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都営地下鉄全駅にホームドア 立て役者となったのは…

  • 2024年2月20日

鉄道の駅に設置されているホームドア。転落事故の防止に大きな効果を発揮しますが、都のまとめでは、都内の駅の設置率は、2023年3月現在、半数程度にとどまります。
こうした中、都営地下鉄では2月20日、設置率は100%となりました。最後に設置された押上駅のある浅草線は、5つの事業者による相互直通運転が行われ、ホームドアの設置は鬼門とされてきました。事業者それぞれで経営規模や車両が異なるため、足並みを揃えて高額な整備費用を負担できるかどうかが不透明だったためです。
しかし、今回、当初想定された車両改修コストは740分の1にまで抑えられ、ホームドアの全駅設置が実現しました。その立て役者となったのは2次元コードでした。

ホームドア設置を求める切実な声

「われわれにとってホームドアのない駅を歩くのは、欄干のない橋を渡るようなもの」

こう話すのは、視覚障害者団体の常務理事、三宅隆さんです。三宅さん自身、ほとんど視力がありません。ふだんの生活の中で、駅には危険が多いと言います。

「車両の影が見えるなと思って、電車に乗ろうとしたら床がなかったんです。あわてて回避して、転落は免れました」

多くの視覚障害者が駅で感じる不安の声を踏まえ、団体は、ホームドアの整備を進めるよう、国などに求め続けています。

都営地下鉄は設置率100%に

こうした中、都営地下鉄では、ホームドアの設置率が100%となりました。都営地下鉄では、2000年に開通した三田線でワンマン運転を進めるにあたって、ホームドアの導入を始めました。ワンマン運転でのスムーズな運行のための導入でしたが、乗客がホームから転落する事故が起きなくなり、安全面での効果が大きいことが分かりました。このため、2016年には、全ての駅での設置を計画に盛り込み、順次、各路線で整備を進めました。そして、2019年に新宿線で設置を完了し、残る路線は浅草線のみとなりました。

鬼門だった「浅草線」ホームドアのプロが語る

東京都交通局の岡本誠司さんです。新交通システム「ゆりかもめ」の立ち上げ時にホームドアを担当して以来、20年以上、ホームドアの整備に携わってきたプロフェッショナルです。その岡本さんにとって、浅草線でのホームドアの設置は「鬼門」だったといいます。

岡本さん
「ホームドアをつける意義は分かってはいるのですが、実際は大変で、高い山を前にしたような気分でした」

浅草線の特徴。それは「5つの事業者が乗り入れる相互直通運転」にあります。浅草線には、京急、京成、北総、芝山鉄道線、そして都営地下鉄と、5つの事業者が、同じ駅を使う区間があります。事業者によって種類が異なる車両が同じ駅を利用する。これがホームドアを整備する上で、高いハードルとなっていたのです。

ホームドアの仕組み

ホームドアの仕組みです。車両のドアとホームドアを安全に開閉するためには、ドアの位置や車両の数、ドアの開閉状況などの情報を、車両側とホームドアのある駅側で共有し、正確に連動させなければなりません。互いの情報は双方に取り付けられたセンサーで無線通信し、共有されていました。ただ、車両にセンサーを取り付けるための改修には、1編成あたり数千万円かかるとされています。浅草線を利用するすべての車両が、足並みを揃えて改修する必要がありますが、経営規模や運行本数なども異なる4つの事業者すべてに、高額なコストがかかる車両改修について理解を得るには、すぐには難しかったと言います。

岡本さん
「都営交通が『ホームドアつけるからこういう改造してください』と言っても、大きな金額になるため、みんなで『わかりました』とすぐにはならない。このため、費用負担の少ない少しの改造であれば、応じてくれるのではないかと」

なんとか、大規模な改修を必要とせず、信頼性の高い方法でホームドアを運用できないか。岡本さんの試行錯誤が始まりました。最新技術の展示会に足を運んだり、インターネットであてもなく情報を検索したり、利用できるものがないか探しました。

