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経済損失9兆円の試算!増える“ビジネスケアラー”(1)対策進める企業は

  • 2023年10月11日

「ビジネスケアラー」ということばご存じでしょうか。
働きながら親などの介護をする人たちを指すことばです。年々増え続けていて、いま、多くの人が「ひとごと」とはいえない状況になっています。
経済産業省は「ビジネスケアラー」が2030年には家族を介護する人のうち4割にあたる 318万人に達するとする試算をことし公表。
2015年の232万人から15年間で86万人も増え、労働生産性の低下などに伴う経済損失額は、9兆円に上るとしています。
もはや待ったなしの仕事と介護の両立支援、企業もさまざまな対策を講じています。
(首都圏局/記者 氏家寛子・ディレクター 岩井信行)

ビジネスケアラー 「迷惑かけちゃいけない」

建設関連会社で働く、48歳の女性は、仕事を続けながら10年以上にわたって家族を介護し、3年前にみとりました。
女性が33歳のとき、一緒に暮らしていた父が突然、散歩中に倒れて寝たきりになりました。ところが、女性が母といっしょに父の介護をしようと思っていたそのやさき、母にも認知症の症状が出始め、ふたりの介護が始まったといいます。

女性
「親の年金はありましたが、生活を支えるために会社は辞められないと思いました。ただ、頑張らなきゃと思う自分と、どうして足を引っ張るんだという気持ちがあり、母親にあたってしまって後悔することもありました」

仕事にも影響がありました。
父の入院中、ひとりで家にいることが不安だった母親から仕事中にも関わらず、携帯電話に頻繁に着信が入るようになりました。母に落ち着いてもらうため、昼休みや休憩時間など合間を見つけては、自宅に何度も電話をする日々が続いたのです。

さらに、母親が徘徊するようになり、朝、デイサービスの車が自宅に迎えにくるまでの間も目が離せなくなりました。母に対応するため出社が始業ぎりぎりになり、タクシーを使わざるをえないことも少なくなかったといいます。

しかし、介護に追われている状況をなかなか会社には打ち明けることはできませんでした。

「頑なになっていました、人に迷惑かけちゃいけないと。それに、昇進、昇格試験とか、みんな上がっていくのに私だけ遅れちゃうのはいやだなっていうのがあったので。やっぱりしんどいから、本当は手伝っても欲しいんですけど。自分のプライドなんですかね」

“隠れ介護者”を救え!

こうした介護の悩みを抱え込んで職場に言い出せない、ビジネスケアラーやその予備軍とつながろうと、対策に乗り出す企業もあります。

建設機械大手のコマツで、ことし9月に開かれた「介護セミナー」では、介護が始まるときに起こりがちな状況について、ロールプレイを交えながら注意するポイントを伝えていました。このなかで、講師がふんする母親に対して息子役を演じたのはダイバーシティ&インクルージョン推進室の石田泰大室長です。独り暮らしで高齢になった母親の金銭管理の状況を聞き出そうとするも、ことごとくかわされてその難しさを実感していました。

(左)講師のNPO法人となりのかいご 川内潤代表理事
(右)コマツD&I推進室 石田泰大室長

この会社では、社員の介護負担の増加について早くから危機感を持ち、平成23年には、介護休業を法律が定める通算93日よりも多い最長3年まで休めるようにしたほか、独自の手当も設けました。ところが、調べてみると利用者は少ないことがわかり、会社に相談せずに週末などを使って介護をしている社員が予想以上に多いのではと気づいたそうです。

そこで今、力を入れているのが、外部の専門家による相談会です。
介護はプライバシーに関わる問題のため、社内では打ち明けにくい面もあるのではないかとして、会社にも匿名で参加できる形の相談会にすることで、心理的なハードルを下げました。継続的に相談会の利用を呼びかけることで社内での認知も上がり、毎月、満席が続いていています。急を要する人のためには、臨時の枠を設ける対応をとることにしました。
相談会を始めた5年前からのべでおよそ580人が利用しているといいます。

相談した人からは、「仕事との両立は大変だと思っていたが誤解していることが多くて驚いた」とか「相談をして、実施すべきことが明確になった」など、悩みを打ち明けて心の負担が軽くなったという声が多く寄せられているそうです。

コマツ ダイバーシティ&インクルージョン推進室 石田泰大 室長
「介護を家族の問題だとして周りに相談しにくいという“隠れ介護者”の方には、具体的なアドバイスを介護のプロから直接もらえて、安心して相談できる場が必要だと考えました。介護の不安なく仕事で十分な力を発揮してもらえるようにしたいですし、会社が相談会を設けることは、“社員を大切にしたい”というメッセージにもなると思います」

介護をめぐる手続きの実務代行サービスまで

突然、介護に関する調べごとや手続きが発生した場合も、社員本人の代行をしてくれるサービスを導入する企業もあります。

東京に本社がある半導体メーカーのエイブリックで、この取り組みを進めてきた役員の長野典史さんです。自身の親の介護の経験などから、働く人にとって、介護が突然始まったときの情報収集や手続きの負担は少なくないと考え、それを少しでも和らげる仕組みが必要だと感じたといいます。

