震災が奪った 人とのつながり 災害公営住宅の現在地

 被災者の生活を守る災害公営住宅。東日本大震災では家を失った被災者のために各地につくられました。しかし、高齢化が進み、家族や友人を失い、孤立を感じる住民も少なくありません。11年9か月が経過しましたが、震災が被災者にもたらしたものは何なのか。

宮城県亘理町にある災害公営住宅の現在地を取材しました。

(仙台局記者 小舟祐輔)



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亘理町は震災で大きな被害を受けました。306人が亡くなり、住宅6200棟余りが被害を受けました。このため、住民たちは新たな場所での生活を余儀なくされたのです。


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亘理町上浜街道にある災害公営住宅です。この住宅は2015年に完成。3棟あり、いまはほとんどの部屋が埋まり、236人が入居しています。被災者の生活を支える大切な場所です。当初、この災害公営住宅に移り住んできた人たちは、家族や夫婦で生活する人も目立っていましたが、高齢化が進み、ひとり暮らしになった人たちも少なくありません。この住宅では、高齢化率が34.7%と、3人に1人が高齢者です。


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取材を進めると、こうしたひとり暮らしの高齢者の家を1軒1軒、訪ねる人たちがいました。
鮮やかなピンクのジャンパーを着た、この住宅の住民たちです。


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高齢者を訪ねる活動を行っている住民のひとり、渡辺紀美子さん(77)です。夫と2人暮らしです。津波で家の中のものはすべて流されてしまい、仮設住宅での暮らしを経て、5年前にこの住宅に引っ越してきました。

なぜ渡辺さんはこの活動を始めたのか。その理由は、生活を始めるうちに気づいた孤独な高齢者の姿でした。近所の人との付き合いもなく、こもりがちになっている高齢者が多かったといいます。

(渡辺紀美子さん)
「周りがね、もう全然寂しいの。会えない人がたくさんいたの。会わなかったら1か月会いませんよ。隣の人だって会わないよ。それじゃだめだなって思った」

震災前から地域の婦人防火クラブの会長を務めたり、震災後も、自分からボランティアで避難所に通い続けたりと、地域の支援活動に積極的に関わってきたという渡辺さん。ここでも、高齢者を支えたいと友人とともに各部屋を回り、「見回り隊」として声をかける活動をはじめたというのです。


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訪問を受ける住民のひとり、丸子はる子さん(83)です。7年前にここに移り住んだ丸子さん。津波で沿岸部にあった家は全壊となり、丸子さん自身も、家の柱にしがみついてなんとか助かりました。外にいて消防隊に助けられた夫と2人で、仮設住宅を経て、この住宅に移り住みました。ようやく落ち着いた生活を送れると思っていましたが、夫は去年亡くなり、いまは、ひとり暮らしです。
以前は身近に話す人が多かった丸子さん。震災前は近所の人たちと自宅でよくお茶会を開き、仮設住宅でも集会所に毎日通っていたといいます。近くに住む息子がたびたび会いに来てくれるということですが、それでもひとり暮らしの寂しさを拭うことはできません。


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(丸子はる子さん)
「ここに入ってからはほんとにひとり。びっしりカギを締めているので、交流っていうのがない。寂しいよ、毎日。暗くなったら、ああ、また日が暮れるなあって。旦那も亡くしちゃったしね。ひとりでしょう」

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それでも丸子さんは、渡辺さんたちの活動をきっかけに少し明るくなってきたといいます。この住宅で毎朝行われているラジオ体操にも参加するようになり、自分で、ほかの高齢者を見回ることも始めています。

(丸子はる子さん)
「たまに見守りもやりますけど、その当番の日が来ると楽しい。今日は私が当番だからあの方とこの方と会えるなって。一瞬だけどね。おばちゃん方がでてきてお話しして、別のところに行くんだけど、それにしても楽しいっていうか、うれしいです」

見守ってくれるほかの住民たちの存在が、丸子さんを笑顔にしていたのです。


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住民の訪問を始めてから4年、渡辺さんは少しずつこの住宅にも笑顔が出始めたと感じています。しかし、心配なのが見守る側の自分たちの高齢化です。

実はメンバーの多くが80代です。高齢者が高齢者を支えているのが現状でした。これからも支え続けることができるのか、将来に不安を感じています。


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(渡辺紀美子さん)
「ほんとはね、60代くらいの人が入ってくれればわたしたちもちょっと安心なのね。でもね、60代くらいの人は、まだお仕事もしていて、参加は難しいと感じています。とにかく今は、自分たちが元気でいて、見守り続けたいですね」

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震災で甚大な被害をうけた自治体の多くで、亘理町と同じように高齢化が進んでいます。家を奪い、人や地域との関係を奪った震災。復興が進んだものの、新たに芽生えたつながりさえも壊しかねない震災の現状が災害公営住宅にありました。

(取材を終えて)
ことし3月、初めて取材に訪れた私に、嫌な顔ひとつせずお話ししてくれたみなさん。11月に再び訪れると、私の顔を覚えていてくれて、「ちょっと太ったんじゃない」と声をかけられました。私は被災地で生まれ育ったわけでも、震災のことをたくさん知っているわけでもありません。ただ、被災地の人たちの笑顔が続けば良いと思いながら取材をしました。震災で追い込まれた人たちに笑顔が戻るよう、これからも被災地の現在地を見つめ、発信を続けたいと思います。


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仙台局記者・小舟祐輔
2021年入局 主に宮城県政・仙台市政を担当