「はじめは、車掌に完全手動でホームドアを開閉してもらうことも考えた。ただ、ヒューマンエラーの問題もあるし、車掌の業務負荷が上がる。また、車両のドアの動きを捉えてホームドアと連動させる別のセンサーの導入も検討したが、コストや導入までにかかる期間の面などから断念した」

注目したのは2次元コード

新たな方法を考え始めて3年。「車両にマークやシールをつけ、そこから情報を読み取る方法にすれば、改修の必要もなく、安価ですむのではないか」。スーパーなどで商品を管理するバーコードが念頭にあった岡本さんでしたが、より多くの情報を格納できる「2次元コード」に注目しました。早速、コードを開発する企業に連絡をとり、趣旨を説明。企業の協力を受けて「鉄道で使える2次元コード」の開発をスタートさせました。

岡本さん
「速く読み込めるし、汚れに強い。また、自動化が進む工場などでも活用されていて、実績もある。浅草線もいけるんじゃないかと思って、日がさしたような気持ち」

鉄道ならではの課題も

しかし、地下鉄の環境ならではの課題に直面しました。地上駅もあるため、日光の状況や光の反射があったり、雨が降ったり汚れたりしても、正確に読み取れなければなりません。岡本さんは企業と協力して、検討を重ねた結果、車両が動いていても、カメラで捉えやすくするために2次元コードに「外枠」を初めてつけました。

このほか、日光の当たり方が変わっても読み取れるよう「ドット」の大きさを調整したり、シールの材質を汚れにくいものに変更したりと、さまざまな工夫を重ね、鉄道利用に特化した、専用の2次元コードを開発したのです。

新たにできたシステムでは、駅のホーム上部に設置した複数のカメラで、車両の扉に貼り付けられた2次元コードを捉え、編成数や車両の情報を読み取ります。そして、確実にホームドアと車両ドアの動きを連動させるのにも、2次元コードの特徴が活用されています。

2次元コードの特徴をいかした仕組みは

2枚の扉からなる車両のドアの窓には、1枚ずつ2次元コードが貼られています。

▼右から左に2枚の2次元コードが同時に動くと「車両が動いている」とホームドア側で認識します。
▼2枚のコードが同時に止まると「車両が止まっている」と認識します。
▼2枚のコードがそれぞれ左右別の方向に動くと「車両のドアが開いた」と認識します。
▼2枚のコードがそれぞれ左右から中央に集まると「車両のドアが閉じた」と認識します。
▼2枚のコードが同時に左に動き始めると「車両が出発した」と認識します。

このように、2枚の二次元コードの動きから車両の動きを認識し、それに合わせて、ホームドアの開閉を連動させる方法で、車両側と駅側の双方でぴったりとドアの動きを制御することに成功しました。

大幅なコストカット 費用は740分の1に

この方法で、車両の改修にかかる費用は、およそ740分の1に抑えられました。車両にセンサーを取り付ける従来の方式で、都営浅草線の車両を改修する場合、少なくとも20億円かかると試算されていましたが、今回は、2次元コードの印刷と貼り付けにかかる費用およそ270万円のみで済んだのです。この技術を広く活用してほしいという意向で、特許は開放されていて、都交通局によりますと、JR東海や小田急電鉄などでも導入されているそうです。岡本さんは、この技術で、全国でホームドアの設置が進んでほしいと願っています。

岡本さん
「全駅設置した今は、高い山の山頂に登って、朝日を見ているような気持ちです。鉄道の安全度は、交通機関の中でも高いレベルにあると思うが、全く事故が無い、怪我をする人がいないわけではない。ホームドアにより、意図せず不幸なことにあわれる方が減る一助になると思うので、普及に向け今後も力を尽くしていきたい」

三宅さん
「ホームドアがあることで電車を待つときにも、どこに車両のドアが来るかがわかりやすくなりました。非常に大きな存在です。2次元コードを活用して、より早く、多くの駅にホームドアを設置できるような方向に進んでほしい」

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