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ドイツ公共放送,デジタル時代の任務範囲明確化へ

~第12次放送州間協定改正で正式調印~

ドイツ全16州の首相は2008年12月18日,各州の放送法の共通原則を定める「放送とテレメディアについての州間協定」(以下「放送州間協定」)の第12次改正法案を最終的に承認し,調印を行った。改正の目的は,公共放送のインターネットなど新しいデジタルサービスの任務範囲を明確にすること,またそれにより受信料財源の使途を透明化することである。

このような改正が必要になった背景には,次のような事情がある。ドイツの商業放送と新聞・雑誌社は,2002年から数回にわたりEU域内の競争問題を所管する欧州委員会に対し,公共放送が潤沢な受信料財源をもとに法的な根拠があいまいなままサービスの範囲を拡大しているとの苦情を申し立てた。欧州委は調査の結果,ドイツの公共放送制度はEU条約に違反している可能性があると判断し,適切な制度改正を求めてドイツ政府と協議を重ねてきた。両者は2007年 4月に合意に達し,ドイツ各州政府は2年以内に放送州間協定を改正することが求められた。

今回の改正は,1980年代にドイツに商業放送が初めて導入されて以来最大のものと言われている。主な改正点は,①公共放送のインターネットサービス範囲の明確化,②公共放送のデジタル専門チャンネルの再定義,③「3 段階審査」の導入,④商業サービスを行う場合のガバナンスの強化,である。

① インターネットサービス範囲の明確化

現行法では,インターネットを利用したオンデマンド番組配信サービスについての特別の定めはなく,公共放送のARD(ドイツ公共放送連盟)とZDF(第 2ドイツテレビ)は,自主的な判断で多くの番組を長期間提供している。改正法はこれを明確に限定し,公共放送のインターネットによる番組配信は原則として放送後7日まで,オリンピックなどスポーツのビッグイベントは放送後24 時間までとする。また番組に関連したさまざまなコンテンツも同様に7日間のみとなる。

ただし,この原則が除外されるケースもある。公共サービスとしての必要性と付加価値が特別に認められる番組については,7日を越えて提供することが許される。また歴史的重要性のある情報番組はアーカイブとして期限なく提供することも可能である。こうした例外扱いをするには,公共放送はあらかじめ「インターネットサービス計画」を策定・公表し,監督機関が実施する「3段階審査」で承認を受けなければならない。

例えば,ARDに加盟する北ドイツ放送協会は,法改正に先立ち,2008年12月5日に番組配信サイトの計画について「3段階審査」の手続きを開始している。計画によれば,政治・経済・社会など時事動向の背景を解説する情報番組は6か月間,ドキュメンタリー番組や現代史・文化史に関する重要な番組は無期限で提供することになっている。

またニュース記事やその解説などの文章コンテンツについては,「新聞・雑誌類似のサービス」と称され,実際に放送された番組に関連があるもの以外は提供禁止と明記された。

② デジタル専門チャンネルの再定義

ARDとZDFは,基幹サービスである総合編成チャンネルのほかに,1997年以来おのおの3つのデジタル専門チャンネルを提供している。現行法の規定は,それぞれ情報・文化・教養に重点をおくという簡単なものである。今回の改正では,これらの目的と性格をより明確にするため,各専門チャンネルの基本コンセプト,番組内容,編成方針,制作体制について記した付属文書が,改正法の末尾につけられた。文書はARDとZDFが作成したもので,これを各州政府が承認しあらためて法律で任務委託するという形である。従来と比べて特に新しい点は,ARDの「EinsFestival」が若者を対象とした文化チャンネルとして,ZDFの「ZDF Familienkanal」が25歳から50歳までの若い夫婦とその子ども向けの家族チャンネルとして特徴づけられたことである。また公共ラジオ放送のドイチュラントラジオも,知識社会を生きる若い世代向けの知識・教養をテーマとしたデジタルチャンネル「Dradio Wissen」を新設する。

③ 「3段階審査」の導入

公共放送が今後新しいサービスを行う場合,または既存のサービスの目的や性格を大きく変更する場合は,受信料を財源とする公共サービスとして提供する必要があるかどうか,市場へ必要以上の悪影響を与えないかという点について,事前に審査しなければならない。これはイギリスBBCの監督機関BBCトラストが行っている「公共的価値の審査」をモデルにしたものである。

審査を行うのは,各公共放送の内部に設置されている監督機関で,ARD加盟の州放送協会では放送評議会,ZDFではテレビ評議会である。審査では,そのサービスに①民主的・社会的・文化的必要性があるか,②市場への影響や既存のサービスと比較して付加価値が認められるか,③予算規模,の3点が検討される。市場への影響の算定には外部の専門家の登用が義務づけられるほか,市場関係者の意見も考慮しなければならない。またインターネットサービスについては,ARDとZDFは2010年8月末までに,既存のサービスすべてを審査にかけなくてはならない。

④ 商業サービスのガバナンス強化

ARDとZDFは,主に子会社を通じて,広告放送枠の販売,番組販売,関連商品販売などの商業サービスを行っているが,現行法では広告放送以外は明示的な言及がない。改正法では,商業サービスを行ってよいと明記される一方,ガバナンスの強化が義務づけられる。具体的には,子会社化による公共サービスとの会計分離の徹底,子会社との取引における特別な取り扱いの禁止,州会計検査院の監査権限の強化などである。

ドイツ国内では,改正法は各方面の利害をうまく調整したとの評価が聞かれるが,懸念材料もある。特に「3段階審査」の手続きで,公共放送のサービスを審査する主体が内部の機関であることから,客観的で実効性のある審査になるのかどうか疑う向きもある。第3党の自由民主党(FDP)は,名誉職ばかりの評議会では任に耐えないため,専門家からなる外部の監督機関を作るべきとの意見を出している。一方 ARDは,2009年からの幹事局である南西ドイツ放送協会を中心に,各協会共通の審査の手続き規則の制定,人材や財源の補強などの体制作りを始めている。今後ARDとZDFの評議会はいくつもの審査を行うことになるが,そのなかで十分に透明性を確保し説明責任を果たせるかどうかが注目の的となるだろう。法案は各州議会の批准を待って,2009年6月1日に発効する。

杉内有介