チャイコフスキーの「絶望名言」後編

絶望名言

放送日:2023/11/27

#絶望名言#文学#音楽#クラシック

泣くしかどうしようもないときに一緒に泣いてくれる人がいたなら――。同情だってかまわない。同情で何がいけない? 頭木弘樹さんはチャイコフスキーの魅力を、「一緒に泣いてくれる音楽だ」と言います。

同情をこの世で何よりも大切に思っている

♪ チャイコフスキー バレエ組曲『白鳥の湖』作品20 第2幕第10番セーヌ(情景)

人々の同情を私はこの世で何よりも大切に思っている。

チャイコフスキー (森田稔『新チャイコフスキー考 没後100年によせて』日本放送出版協会 より)

――これはチャイコフスキーの手紙の一節です。

頭木さん:
『白鳥の湖』は当初不評だったんです。というのも、そのころのバレエ音楽は踊りの伴奏にすぎなかったんです。いろんなダンス音楽を集めてつぎはぎで使ってたりしたんです。でもチャイコフスキーは、バレエ音楽もオペラのように芸術性の高いものになるんじゃないかと、情熱をこめて3時間もの壮大な『白鳥の湖』を作曲したわけです。
受け取ったほうも戸惑ったんでしょうね。初演では勝手に3分の1もカットして、そこに当時流行のダンス音楽をはめ込んでしまったんです。当然、大失敗となったわけです。

――今、三大バレエといわれる『白鳥の湖』『眠れる森の美女』『くるみ割り人形』は、すべてチャイコフスキーの作曲です。

頭木さん:
チャイコフスキーはその3つしかバレエ音楽を書いていないんですが、それがそのまま三大バレエとして人気があるわけで、いかにチャイコフスキーがバレエを改革したかが分かりますよね。

このことばですが、同情を嫌がる人もいますよね。「同情はされたくない」と。何か上から目線で、こちらを下に見ていると思う人もいるようです。たとえば健康な人が病気の人に同情する場合、「私は大丈夫だけど、あなたはかわいそう」ということになるわけで、これは上からと言えば上から、ですね。
でも私は同情って大事だなと思っているんです。つらい経験をした人どうしが共感することも大事ですけど、それだけではなくて、つらくない人がつらい人に対して同情することも、なければならないすごく大切なことだと思っています。

――「そういうのは偽善だ」という人もいますね。

頭木さん:
偽善でもぜんぜんかまわないと思うんです。砂漠でのどが渇いて死にそうになっているときに、「偽善的な行為は嫌だから」と言って水をくれなかったら、どうですか? 偽善だろうがなんだろうが、水をくれる人のほうがよっぽどありがたいですよね。

昔のテレビドラマに<記念樹>というのがあります。幸いフィルムが残っていて、DVDになったので私も初めて見たんですが、六十年代の連続ドラマです。児童養護施設が舞台で、両親と死に別れたり生き別れたりした子どもたちがその施設で育ってどういう大人になっていくかが描かれています。そのうちの1本に「ジョニーが凱旋する時」というのがあって、若いころの山田太一が脚本を書いています。

児童養護施設出身の青年、石立鉄男さんが演じておられるんですが、ゴルフ場のキャディーの仕事をしていて、お得意様のアメリカ兵のロジャーさんからたくさん食べ物やお菓子や日用品をもらう。それを仲間の男が非難するんです。同情されて物をもらって喜んでいるなんて、情けないと。自分だったら受け取らない、と。

それに対して石立鉄男さんはこう言うんです。「人の親切ってものはな、もっと大事なものなんだ。そういう親切のおかげで、俺は生きてこられたんだ。 (中略) 他人の親切がなきゃ、一日だって生きちゃこられなかったんだ。全部、他人の親切さ。あわれみは受けたくねえ、あまりもんなんかニコニコしたくねえなんて、粋がって言えるおまえは幸せだよ。俺はロジャーさんの親切がとてもうれしいよ。多少、俺の自尊心が傷ついたって、ロジャーさんの気持ちを傷つけるわけにいかないんだ、俺は」。

これを聞いて思わず泣いてしまいました。私も難病で長く闘病生活をしていて、人の親切がなければ生きてこられなかったですね。だからすごくこの気持ちが分かります。

――同情を必要とする切実さもあるということですね。

頭木さん:
同情がなければ生きていけない人もいるんです。いろいろな考えがあると思いますけど、だからあまり「同情」を悪く言わないでほしいなと私は思います。同情するほうも、「同情はよくないのかな」と、あまり思わないでほしいんです。

――では頭木さんは、「かわいそうねえ」とか言われるのは平気ですか? 受け取れますか?

頭木さん:
まったく不愉快ではないです。同情してもらえるのはありがたいことだと思います。他人をかわいそうと思えるのは気高い心だと思いますよ。どうでもいいとか、ほっとけとか、そういう人がいくらでもいるんですから。

チャイコフスキーも学生時代、同じクラスに母親のいない生徒がいて、その生徒が差別されたときにすごく怒ってかばったそうです。そういうのを私は偽善とは思いませんし、同情したチャイコフスキーをすてきな人だなと思います。

「どうにもならないあきらめ」を分かち合う友情

♪ チャイコフスキー バレエ曲『くるみ割り人形』作品71 第2幕第3場第14曲パ・ド・ドゥ a.イントラーダ

誰も私以上には、あなたの全ての不幸な出来事を、共に悲しみ分かちあっているものはいないことを、永遠に覚えておいて下さい。

チャイコフスキー (森田稔『新チャイコフスキー考』より)

