第8回「デジタル時代のNHK懇談会」議事録

永井委員  「補完」という言葉で思い出したのですが、かつてビデオデッキが登場したときにNHK放送文化研究所では、この「補完」という言葉を使っています。新しいメディアが登場すると、それがテレビに取って代わるものかどうかを検証するそうですが、その結果、ビデオはテレビに取って代わるものではなく、テレビの機能を「補完」するという位置づけにしています。しかし、このインターネットに関しては、補完どころではないということは、もうNHKの方は重々お分かりのうえで、「補完」という言葉を使っているような気がいたします。
 そこで伺いたいのですが、サーバー型の放送の、今後の取り組みをどのくらい本気でやろうとしていらっしゃるのか。メタデータを受信するのに10万前後、今まで言われたものと同じ位の値段で発売されるご予定だと思いますが、受信料を払って、さらにサーバー型のサービスを見るのに10万円のお金を払って見ていただくためには、それなりのコンテンツの配信を考えていらっしゃると思うのですが、その中でメインにしていかれるコンテンツは何であるのか。私が個人的な意見として、「学校放送が突破口になるのではないか」と言ったのは、ここが一番入りやすいと思ったからです。学校に一つサーバーがあれば、全部のクラスでデータが見られる。個人の家庭でサーバーを買ってもらうためには、コンテンツに相当の引きがないと。どのように考えられているのか伺いたいと思います。

和田担当局長  私からお答えします。我々はかなり本気で取り組んでいます。メーカーと通信事業者もかなり本気でサーバー型をやろうと思い始めており、3者のサーバー型に対する取り組みのタイミングがちょうど合っています。これはなぜかと言うと、世界的には国際的なPC向けの巨大ソフト産業が、放送関連の部分に出ようとして必死に世界戦略をやっています。こうした企業がいろいろな仕組みを標準化すると、台湾、韓国、中国などの日本以外のメーカーが全部作れてしまうのです。
 日本は日本独特のメーカーの技術力がありますから、そこで日本独特のものを何とか作っていきたいという思いがあって、メーカーも必死なのです。そして、メーカーが受信機を作る前提としては、我々が良いコンテンツを出していくということです。その良いコンテンツとしてわれわれが何を考えているかというと、当面、ダイジェスト視聴とか、ハイライト視聴は一般のユーザーにとってはかなり遠い距離にあるので、やはり見逃しの番組、たとえば、「N響アワー」もあるし、それから「新シルクロード」もあるし、そういう番組を見逃したときに、もう一度再放送でもいいから見たい。再放送も必ずしも視聴者の都合の良い時間にやっているわけではないので、その見逃し番組をいつでも見られるようにしたいと思っています。そういうものをとりあえず前面に出していきたいと思っています。
 先ほど、伊東先生から、タイプ1、タイプ2があるというお話がありましたが、基本的にはタイプ2サービスです。コンテンツそのものは放送が基本ですが、タイプ2サービスが出ていくところは通信です。実は通信系でそういうサービスを我々がきちんとやって、我々が作ったコンテンツへの接触を高めたいと思っています。
 それを実現するためには、いろいろな関門があるので、今はなるべくわれわれが本気でこうしたサービスを行いたいという状態が続くように、条件を一つ一つクリアしていくという段階だということでご理解をいただきたいと思います。

辻井座長  なかなか今のご質問はむずかしいとは思うのです。いつも技術の流れというのは読み切れない。たとえば、自動車・携帯電話を始めたときには、一台百万円で、百万人は買ってくれるだろう。したがって1兆円産業になるだろうと言って始めたのが、昭和43年に開発を始めて10年、54年に世界初のサービスを電電公社はやったわけですが、百万円なんて言っていたのです。
 何でもそうですが、なかなかむずかしいのですが、差しあたって、10億円という制約を課しているわけですが、何百億とか、そういうオーダーはわかりますでしょうか。NHKとしては、百億円とか、そういう規模的なことは。

橋本会長  まだ、そこまでのフィージビリティーというのか、感触もわかりませんが、とにかく、このサーバー型放送は、選択して能動的なアクセスで番組を取ってくる、そういうかたちで蓄積であれ、リアルタイムのプルダウンでもいいのですが、そういうものが本当に「あまねく」という環境の中で、言ってみれば、「あまねく」を前提とした受信料という料金体系でカバーできるものではないだろうというのが、一番率直なところです。
 そうすると、市場も「どの程度まで」というのが、これは本当の商売の規模といいますか、「あまねく」論による公共放送的な財政規模では考えられないということがありまして、そうなると、最初は一部の需要からやっていって、どこまで爆発していくのか。トレンドを見るしかないから、最初は怖いからできるだけカネをかけないというふうなやり方が非常に現実的なのです。
 当初はインターネットと同じように、これはハイビジョンもそうだったのですが、最初は「受信料の何パーセント以内」という中で、研究開発費の規模というところから入るのではないかと思います。
 ハイビジョンについても、国会でも、「公共放送として開発経費が何パーセントまでが妥当か」というような議論がありました。2%だとか3%について議論していますが、だんだん実用域に行くと、最終的には枠は要らないのではないかという感触になってきました。最初は、そういう取組みだと思います。

