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サラリーマンが宇宙開発!? 手作り人工衛星に託す夢

  • 2021年7月14日

今年2月、NASA=アメリカ航空宇宙局が打ち上げたロケットには、国家機関や大学の研究機関による人工衛星に混じって、日本のサラリーマンたちが作った人工衛星が搭載されていました。“素人集団”が手作りした人工衛星が宇宙に行く。それってすごいことなのではないか。尽きぬ夢を語るサラリーマンたちを、入局3か月の“素人”新人ディレクターが取材しました。
(首都圏局/ディレクター 金谷隼一)

「趣味は宇宙開発です!」 ~サラリーマンが作る人工衛星~

東京江戸川区にある下町の町工場にひときわ目を引く大きなアンテナが立っています。
このアンテナを使ってつながっているのは…

模型

1辺が約10センチの立方体、手のひらサイズの「超小型人工衛星」です。
現在、地球の上空400キロメートルの高さを周回しています。

この人工衛星を作ったのは、サラリーマンが主体の団体、その名も『リーマンサットプロジェクト』(以降、リーマンサット)。「趣味は“宇宙開発”」をモットーに、人工衛星や月面探査機の開発などを行う民間の宇宙開発団体です。サラリーマンの“リーマン”と人工衛星を意味する英単語satelliteを組み合わせて名付けられました。
学生や主婦なども加わり、現在メンバーは900人を超えます。

居酒屋で語った宇宙の夢

始まりは7年前、東京・新橋で開かれた飲み会でした。
宇宙に憧れを持つ5人のサラリーマンたちが宇宙関連のイベントで知り合い、「自分たちだからできる“宇宙開発”をやりたい」と意気投合しました。

結成メンバーの一人、三井龍一さんはソフトウェア会社に勤めるサラリーマンです。小さなころから宇宙に憧れを持ち続けていたといいます。

三井さん

いつか自分が関わったロケットや輸送船で宇宙に行って、地球を見ながら酒を飲みたいというのが最終ゴールですね。

居酒屋で結成されたリーマンサット。「人工衛星を作る」という目標を掲げました。
しかし、資金もなければ場所もなく、何より宇宙開発のための知識が足りません。大学の研究室を見学させてもらい、秋葉原で買い集めた中古部品をカラオケボックスに持ち込んでペットボトルロケットを作製するなど、地道な活動を続けてきました。

“サラリーマンが人工衛星を作る”そんな荒唐無稽な夢をイベントや展示会で発表すると、活動に賛同する人がどんどん集まってきました。
ほとんどが宇宙開発に携わったことのない素人たちで、文系出身者も少なくありません。

去年11月に加入した遠藤桃子さんは、雑貨店の販売員。コロナ禍で外に出られない日々を過ごす中、たまたま参加した宇宙関連のイベントでリーマンサットの活動を知り、メンバーの熱意にあてられ加入を決めました。広報部に所属して、イベントの企画やSNSの運用を行っています。

もともと理数系が苦手な遠藤さんですが、新たな挑戦も始めました。衛星との通信に必要な無線の免許を取ろうと勉強に励んでいるのです。

遠藤さん

試験とか難しそうだし、“私は文系だから無理だと思います”と伝えたら、“みんなでサポートするよ!”と言われたので勉強を始めました。日本語のはずなのにちんぷんかんぷんなところもありますが、みんな丁寧に教えてくれるし、将来自分も衛星と交信できる日がくるかと思うと、とにかく楽しみです!

人工衛星のミッションは“自撮り”! 

三井さんら結成メンバーは、人工衛星にどんなミッションを託すのかコンペを開きました。
一口に人工衛星といっても目的はさまざま。天気予報用の気象衛星や、衛星放送用の通信衛星など、多岐にわたります。
数あるアイディアの中から、みんなで決めたのは、「自撮りをする人工衛星」でした。

人工衛星による自撮りミッションとは、宇宙空間に放出されたあと、衛星に内蔵されたアームを伸ばし、搭載されているカメラで地球を背景に人工衛星自身を撮影しようというもの。

アームの先にあるのが自撮りカメラ

目指す自撮り画像はこれ(イメージです)

地球観測や惑星探索といった国家的なプロジェクトと違い「公益性に乏しいミッション」ですが、そこには素人サラリーマン集団ならではの強いこだわりがありました。
 

三井さん

私たちは趣味の団体なので、趣味だからこそできるミッションにしたい。みんなで苦労して魂を込めて作った衛星が、宇宙に行ってものすごく過酷な条件で頑張ってる、その姿みたいよね!?っていうのがきっかけですね。宇宙でどんな姿なのか、どんなふうに頑張っているのか撮りたいです。