――メック夫人への手紙の一節です。

頭木さん:
チャイコフスキーの人生には、ものすごく大きな幸運も訪れています。36歳のときに、メック夫人という女性がパトロンになってくれるんです。鉄道王と呼ばれた大富豪の未亡人で、当時まだあまり評価されていなかったチャイコフスキーの音楽をメック夫人はとても好きだった。

なぜそんなに気に入ったかっていうのは、メック夫人がチャイコフスキーにあてて書いた作曲依頼の手紙を見ると分かります。「どうかわたくしに曲をひとつ書いてください。 (中略) “どうにもならないあきらめ”といった感情をあらわすものを。愛とか、幸せとか、自尊心とか、人間にとってもっとも大切なものをすべて失った人の感情をあらわすものを。 (中略) というのも (中略) このような感情はあなたにもよくおわかりいただけると思うからです」 (翻訳 ひのまどか)。

すごい注文ですよね。メック夫人は生きる悲しみをすごく知っている人だったわけです。そしてチャイコフスキーの音楽にもそれを感じて、絶望を知る者どうしということが2人を結びつけたわけです。そして2人の交際というのは、すごく特殊でした。お互いに会わないようにしようと取り決めるんです。大切なのは精神の結びつきだから、と。

2人の関係は14年間続くんですが、ついに1度も会いませんでした。すごいですよね。ずっと手紙のやりとりだけで、残っているだけでも1103通あるそうです。チャイコフスキーは女性とつきあうことはできないわけですが、女性の心の友を持つことができたわけです。自分の音楽を理解してくれて、自分の悲しみも理解してくれて、さらにお金の援助までしてくれるわけですから、大変な幸運です。

ところが14年目に、このかけがいのない交際が突然終わってしまうんです。
メック夫人のほうから、もうお金の援助ができなくなったから手紙のやりとりも終わりにしましょうという手紙が突然届くんです。チャイコフスキーも作曲でお金を稼げるようになっていたのでお金の援助がなくなるのは大丈夫だったようですが、チャイコフスキーにとってショックだったのは、お金の援助ができないから交際もやめると言われたことだったんです。お金をもらっているからではなく本心から心の友としてつきあっていたわけですから。

返事の手紙にこう書いています。「本当にあなたは、私があなたのお金を使わせていただいていた時だけ、あなたのことを思うことができたなどと、考えておられるのでしょうか!」 そしてさらに続くのが、さっきご紹介した部分です。「誰も私以上には、あなたの全ての不幸な出来事を、共に悲しみ分かちあっているものはいないことを、永遠に覚えておいて下さい」。まさに絶望を共有しあった者どうしのことばですよね。

――メック夫人はなぜ急に交際をやめたんでしょう。

頭木さん:
その理由はいまだはっきりしないようです。いくつか説はあるようですが。
チャイコフスキーのショックはかなりのもので、数年後にも手紙を読み返してまた嘆いたりしています。『くるみ割り人形』は、そのメック夫人との決別のあとで作曲されているんです。それにしてはとても明るい楽しい曲で、もしかするとそういう曲を作ることで悲しみを忘れようとしたのかもしれませんね。

チャイコフスキーは一緒に泣いてくれる音楽

――頭木さんは、チャイコフスキーのどういうところがお好きですか。

頭木さん:
チャイコフスキーは低俗と言われることがあると先にお話ししましたが、その理由は、分かりやすいということだけでなく、曲が感傷的でセンチメンタルというふうにも言われるんですね。悲しい気持ちを曲に表していて、それを聞いたほうも泣く、というような。そういうのを軽蔑する人もいるわけですが、私はそういうところこそ、チャイコフスキーのすばらしさだと思っています。

木下惠介監督の『二十四の瞳』という映画があります。その中で先生が、悲惨な境遇の貧しい子どもたちに泣きながら語りかけるんです。「先生にも、どうしていいか分からないけど」「その代わり、泣きたいときは、いつでも先生のところにいらっしゃい。先生も一緒に泣いたげる」。戦後、この映画を見たアメリカ人は笑ったらしいです。一緒に泣くだけで何になるんだ。なんて無力なんだ。問題を解決しようとしないでどうするんだ、と。

今の日本人にもそう思う人は多いかもしれません。でも、泣くしかどうしようもないときってあるんです。泣くしかどうしようもないときに一緒に泣いてくれる人がいるかどうかは、とてつもなく大きいです。一緒に泣いても問題は何も解決しませんが、自分の絶望のために心から泣いてくれる人がいたらどれほど心が救われるかしれません。そういう人がいるかいないかは、天と地の差と言ってもいいほどだと思います。

ただ、そういう人はなかなか見つかるものではありません。でもチャイコフスキーの音楽は、一緒に泣いてくれる音楽だと思うんです。チャイコフスキー自身も、最後の交響曲である第6番「悲愴」について、「わたしと手を取り合って泣こうではないか」と言ってくれています。そのことばを、最後にご紹介したいと思います。

♪ チャイコフスキー 「交響曲第6番」ロ短調作品74 「悲愴」第4楽章

わたしは弱い人間だが、弱いからこそ人の世の苦しみや悲しみを真剣に受け止め、それを芸術に昇華することができる。その芸術によって人々をなぐさめることができる。同じ悩みを抱える者がいると知れば、人は自分の運命にも耐えることができるだろう。
この交響曲はわたしの魂のもっとも正直な告白だ。わたしの心の底からの叫びだ。これにこたえてくれる人々は、わたしと手を取り合って泣こうではないか。


チャイコフスキー (ひのまどか『音楽家の伝記 はじめに読む1冊 チャイコフスキー』ヤマハミュージックメディア より)


【放送】
2023/11/27 「ラジオ深夜便」


<チャイコフスキーの『絶望名言』前編>へ

この記事をシェアする

※別ウィンドウで開きます