障害者と戦争

1941年(昭和16年)12月8日、ハワイ・真珠湾を日本が攻撃し始まった 太平洋戦争。全国民が戦争への協力を求められ、多大な犠牲と苦難を強いられました。中でも、障害のある人たちは、“兵力にならない”と差別の対象になりました。第二次世界大戦下のナチス・ドイツでは命まで奪われました。

開戦から75年のことし、日本では「障害者差別解消法」が施行されました。障害の有無に関係なく、個人の尊厳を重んじる社会を目指しています。“人間の尊厳”とは何か。戦争を生き抜いた障害者の証言から考えます。

  • 01.“米食い虫”“殺せ”浴びせられた罵声

    「戦争に勝つために、国の役に立ちたい。」当時、障害のある人の多くも、そう考えていた。だが、十分に働けないと非難され、存在さえ否定された。

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  • 02.家族にも向けられた差別

    弟の障害を隠すため、手話を禁じた姉。人目を避け、家族だけの逃避行を選んだ父親。差別や偏見は、家族にも向けられていた。

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  • 03.“障害者は生きる価値なし”ナチス・ドイツ

    ナチス・ドイツ政権下、障害者はさらに過酷な状況に置かれていた。「最も優れたドイツ民族の血を汚し、金ばかりかかる価値のない命」。“T4作戦”と呼ばれる政策で、多くの命が国家によって奪われた。

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  • 04.平和じゃないと生きられない

    戦争は、激しい差別を生みだした。障害のある人だけでなく、周囲の理解や支えが必要な人たちは多い。互いを尊重し合うために求められていることとは。

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関連動画

  • ハートネットTV 平和じゃないと生きられない  ~沖縄で語りだした 障害者たち~ 2014年10月14日放送 本編動画をみる
  • ハートネットTV シリーズ戦後71年 わたしが見た“ろう者の戦争” 2016年8月3日放送 本編動画をみる