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  • 2024年1月24日

生まれ変わる下北沢 若者が集うまちづくりのヒントは「地域との対話」

不動産のリアル(27)
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古着や雑貨、小劇場にライブハウスなどサブカルの街、東京・下北沢。通称、シモキタ。    
個性的な街に、多くの若者たちが魅了されてきました。    
その下北沢が、街の個性はそのままに生まれ変わりつつあります。古きよきシモキタを残しながら進められる新たなまちづくり。そのヒントは、開発する鉄道会社と地域の人たちとの対話にありました。

(不動産のリアル取材班/さいたま局 記者 二宮舞子、    
報道番組センター 政経・国際番組部 ディレクター 柚木映絵)

生まれ変わりつつあるシモキタ

下北沢駅周辺の1.7キロにわたる敷地、「下北線路街」。    
カレー店、レコード店、カフェ。箱根から温泉を運んでくる温泉旅館やさまざまなイベントが企画できる広場など、ユニークでちょっと変わったスポットが並びます。

地域住民(高齢女性)    
「若い方が集まるでしょ、たくさん。だから、すごく活気づいてね。私はとてもいいと思っております」

地域住民(男性)    
「非常に新しい下北沢という、何ていうのかな、文化の中にね、新しく何か発生したような感じしますよね」

はじまりは“開かずの踏切”の解消

下北沢の街が変わるきっかけは、「開かずの踏切」の解消でした。    
朝のラッシュ時に1時間に50分遮断機がおりていた場所もあり「開かずの踏切」として課題になっていて、2004年から小田急線は地下へと切り替える工事が行われました。    
この地上の線路跡地が「下北線路街」として生まれ変わったのです。しかし、それまでには長い道のりがありました。

再開発には反対運動も

これまで、下北沢駅周辺の道路整備や、小田急線の高架化といったまちづくりについて、地域住民やアーティストなどによる反対運動が行われてきました。

もともと、小田急線の複々線化については、60年ほど前の1964年に都市計画の決定がなされています。その後、1970年代には、小田急線の地下化を要望する陳情や運動が行われてきました。    
2003年には、小田急線が高架化ではなく地下化することに決まりましたが、それ以降も、既存の街が変わることや、高いビルが建てられることを懸念した人たちによる反対運動や、行政訴訟などが展開されました。

一筋縄ではいきませんでしたが、2013年には小田急線の地下化が実現。    
管理する小田急電鉄は、東北沢、下北沢、世田谷代田の3つの駅のおよそ1.7キロの区間の線路跡地を活用したまちづくりの検討を始めました。

高層ビルが建てられない制約を個性に

始まったまちづくりの検討。    
しかし、このエリアは、地下に線路があることもあり、地上に建てる建物には重量制限などの制約がありました。つまり、収益性の高い高層ビルの建設は難しかったのです。

開発を担当してきた小田急電鉄の向井隆昭さんは、当時、商業コンサルによる調査や大手チェーン店への聞き取りなどで、事業性が高くないと指摘されていました。

小田急電鉄 まちづくり事業本部 向井隆昭さん    
「高さのある建物を作れない=事業性としてはあまり高くない、と考えていました。大手のチェーン店や大手スーパーからあまり需要が見込めないので、出店できないというヒアリング結果が出た。正直、どうしたらいいんだろうかと思っていました」

そこで、活路を見いだしたのが住民との徹底的な対話でした。

向井さんたちは、世田谷区が主催していた住民や区の担当者などがまちづくりについて意見交換をする「北沢デザイン会議」や「北沢PR戦略会議」などに参加しました。    
開発に懐疑的な人たちもいるなか、地域住民と徹底的に対話しようと考えたのです。

会議に参加してみると、反対する声のなかには、計画が知らないままに進んでしまうことへの不安や、どんな街になるのか分からない不安からくるものもあることがわかりました。

向井さん    
「計画を知らない間に進めてほしくないとか、顔の見えない関係で不安という意見がすごく多くて。街のことは住民のほうが知ってるんだから、もっと聞いてくれと。我々ももっと住民の方とコミニュケーションを取っていこうと思いました」

