとも述べた。

今回の決定は,RTHKに不満を持つ親中派とRTHKの政府部門からの組織的独立を求める民主派の双方に配慮した妥協の産物だが,ここ数年,職員の新規雇用の凍結や予算面での締め付け,それに組織の先行きが不透明なことによる人材の流失などに苦しんできたRTHKにとっては一定の前進と言える。しかし一方で,最近は親中派からの攻撃もあって論調が「大人しくなった」とも言われるRTHKが,今後の顧問委員会の動向しだいでその編集権の独立に影響が出かねないとの懸念もメディア関係者の間では強い。浸會大学の杜耀明准教授は,顧問委員会のメンバーを曾行政長官が任命できることについて憂慮を示し,委員の人選は行政長官に任せるべきではないとの見方を示した。

山田賢一