耳が聞こえない人の意思疎通をサポートする“手話通訳”。
中でも、命や健康に直結するため、当事者からのニーズが
最も高いといわれるのが、医療現場での手話通訳です。
しかし、手話通訳者を配置している病院は数少なく、
去年、研究機関などが行った調査によると全国で42か所。
こうした中、山形市の病院に、医師がみずから手話を使って
診療にあたる“手話外来”があります。
取材を通して見えてきたのは、
耳が聞こえない人たちが医師とのコミュニケーションに対して
抱えてきた不安、
そして、誰もが安心できる医療を届けたいと奮闘する
医師の姿でした。
医師がみずから手話で診療する“手話外来”
山形市の国立病院機構・山形病院にある“手話外来”。
担当しているのは、脳神経外科医の朽木 秀雄(くちき ひでお)さんです。
手話通訳者の資格を持ち、みずから手話を使って、
耳が聞こえない患者の診療にあたっています。
専門の脳神経外科以外の患者であっても、
まず朽木さんが手話で問診、診察し、ほかの科の専門医に紹介しています。
取材をしていて印象的だったのは、患者の方たちとの親密なやりとり。
冗談交じりの手話も飛び交い、患者ひとりひとりが
ありのままでいられる場所になっていると感じました。
手話で診療をしていると、「泣いて喜ばれる」こともあるという朽木さん。
その背景には、これまで医師とのコミュニケーションに
不安を感じてきた人たちの思いがあります。
耳が聞こえない人たちの不安に応えるために
朽木さんのもとに通う吉本貞介さん、チヨさん夫妻。
2人とも耳が聞こえず、朽木さんと知り合うまでは、
医師とのやりとりに大きな不安を感じてきました。
3年前、心筋梗塞で救急搬送された夫の貞介さん。
その際、医師に自分の症状を詳しく伝えることができませんでした。
朽木さんと出会ってからは、今までできなかった
日々の健康の悩みも気軽に相談できるようになりました。
さらに、患者の方たちの不安に応えようと、
朽木さんが大切にしている取り組みがあります。
病歴など、診療に必要な情報をまとめた「診療情報提供書」の作成です。
この紙があれば、緊急時や、手話が通じない医師にかかるときでも、
症状を伝えることができます。
朽木さんは、病歴などを手話で一から聞き取り、
手話外来に訪れる患者全員にこの紙を手渡しています。
手話外来を始めたきっかけ
朽木さんが手話外来を始めたのは2年前。
きっかけは、趣味で参加した手話ボランティアの養成講座で、
耳が聞こえない人や手話通訳者の悩みを知ったことでした。
当事者からのニーズも最も高いといわれる、医療現場での手話通訳。
(2012年度の全日本ろうあ連盟の調査によると、手話通訳の派遣依頼の64.8%が医療に関わるものとされています)
患者の命に関わる上に、通訳が難しい専門用語が多いため、
患者だけでなく、手話通訳者にとっても大きな負担になっていることを知りました。
医療の知識と手話通訳の技術を持った“手話ができる医師”を求める
当事者たちの声に触れた朽木さん。
手話通訳者の資格を取ることを決意しました。
朽木さんの努力の跡がかいま見える手話辞典。
覚えた用法が細かく書き込まれています。
誰もが安心できる医療の実現を目指して
年間延べ200人近くの手話外来に対応している朽木さん。
今、手話で患者とやりとりができる人材の育成にも努めています。
手話の技術だけでなく、何よりも、患者ひとりひとりに丁寧に寄り添うことの大切さを伝えています。
こうした朽木さんの姿勢は、
命を守ることだけでなく、
患者ひとりひとりがありのままでいられる
手話外来の安心感にもつながっていると感じます。
朽木さんの取り組みから、あとに続く人が出てきて、
誰もが安心して医療を受けられる場所が広がってほしいと思います。
山形局制作 | 投稿時間:17:18