核となったのは、「支援型開発」という考え方。    
住民のかなえたいまちづくりを支援するというものです。会議や地域の商店主への説明会などは、200回以上にのぼりました。    
そこで出てきた住民の声は…

 

個人のチャレンジを応援したい。

 

街に緑を増やしたい。

 

チェーン店はいらない。

こうした声の実現に向けて進められたまちづくりで、完成したのが「下北線路街」です。    
飲食店などの商業施設や旅館、それに学生などが入れる寮など、あわせて13施設が立ち並んでいます。どれも低層でほとんどが2階建てです。

「個人のチャレンジ応援」は

「ボーナストラック」の一例

象徴的なのは「ボーナストラック」です。飲食店や書店、レコード店など、合わせて13店舗が軒を連ねています。地域住民から要望のあった「個人のチャレンジを応援したい」というコンセプトを具体化した施設のひとつです。

個性的な店や個人経営の店が減り、チェーン店が多くなるなか、多少賃料を下げてでも個人店がチャレンジできるようにしました。シモキタらしい個性的な店が入れるよう、施設の設計の前に出店に関心がある人たちに、支払える賃料をヒアリング。    
その賃料から逆算して、投資できる額を設定して建物を建設しました。

賃料は1か月15万円から。周辺の相場よりも割安に抑えています。    
敷地を狭くし賃料を抑えることで、個人店が入りやすいように配慮し、チャレンジしたい個性的な店舗を多く集めることができました。

そのひとつが、若手監督の映像作品を、今はほとんど使われなくなったVHSで見られるというカフェ。オーナーの林健太郎さんは、賃料が低く抑えられているからこそ、出店にこぎつけることができたといいます。

VHS喫茶オーナー 林健太郎さん    
「お店をやった経験がないので、もっと賃料が高かったりとか、お店を出店するってなかなか難しいんじゃないかって率直に思ってたんですけど。踏み出しやすい価格設定やボーナストラックの運営の方々からのサポートというのも含めて、自分たちのように初めてお店を出して文化を盛り上げようという若者の挑戦に寛容な場所だと思います」

このエリアは、観光客だけでなく散歩などで訪れる地域住民も含めて、多くの人たちが集う場所となっています。

地域住民(子育て中の女性)    
「犬と散歩しながらここでちょっとお茶して、また帰るっていうのをやってます。すごく奇抜じゃなくて自然になじんだ、そういう開発の仕方なのでいいなと思います」

「街に緑を増やしたい」は地域住民も主体的参加で

世田谷区と鉄道会社などが協議して、住民側が木々の手入れや管理を行うことで実現。    
「シモキタ園藝部」という団体も設立され、メンバーは子どもから高齢者まで200人ほどにまで増加し、地域住民が主体的にまちづくりに関わる仕組みが生まれています。

また、「シモキタ園藝部」では、管理するエリアで育てたさまざまなハーブを使って、ハーブティーを販売するお店も展開。住民同士の交流の拠点にもなりつつあります。

シモキタ園藝部 代表理事 関橋知己さん    
「自分の街に対して、お客さんじゃなくて自分事になる1つの切り口として、緑っていうのはいいんじゃないかなと思っています」

小田急電鉄の向井さんたちは、建築制限のあるなかでも、街の個性を生かした開発を行うことで、長期的には街の価値を高め、持続可能性のあるまちづくりにつながると考えています。

小田急電鉄 まちづくり事業本部 向井隆昭さん    
「一般的な分譲で1回お金をかけて1回で回収するというモデルではないので、長く続けてお金だけではなくて定性的な価値を生み出し、鉄道にも乗ってもらう、住み続けてもらうということが必要です。地元の方は愛着が上がる、我々としては事業性が上がるというWin-Winの関係というのが築ける可能性はあると思っている。やはり、対話を重ねるプロセスの部分がかなり重要なのかなと思っています」

下北沢のまちづくりはこれで終わったわけではなく、下北沢駅前広場の整備などの計画が今も進行中です。区は、こうしたまちづくりについても、住民と意見交換しながら進めたいとしています。    
まちの個性を大切にしながら、今の時代にあったまちづくりをどのように行うのか。    
シモキタは、ひとつのヒントを示してくれているように思います。

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