現場が先行するドキュメンタリー

—『社会探訪』(1947~51)の特徴と展開—

公開:2017年1月30日

日本の放送ドキュメンタリーは占領期(1945~52)におけるNHKのラジオドキュメンタリーに端を発している。本稿の目的は,日本最初の本格的ラジオドキュメンタリーシリーズであった『社会探訪』(1947~51)の特徴と,そのクロノロジカルな展開を示すことである。この目的を達するために,本稿ではシリーズ内で成立時期の異なる複数のテクストについて,その生成過程を包括的に記述する方法をとった。それぞれのテクストについて「どのような時代状況の下で,どんな現実とどんな制作主体がどのように出会い(取材),そこで産出した素材へのどのような意味付け作業(編集)を経て,どのようなメッセージを放つテクストが成立したか」ということを記述したのである。

『社会探訪』が聴取者の大きな人気を得たのは,食糧難とインフレが猛威を振るい闇市がにぎわった1948年末ごろまでのことである。主な題材となったのは,社会の混乱と困窮の中を懸命に生き抜こうとする人々のバイタリティにあふれた声であった。こうした声は,その迫力を引き立てることに徹する取材,編集によって,取材現場の実感を豊かにまといながら積み重なり,しばしば魅力的なテクストを形成していった。しかしながら,社会システムが復活し闇市の時代が峠を越えた1949年以降,人々の声は迫力を失い,それとともに取材,編集のあり方も変化して番組は衰退,1951年にその幕を閉じている。『社会探訪』は闇市の時代にこそ輝いたドキュメンタリー番組であった。

以上のような『社会探訪』の“興亡”は,日本の放送ドキュメンタリーの源流部に,取材現場の外から問題意識を持ち込まず,ほぼ現場で見聞きしたことだけを受動的,感覚的に表現する現場先行型のテクスト群が存在していることを示すとともに,放送ドキュメンタリーという表現形式が時代状況と分かちがたく結びついていることを確認するものである。

メディア研究部 宮田 章

※NHKサイトを離れます

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