人工衛星を宇宙に飛ばすには、JAXAが設定する20以上の審査項目をクリアしなければなりません。この審査は、人工衛星の大きさだけでなく、宇宙空間を模倣した真空状態での振動耐性、アンテナや自撮り用のアームといった展開物の動作試験などさまざま。JAXAがこの事業を始めた2012年から数えて審査を通過したのはわずか52機という狭き門です。
メンバーたちは真空の実験容器を自作するなど試行錯誤を繰り返し、審査を見事通過。リーマンサットの人工衛星は、今年2月、NASAのロケットに載せられ、宇宙へ打ち上げられました。

いよいよ宇宙に放出!

3週間後、人工衛星は国際宇宙ステーション(ISS)から宇宙空間に放出されました。
その時の動画がこちらです。

動画の最後、黄色い矢印の先にあるのが、リーマンサットの人工衛星です。
メンバーたちは人工衛星から信号が送られてくるのを今か今かと待ち構えていました。

「きてる!きてる!きてる!きてる!」

パソコン画面に人工衛星との通信テストに成功したことを示す信号が表示されると、大きな歓声があがりました。

無事宇宙空間にたどり着いた人工衛星の愛称は、「Selfie-sh」(セルフィッシュ)。”わがまま”を意味する英語(Selfish)と“自撮り”を意味する(Selfie)を掛け合わせて名付けられました。

トラブルだって楽しい! サラリーマンの挑戦は続く

6月、いよいよ「自撮り」ミッションがスタート!

しかし…。

6月半ば、取材に訪れると、まさかの事態に。
突如、人工衛星との通信が途絶えてしまったというのです。

人工衛星が落ちてしまったのではないか?と心配されましたが、アメリカの衛星監視サイトで、問題なく地球の上空をまわっていることが確認されました。
メンバーたちがまず疑ったのは、地上のアンテナや受信機の故障です。新品で設備を整える余裕がなく、アンテナも無線機も格安で譲ってもらった中古品。ひとたび雨が降るとアンテナの性能が落ちてしまい、まともに通信ができなくなってしまいます。
しかしこの日は晴れ。無線機にも問題は見つかりませんでした。

三井さん

地上側は正常なので、衛星側に何か問題が起こってる可能性が大きいですね…。

1日2回、それぞれ10分間だけの「衛星が日本の真上を通るタイミング」を見計らい、強制的に再起動する指令を出して再度通信を試みます。
しかし、衛星との通信は回復しませんでした。

1週間後、三井さんの家を訪ねると、オンラインのミーティングが開かれていました。

過剰充電が起きていないか、急激な温度変化で基板がダメージを受けてないか、メンバーたちが復旧への議論を続けていました。
ミッションを諦めようとする人は誰一人いません。

大伍さん

トラブルがあって、焦るというのはありますが、それもある意味ひとつの楽しみなのではと思います。みんなで今のトラブルを協力して、みんなでガッツポーズできるところに進んでいこうぜ!って。

三井さん

どんな分野の技術が必要なのか掘り下げていくと、大体そこにマッチした人がいるんですよ。メンバーはモチベーション高くて、たくさん来てくれている。だから悲観してないし、諦めることは全然なくて、『やれるべきことをやっていく』それに尽きるかなと思います。

三井さんたちは今後も、仮説をもとに一つずつ検証を行っていくそうです。
困難の克服さえも楽しみたいというこのミッション。夢の実現に向けて、メンバーたちの試行錯誤は続きます。

取材後記

取材の中で最も印象に残った言葉は、リーマンサットが毎月開く定例会で聞いた「知識があるのは偉くない」「先輩も後輩も関係ない」という言葉でした。聞けば、結成当初から新しいメンバーに必ず伝えている言葉らしく、“宇宙開発”を敷居の高いものにしないように、リーマンサットが最も大事にしてきた理念だそうです。

これは新人ディレクターである私にもとても響きました。
5月に現場に配属され、基本業務を覚えるのに精一杯で、自由な発想をする余裕がない日々。企画の提案をするにも自分が面白そうと感じる話ではなく、上司や先輩が気に入りそうな話ばかり探してしまったこともありました。
そんな中、今回の取材を通じて、自分が漠然と持っていた興味を口に出してもいい、と後押しをしてもらった気持ちになりました。
新人だろうが恐れず、自分が面白いと感じる話題を皆さんにしっかりと伝えられるよう、これから励んでいきたいです。

  • 金谷隼一

    首都圏局 ディレクター

    金谷隼一

    2021年入局。大学院では分子生物学を専門にしていました。

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