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コロナ禍の五輪 賛成?反対?医療と経済で揺れる思い

  • 2021年7月20日

開幕が目前となった、東京オリンピック。
「あなたはオリンピックの開催に反対ですか、賛成ですか、それはなぜですか」
こう尋ねられたとき、いまだに即答できないという人もいるのではないでしょうか。さまざまな立場や思いが交錯する、コロナ禍でのオリンピック。“医療”と“経済の回復”のはざまで、ゆれ動きながら開幕を迎える、1人の男性がいます。
(首都圏局/記者 石川由季)

“墨田区モデル” コロナ最前線の現場で

私がその男性のことを知ったのは、第3波の感染拡大で医療がひっ迫していた、ことし1月。
墨田区の墨田中央病院で事務長を務める、小嶋和樹さん(38)。院内のゾーニングや保健所との調整など、感染対策の陣頭指揮をとっています。

墨田区では当時、重症者を受け入れる病院の満床が続いていたことから、回復した患者の入院を地域の病院で受け入れる「墨田区モデル」という取り組みを始めていました。小嶋さんの病院も、病床は97床と比較的小規模ながらも積極的に回復者を受け入れ、墨田区モデルの一翼を担っています。こうした地域の病院の協力で墨田区では“入院待機者ゼロ”をほかの地域に先駆けて達成しました。

小嶋さんは東京の下町で曽祖父の代から続くこの病院で「地域のために働くこと」をモットーに働いています。長年、地域に根ざした診療を続けてきた院長の父親とともに、地域の人たちの命を守るため事務方のトップとして最前線で新型コロナの対応にあたっていました。

医療と経済 2つの立場での葛藤

墨田中央病院の患者受け入れなどの取材を数か月にわたって続ける、立ち会ってくれていた小嶋さんがある日、私につぶやきました。

「このまま、自粛、自粛って続けていて、いいんですかね」

このとき私は、小嶋さんが病院経営者として地元の「青年会議所」にも所属し、飲食店や観光業などの現場で汗を流し、地域経済を支える多くの若手経営者の仲間がいるということを知りました。

小嶋さんは感染防止や医療体制を守るために、飲食店の営業の自粛などの呼びかけが続く中、医療と経済のはざまでずっと複雑な思いを抱え続けていたことを話してくれました。

病院事務長 小嶋和樹さん
「自粛期間が長引くことで、地域で閉店してしまったお店もある。飲食や観光をやっていて打撃を受けている仲間もいますし、店にお酒を卸す業者や、おしぼりを扱う会社なども大変な状況ですよね。自粛を続けることで、生活が成り立たなくなる人が大勢出てしまう」

「医療」と「経済」という2つの立場にいることを痛感させられた、忘れられない出来事があると、そのあと小嶋さんは教えてくれました。

撮影 東京青年会議所 墨田区委員会(平成29年)

両国の国技館があるこの地域で、40年以上続けられていた「わんぱく相撲」の中止です。
青年会議所が主催して毎年、開催される中、去年2月に小嶋さんは医療従事者の立場から「中止」を決断しました。開催されていれば大勢の人が訪れ、地域経済にも好影響がある大きな催しでした。

小嶋和樹さん
「まだ新型コロナが“未知のウイルス”とされているときでした。『開催できるのでは』という意見も寄せられていましたが、1%でも感染させるリスクがあったら、僕は医療者として、開催はできないと思いました。都内各地で開催される催しでしたが、中止を決めたのはおそらく僕たちが1番最初で、本当に苦渋の決断でした」

病院“ギリギリの人手” 仲間“わずかな期待も”

そして、都内で感染者が急増するなかで近づく、東京オリンピックの開幕。地元の国技館はオリンピックのボクシング会場となっていて、無観客にはなったものの周辺に人が集まるなどしさらに患者が増加しないか、小嶋さんは不安を感じていました。

小嶋さんの病院では、新型コロナの疑いがある患者を受け入れる発熱外来や、回復者病床での対応、それに、ワクチン接種。加えて、通常の診療もある中で、すでに人手はギリギリの状態です。病院を束ねる立場としては、感染者の増加を無視することはできません。

一方で、小嶋さんの傍らには、無観客ながらもオリンピックの盛り上がりに、わずかな期待をかける仲間がいます。

青年会議所のメンバーのひとり、原田和義さんです。原田さんは大会の招致が決まったことを受けて、隅田川を遊覧船で周遊する観光業の会社を設立。去年、競技会場の国技館の目の前にカフェをオープンさせたほか、多額の資金をかけて2隻目の遊覧船も造りました。しかし、延期となった大会に、かつて期待していた外国人観光客が訪れることはなく、無観客の決定も決まって集客は見込めない状況です。

青年会議所 原田和義さん
「オリンピックが去年延期されて、ことしは大丈夫かなと思っていたところが、まただめだったので、もうしょうがないとは思っていますが本当は100%の形でやってほしかったです。楽しい時間を提供するサービスなので、どうしてもお酒が絡んできますし、コロナ禍で船の飲食って厳しい状況ですね。無観客になってしまったので、大会関係者がカフェに少しでもコーヒーを買いに来てくれたらいいなと感じています」

諦めにも近い感情を抱きつつも、オリンピックに少しでも期待をかける仲間のそばで、小嶋さんも2つの立場があるからこそ感じる率直な思いを話してくれました。

小嶋和樹さん
「今も、気持ちは揺れ動いています。もちろん、医療を守ることは大事で、大前提ですが、同時に経済を回していかないと生活に困る人が出てきてしまう。医療と経済は敵対するものじゃないはず。医療で命を助けるのはその人たちの生活を守るためで、その生活を守るためには、コロナが終息したときに経済が死んでしまっていたらだめだと思うのです。オリンピックもやると決まったら、感染対策を徹底してちゃんとやってほしいし、どんな形でもこれからの日本が明るくなる大会にしてほしいと思います」

取材後記

コロナ禍で迎える、東京オリンピック。開催に対する考えは置かれた立場によって大きく異なり、開幕直前になってもさまざまな思いが交錯しています。
一方で、思いが多様に渦巻いている状況だからこそ、批判や分断を恐れて、意見を口にすることを避けている人も少なくないのではないでしょうか。
今回、小嶋さんは、病院の事務長という立場で、経済の状況にも思いをはせる率直な気持ちを話してくれました。思いをことばにして“私たちのオリンピック”をどうしていきたいのか、開催することの意義は何かを考え続けることを諦めてはいけないと、改めて感じる取材でした。

  • 石川 由季

    首都圏局 記者

    石川 由季

    2012年入局。 大津局、宇都宮局を経て現所属。医療や福祉の取材のほか、墨田区の行政取材も担当。

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