未来への証言 取り残された外国人被災者

(初回放送日:2021年9月7日)

※NHK仙台放送局では震災伝承のため被災者の証言の音源を保存・公開しています。

仙台観光国際協会の職員としてふだんから外国人の支援を行う菊池哲佳さんの証言です。
震災では、外国人の相談窓口となる「仙台市災害多言語支援センター」を運営し、被災した外国人の支援のため奔走しました。

▽証言はこちらから(音声が再生されます)▽

菊池さん)その日の夜に海外のメディアから多言語支援センターにいくつも電話がありまして「いま仙台はどうなっていますか?」「日本はどうなっていますか?」ということを外国語で取材が寄せられるんですけど、被災の中心にいる私たちが一番情報が入ってこなくて、何が起きているのかということは正直答えられないという状況がありました。また、たとえば「原発事故の情報、日本政府の言っていることは本当なんでしょうか?」というお問い合わせもかなり寄せられました。それについては私たちができることは、日本政府や自治体などが発信している情報を、かなり複雑な情報だったので、それを正確に翻訳して届ける。それは受け取った外国人被災者が判断するものだということしかできなかったんですけど、まずは必要な情報を正しく翻訳して届けるということが最初の活動としてあったかなと思います。

森田)特にどういう情報が必要とされていたんですか?

菊池さん)最初のうちは「私の息子が仙台に留学しているんだけど、生きているんでしょうか?無事でしょうか?」という国内外からの安否確認の問い合わせが殺到しました。その後は、原発事故があったので「仙台から離れたい」「国外に退避したい」といった相談が非常に寄せられました。特に、本人は仙台に残りたいと思っていても、母国にいる家族や友人が「頼むから帰ってきてくれ」という話もかなり寄せられていたようで「仙台に残りたい。けれども家族や友達を安心させるために仙台を離れなきゃいけない」そのジレンマで苦しんでいる外国人被災者の姿もだいぶ見られました。その後は、やはり仙台からの退避の情報はだいぶ求められましたし「給水の場所はどこですか?」とか、あるいはなかなかお風呂に入れなかったので「銭湯とか空いている所はあるんでしょうか?」とか、そういう生活の情報もありましたし、り災証明書の申請の方法ですとか、行政手続きについてのお問い合わせなども寄せられました。まさに多岐にわたる相談が寄せられました。

森田)実際に避難所にも行って感じたことは?

菊池さん)たとえば体育館や武道館が避難所になっていることが多いんですけど、運営者の方に「ちょっと見ていっていいですか?」という話をすると「ぜひどうぞ」っていうお話をいただくんですが「こちらに外国人被災者は来ていますか?」って聞くと「うちは来ていないんだよね」っていうお言葉をよくいただいたんですね。「一応見せてください」って言って見に行くと、いらっしゃるんですよね。なかなか避難所の中で外国人被災者が、日本語に自信のない方もいらっしゃるので声を上げづらい。「こういうことに困っています」となかなか声を上げづらかったり、遠慮されている方もいらっしゃいました。また「自分の抱えている問題を誰に相談すればいいか分からない」という方もいらっしゃいました。一方で避難所運営者の方たちも、避難所に外国人住民が来ていることに気づかない方も多かったんですね。いま外国人が日本で、仙台でたくさん暮らすようになってきていますけど、なかなか日頃はそのような外国人住民の姿が見えないという課題があるのかなと思います。それが災害時に浮かび上がってしまったのかなと思っています。

菊池さんは震災後、地域の日本人とともに防災を担う「外国人防災リーダー」を育成しています。災害時だけでなく、日本人と外国人が日頃から助け合える関係が大切だとしています。