千葉県が生産量日本一の“梨”。春は重要な「人工授粉」の時期です。
しかし、今シーズンはピンチに直面しています。その原因は中国での感染症と、それに伴う「花粉不足」。夏には甘い梨が食べられるのか、対策に乗り出した現場を取材しました。
(千葉放送局記者・渡辺佑捺)
市川市で50年近く梨農家を営む荒井一昭さん(68歳)です。4月上旬、農園は開花の真っ盛りです。
しかし今シーズンは、思いもよらない危機に直面しています。これまで利用していた中国産の花粉が、手に入らなくなったのです。
理由は、中国国内で発生していた果樹の病気「火傷病(かしょうびょう)」です。梨やりんご、びわなどの果樹の枝や葉が、火にあぶられたように枯れてしまいます。
韓国で2015年に初めて発生が確認され、その後、発生地域が拡大。中国内陸部の一部地域で発生していることが、2023年になって判明しました。
万が一、日本国内で発生すると、植物防疫法に基づいて広く伐採することが必要で、しばらくの間、作付けも禁止されます。
感染力が強く、花粉からも感染が拡大するおそれがあり、国は2023年8月から中国産花粉の輸入を停止。荒井さんが保管していた花粉も、使えなくなってしまいました。
在庫で残ってる花粉は、去年輸入した分だから大丈夫なのかなという甘い考えを持っていましたが、JAに回収されてしまいました。
だんだん花粉不足が切羽詰まってきています。
千葉県などの調査では、中国産の花粉を利用していた梨農家は県内全体の約7割に上ります。
梨の人工授粉は、花が満開になる3日ほどの短期間に行う必要があります。さらに、実を付けたい品種に対し、別の品種の花粉を付けなければなりません。
複数の品種を育てている梨農家では、かつては自分たちで花粉を採取し、人工授粉を行ってきました。
しかし近年、気温の上昇で、こうした作業を行う春の期間が大幅に短縮。「花粉の採取」と「人工授粉」の両方の作業を同時に進める必要が出てきました。
すると、作業に手が回らなくなる農家が続出。荒井さんは約10年前から花粉の採取をやめ、中国産の利用を始めたということです。
以前は自分で採取してから授粉するので十分間に合ってたんですけど、難しくなってしまったので、しかたなく輸入花粉を使うようになりました。
授粉の時期を目前に控えた4月はじめ、荒井さんは10年ぶりに、花粉の採取に取りかかりました。
切り出した枝から、手作業で花を摘み取っていきます。
作業は、地元の市川市が募集したボランティアも手伝いました。
なかなかできない経験だと思って応募しました。大きく甘くみずみずしい梨が育ってほしいです。
地元のJAの施設には、荒井さんをはじめ各農家から花が持ち込まれ、花粉を取り出す作業が行われています。
はじめに機械などを使い、花から花粉が入った「やく」を取り出します。
「やく」を専用の装置に入れ、約18時間、気温26度に保つと…。
赤い「やく」が割れ、花粉が出てきます。
荒井さんが持ち込んだ花は計40キロ。そこから約400グラムの花粉を取り出すことができました。これは毎年、中国産花粉を購入していたのと同じ量です。
無事、花粉を確保できた荒井さん。一部を来年の人工授粉に向けて保存するため、今シーズンはできるだけ花粉を「節約」して人工授粉を行いました。
そこで導入したのが…ミツバチです。
かつては毎年利用していましたが、近年は機械を使った人工授粉に移行していたため、巣箱などを扱うのは久しぶりです。
補助的な感じですが、ミツバチを入れることで、多少なりとも安心感はあるかなと思います。
さらに、手作業でも丁寧に花粉を付けていきます。
これからは輸入に頼ることなく、梨の生産を続けていきたいと考えています。
やっぱり手をかけていないと、おいしいと言われそうな梨は採れないと思います。一生懸命、手をかけて、みなさんに梨を届けたいと思います。
地元の「JAいちかわ」は、将来を見据えた動きを始めています。2月26日、記者会見を開きました。
国産花粉の大量生産や、国内の農家への供給に乗り出すことを明らかにしました。
花粉を採取する機器を追加で導入し、専用の農園も整備。5年後には、国内での花粉販売を事業化したいと考えています。
安心な安全な「JAいちかわの国産花粉」を全国に提供し、ビジネスとしても事業を進めていきたい。
専門家は、こうした動きは「食料安全保障」に関連するものだと指摘しています。
農林中金総合研究所 平澤明彦 理事研究員
今回の梨の花粉を巡るケースは、日本の農業が輸入に依存していることの1つの表れだと思います。
グローバル化とともに、日本の農業は何でも輸入するようになっています。家畜のエサ、牛の敷きわら、肥料の原料、種苗。加えて全体を支えている燃料も輸入ですから、いろいろな形で輸入に依存していると言っていいと思います。
かつては冷戦終結でグローバル化のリスクはあまり考えなくていい時代が来たのですが、その後、感染症の流行や最近の不穏な国際情勢、さらに気候変動などのさまざまなリスクがあり、一定程度見直して、バランスを取ろうという方針になっています。
対策としては国内でできる限り作れるものは作ることが重要です。特に生産に最低限必要なものは、輸入が止まっても何とかなるようにして、国内の食料の生産基盤を維持していくことが大事になります。
花粉の国産化の動きは、入ってこない場合は国産で賄うという、いい事例になると思います。