この会社では、老後や介護の手続きに詳しいNPOと提携し、サポートを依頼。24時間365日、社員と配偶者、それに父母が、無料で電話やLINEを通じて、相談できるホットラインを開設しました。相談は匿名でもできます。内容によって一部料金はかかりますが、相談者が希望する地域での施設探しの情報収集や病院や役所に出向いての手続きなど、実務代行までも依頼できるという仕組みです。

この日、社会福祉士とオンラインで結んで相談していたのは、この会社の50代の男性社員です。70代の母親が骨折して入院したため、退院後の生活について、NPOの社会福祉士に相談していました。 今、気になるのは、介護のための自宅のリフォームだといいます。

社員

介護のバリアフリーの専門でやっている業者があるのかどうか。

社会福祉士

福祉住環境コーディネーターという資格を持っている人がいる、介護リフォーム業者の情報を調べてみようと思います。

 

ぜひ、それはよろしくお願いします。

高齢者が住みやすい家づくりの知識や経験を持つ介護リフォーム業者に依頼できるよう、業務の繁忙期を迎えていた男性に代わって業者探しをすることになりました。

50代社員
「ネットで調べて、よく分からない情報の中をいろいろどうすればいいのかなと悩んでいたところでした。自分で探すよりも、代行して見つけてくれるので、時短、仕事に集中できるサービスだなと思います」

エイブリック 常務執行役員 長野典史さん
「長年積んだ経験って非常に貴重でして、ちょうど介護の世代っていうのは円熟の世代です。専門家の力を借りることで、“仕事があるんだけどちょっと手続きに行かなきゃ”とかそういうことが減り、生き生きと働くことができれば、会社としてパフォーマンスも上がってくるのではないかと思います」

国も仕事と介護の両立を後押し

国は介護しながら働く人が増える一方、企業で両立支援が進んでいない現状への危機感を強めています。

経済産業省の調査では、従業員の現時点の介護の状況について、5~6割の企業で把握しておらず、従業員向けの介護セミナーの実施や、社内外の専門窓口を設置している企業は1割にとどまっているからです。

こうした状況を踏まえ、経済産業省は、今年度、会社員が親などの介護で離職するのを防ぐ手立てを企業向けの指針としてまとめます。介護を企業の経営上の課題だとしたうえで、社員向けの相談窓口の設置や外部の専門家との連携など具体的な事例も盛り込むといいます。両立支援のノウハウが少ない企業を支援するのがねらいです。

経済産業省は「ビジネスケアラー」が2030年には家族を介護する人のうち4割にあたる 318万人に達するとする試算をことし公表。2015年の232万人から15年間で86万人も増え、労働生産性の低下などに伴う経済損失額は、9兆円に上るとしています。両立支援は待ったなしだといえます。

企業はどう向き合う?専門家は

企業で働く人の介護相談にのるNPO代表の川内潤さんは、今、介護で悩みを抱えている人はもちろん、これから介護の問題に直面する可能性がある予備軍の人たちへのアプローチも欠かせないといいます。

NPO法人となりのかいご 川内潤 代表理事
「仕事に対して真面目で真摯に取り組む人ほど、介護の問題を自分の中だけで閉じ込めて、どうしようもなくなってから初めて会社に相談するという状況になりやすい。自分の生活を大切にしながら必要なケアを親に届けるためには早めの備えが必要です。だから企業が従業者に対して、介護に対するリテラシーを徐々に高める取り組みをプッシュ型で行うことがとても大切だと思います」

みなさんの経験・意見お寄せ下さい

冒頭の女性は、介護の問題を社内で言えなかった時期、同僚の声かけに救われたことがあるといいます。女性は母の通院の同行のため隔週で同じ曜日に休んでいましたが、ある同僚が女性自身の病気なのではないかと心配し、メールをくれたのです。それがきっかけとなり、介護について打ち明けることができたといいます。その後も同僚は、「大丈夫、ちゃんと食べてる?」と気にかけてくれたそうです。女性は、母ではなく、自分ことを心配してもらえたことがうれしくて、心の支えになったと振り返っていました。

今、女性は管理職として、自身の介護の経験を周囲に伝えながら、介護の悩みを口にしやすい雰囲気づくりを心がけているといいます。

高齢化時代、介護が身近な存在になる人はさらに多くなります。こうした時代に合わせて、だれもが働きやすい職場づくりを進めるためには、どのような取り組みが必要なのでしょうか。仕事と介護の両立について、私たちは取材を続けながら、みなさんといっしょに考えていきたいと思います。

ビジネスケアラー当事者や元当事者の方の経験談、悩みや疑問なども、ぜひこちらよりお寄せ下さい。

  • 氏家寛子

    首都圏局 記者

    氏家寛子

    岡山局、新潟局などを経て首都圏局 医療・教育・福祉分野を幅広く取材。

  • 岩井信行

    首都圏局 ディレクター

    岩井信行

    2012年入局。さいたま局などを経て2021年から首都圏局。子どもの貧困や社会的養護、ヤングケアラーなど、家族に関わるテーマで取材を続ける。

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