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光市母子殺害事件の差戻し控訴審審理過程報道を「放送倫理検証委」が批判

放送倫理・番組向上機構(BPO)の「放送倫理検証委員会」は2008年4月15日,山口県光市の母子殺害事件差戻し控訴審をめぐるテレビ報道が,公正性・正確性・公平性の原則から逸脱し,視聴者の知る権利を大きく阻害すると厳しく批判する意見を公表した。

光市の母子殺害事件は,1999年4月に山口県光市の社宅用団地で,23歳の主婦と生後11か月の幼児が殺害されたもので,当時18歳1か月の少年が逮捕された。

山口地裁は,被告が犯行時18歳であったこと,殺害に計画性がなかったことなどを理由に,無期懲役を言い渡した。2審の広島高裁も1審判決を概ね支持し,検察側の控訴を棄却した。

検察側が最高裁に上告し,最高裁は2006年6月,死刑にしない酌量すべき特別の事情があるかどうかについて更に慎重な審理を尽くすよう求めて,広島高裁に差戻した。

BPOの「放送倫理検証委員会」は,被告人供述が行われ,被害者遺族の意見などが述べられた第3回集中審理に関連する番組(2007年9月放送分)を中心に,第1回集中審理(07年5月・6月放送分),第2回集中審理(07年7月放送分)をあわせ,8放送局の20番組33本,時間数にして7時間30分を検証して,意見をまとめた。

同委員会は,NHKなどのストレートニュースを除き,刑事裁判に関する前提的知識が多くの番組に不足していたとして以下の3点をあげた。

  • (1) 被告・弁護団が提出したさまざまな事実や主張は「一見奇妙に見えるものであっても,その全体が,裁判所が差戻し審の審理において必要と認めた弁護活動の一環であった」,「放送の多くが反発・批判の矛先を被告・弁護団にのみ向けたことは相当な的外れであり」,「裁判は裁判所が主宰するという初歩的な知識を欠いた,あるいは忘却した放送は,それがセンセーショナルに,また感情的に行われれば行われるほど,視聴者に裁判制度に関するゆがんだ認識を与えかねない」
  • (2) 「検察官の主張や立証の内容を伝えたものは皆無と言ってよかった」,「上告して死刑判決を求めた検察官の意図は何であったのか。それは差戻し控訴審でどう展開されたのか,検察官は弁護団の新たな主張と立証にどう対応したのかといった事実を知らせることは,弁護団の主張・立証の意味を正確に理解し,公正・公平に評価するうえでも,不可欠だったはずである。そのかわりにあったのは,被告・弁護団と被害者遺族を対立的に描く手法だった。法廷での被告の供述や弁護団の記者会見での発言映像のあいだに,被害者遺族の記者会見等における発言映像をはさみ,対比させる構成である。こうした手法によって,差戻し控訴審が,あたかも被告・弁護団と被害者遺族との攻防であるかのような誤解を視聴者に与えているばかりか,検察官も被害者遺族と同様の主張・立証を行ったかのような印象を濃厚に醸し出している」
  • (3) 多くの番組は弁護人の役割の認識に欠けていた。「弁護団の記者会見の映像はときどき映し出されたが,その『内容』は触れられず,弁護人の一人が『司法の怠慢である』と述べた個所が,脈絡なく,放送されるだけであった。これでは,視聴者は,弁護団が何を主張しているのか,どこを争点にしているのかについて,理解するためのヒントすら得られない。公平で正確な情報提供という観点からは,これは大きく外れた内容だったと言わざるをえない」

さらに同委員会は,同じような傾向の番組がいっせいに放送され,他局でやっているから自局でもやる,さらに輪をかけて大袈裟にやる「集団的過剰同調番組」ともいうべき傾向がなかったか,と指摘した。

そして,ストレートニュースを除く「ほぼすべての番組が,『被告・弁護団』対『被害者遺族』という対立構図を描き,前者の荒唐無稽と異様さに反発し,後者に共感する内容」だったが,「反発・共感のどちらを語るときも,感情的だった」とした。そして「一方的で感情的な放送は,広範な視聴者の知る権利に応えることはできず,視聴者の不利益になる」と厳しく批判した。

同委員会の意見は,情報系番組が“面白く,わかりやすく”とのコンセプトで作られているテレビ界の現状を厳しく批判する内容となっているが,同委員会は 2009年5月に始まる裁判員制度にむけて,「制度の導入は『裁判を身近で,わかりやすいものにするため』とされているが,少なくともそれは,好き嫌いや,やられたらやり返せ式の実感を裁判に持ち込むことではないはずである」,「だが,テレビはいま,そうしたゆきすぎた実感の側に人々を誘い込んではいないだろうか」と指摘し,テレビ界が裁判員制度下における事件報道について,自主的に策定した指針を守れなかった場合の公権力による規制を憂慮している。

2008年4月22日,差戻し控訴審判決公判で広島高裁は被告に死刑を言い渡した。

奥田良胤