メディアフォーカス

課題を抱えながらデジタル移行へ 米 2008NAB開催

アメリカでは,2009年2月17日の地上アナログ放送終了・デジタル完全移行まで9か月となった。そうした中,放送や通信に関する最新の技術と動向を紹介する世界最大のメディア産業展「2008NAB(全米放送事業者連盟)」の年次総会と機器展示会が,4月14日から17日まで,米ラスベガスで開かれた。世界のテレビ局でデジタル化が進む中,来年はテレビ大国アメリカで大規模なデジタル移行が行われることから,準備状況が注目されている。今年のNAB では,ケーブル事業者と 地上テレビ局がデジタル化に向けて協力することが確認されたが,視聴者への周知やコンバーターの普及など課題も多く残されていることが明らかになった。

NABは全米8,300の地上テレビ・ラジオ局が加盟する団体で,CES(全米家電協会ショー)が家庭向け製品の最新動向が中心なのに対して,NABの展示会では放送局の新しい取り組みや放送器材が紹介される。

開会式の基調演説でNABのデビッド・レア会長は,地上放送局の集まりであるNABにとって来年2月のアナログ終了・デジタル移行は最優先課題だとして,地域局,ネットワークと協力して10億ドル(約1,000億円)以上をかけて視聴者に周知を図り,スムーズな移行に全力をあげていることを強調した。

CATV と地上局が協力強化へ

今年のデジタル移行重視の動きは,『ケーブル事業者と放送局の協力の在り方』と題したセッションの開催に象徴的に表れており,両者の代表が同じ席上で協力を約束した。

CATV業界と地上放送局は,いわゆる「マストキャリー問題」を巡って対立してきた。ケーブル加入者が全視聴世帯の60%を占めるアメリカでは,地上放送もケーブルで再送信されることが重要だが,デジタル移行にともない,地上局はこれまでより多く(最大4チャンネル)の送信が可能になった。しかし,CATV側は,全てのデジタル放送を再送信することに難色を示し,最終的にFCC(連邦通信委員会)は,アナログかデジタルのどちらか1チャンネルのみを再送信することを義務づけた。NAB側は,これは地上局が地域向けに出す番組や情報に接する機会を奪うものだと批判し,一方のCATV側は,多チャンネルの再送信を義務づけることは伝送路を圧迫し,ケーブル事業者の「言論・表現の自由」を侵害すると反論していた。両者はいわば“仲違い”状態だったが,今年のNABの大会では,2つの団体が同じテーブルについた。

NCTA(全米ケーブルテレビ事業者連盟)のK・マクスラロー会長は「2つの団体がデジタル移行に向けて,スポットや広告を使った“視聴者向け周知” と,問い合わせに対応できる“従業員向け教育”を並行して進める必要がある」と述べた。一方,NABのJ・サンダー理事は「消費者からの質問や苦情は政府ではなく,ケーブル会社とローカルテレビ局に直接来る。両者の連携と協力は不可欠だ」と強調した。パネリストには,タイム・ワーナー・ケーブルのG・ブリット社長兼CEOやコムキャスト西部部門のB・ダスト社長などの大物幹部も招かれ,いずれも視聴者が受信体制を整えるためには,ケーブルテレビと地上テレビという現場にもっとも近い事業者のユーザー・フォローが欠かせないという点で意見が一致した。

コンバーター問題,機材・設備の課題

コンバーター普及にも課題が多い。連邦政府の商務省電気通信情報局(NTIA)では15億ドルの予算を組み,デジタル-アナログ変換用のコンバーター購入費用として,40ドルのクーポンを一世帯2枚まで補助することを決めている。2008年4月現在で全米から1,100万を超えるクーポンの申し込みがあり,65万世帯が実際にコンバーターを購入した。しかし,クーポンの有効期間は90日でその間に購入しないと無効になるが,品物が在庫切れで有効期間内に入手できなかったという苦情が相次いだ。さらに,地方ではコンバーターを扱う電器店がなく,地域のドラッグストアに置いて店員に即席の商品知識を学ばせるといった混乱が生じている。

また,地上放送のみを受信している人達には低所得者や高齢者,マイノリティーが多く,優先的にクーポンが配付されるべきだが,こうした“社会的弱者”にはデジタル移行についての告知が届かず,新たな格差につながっているという指摘もある。FCCは,デジタル移行の広報活動に500万ドル(約5億円)しか計上しておらず,放送事業者に頼りすぎだという批判が出ている。

さらに,NABのセッションでは,コンバーター用の端子がない古い型や接続をあきらめたテレビなど膨大な数の廃棄テレビをどう処分するかといった,これまで放送事業者があまり触れなかった問題が,地元ジャーナリストから指摘された。放送局についても,作業の遅れから送信用のアンテナをアナログからデジタルに改修する工事が今後集中し,2月に間に合わないケースも出てくるのではないかと懸念されている。

FCCは順調な準備状況を強調

例年NABの大会にはFCC委員が参加していたが,今年は議会での聴聞会出席を理由に,委員の参加が直前に全てキャンセルされた。

FCCのK・マーチン委員長は,周知が不十分だという批判に対して,NAB大会直前の議会で,高齢者やマイノリティー,障害者などの社会的弱者には特に丁寧に対応しており,それぞれの団体に職員が出向いて説明会を催したり,タウンミーティングやワークショップを頻繁に開いているなどと説明した。また,全米の郵便局に告知の文書を掲示するなど周知に努めた結果,2008年2月までの3か月間でデジタル移行について知っている人が,51%から76%に増えたと明らかにした。マーチン委員長は,メーカーに対してはコンバーターの増産を呼びかけ,放送局には改修工事の計画書を提出させるなど,準備は順調に進んでいることを強調した。

アメリカは当初,2006年にデジタルへの移行を行う予定だったが,準備の遅れで2009年に延期された。FCCをはじめ,NAB,NCTA,NTIAなどは「一台も取り残さない(NABレア会長)」という決意で移行に備えているが,アナログ時代最後の開催となった今年のNABの大会は,デジタル移行の周知や設備の改修など多くの課題を抱えながら,アメリカのデジタル放送への移行が正念場を迎えていることを示すものとなった。

柴田 厚