藤井委員 今の会長さんのお話は私も理解できます。その前に申し上げたいのは、タイプ2で放送したものを蓄積しておいて、例えばアサガオの発育を時間を凝縮して見るとか、私は障害者関係の代表ですが、たとえば車椅子の変遷とかを見るとか、あるいは、使っていない放送していないフィルムを見るとか、時間の流れをみるのに大変有効だと思います。
 しかし、見るのは通信を使ってだとおっしゃったでしょう。通信と放送では根拠となる法令が違うと思いますが、番組のソフトを提供するのは放送で培った技量とか力であって、見るテクニックの技術は通信という解釈でいいのですか。私は門外漢で、通信と放送の関係が良く分かっていないんですが。私の考えでは、通信と放送は近い距離にあるのだけれども、決定的に違うように思います。放送はマスメディアであるのに対して、通信はパーソナルであって、そこは近いように見えるけれども、詰めていけば異質だと思います。
 違いを究めあって連携するべきではないでしょうか。どちらかに併合とか、双方の特徴を無視しての融合という関係ではないように思います。したがって、先ほどの言われた補完という考え方も、一方的なものではなく相互補完と捉えるべきだと思います。あらためて、通信と放送の関係について伺いたいのですが。

橋本会長  基本的にはおっしゃる通りです。融合というのは、私は個人的には連携だと思っています。相互利用という意識でおります。どういう状態を融合という言葉で定義づけられるかはっきりわかりませんが、とにかく通信の目的と放送の目的は厳然と違う。しかし、技術の進歩で、それが非常に似通った状態のところで、通信と放送が連携しあうサービスが生まれてきている。
 このサーバー型放送も、当然ながら、そういう両方の合致した部分が、サーバー型放送として育っていくのだろう。いずれは共通部分が広がっていって、通信が放送全体を飲み込む、あるいは、放送が通信全体を飲み込むという状態になっていくのかもしれませんが、今はとにかく複合したところに狭い領域がある。お互いに使い回すというふうに思います。

辻井座長  レイヤーで分けて考えたらどうですか。階層で。つまり、もともと放送は、私は「無限大」と言っているのですが、「不特定多数」に一方的に流す。通信というのは、憲法21条に「通信の秘密は、これを侵してはならない」とあるように、一対一です。形態そのものでは、中間的なものがいっぱい出てきたという問題があるのだけれども、それはコンテンツというか、上のレイヤーです。
 下のレイヤーは、つまり伝送路のレイヤーでいえば、今、主に電波を使って出している。CATVもありますが、通信はもちろん双方向で、結局、伝送路のレイヤーを言えば、一方向性か、双方向性があって、その一方向性と双方向性を付けるところにメリットが出てくる。
 コンテンツはやはり基本的には通信と放送は対極にあるもので、間が今はいろいろ出て来ているという構造になっているのでしょうね。
 融合というのは溶接みたいに離れているものがくっついて混ざり合っているところがあるけれども、両端はやはり違うというのを融合といっているのか。全く一緒になるのを融合と言っているのかという問題もあるかもしれません。

金澤委員  一番大きいのは著作権処理だと思います。放送の場合は放送権、再放送権、有線放送権等で処理されていると思いますが、IP網上でデータベースがあって、視聴者がリクエストを行ない、そこから情報を取ってくる場合は「自動公衆送信」ということで、全く別の権利処理が必要です。それで、今、多額のお金がサーバー型放送をインターネット系列やIPマルチキャストでやるためには要るわけです。もしそこが放送と同じ取り扱いになっていれば、著作権処理のルールも明確ですし、料額も安定していますから自動公衆送信ほど時間やお金がかからない。
 放送か通信か、ぎりぎり詰めていくと、実際に著作権がどう処理されているかということですべてが決まってしまう気がします。技術的に何となくメディアが一体化していく問題とは全く別のところで区切りがあるようです。

辻井座長  著作権は日本が一番面倒でしょうか。先週韓国に行っていたのですが、韓国の場合はわりと著作権をまとめて包括的にやってしまうらしいです。
 前半の議論はそんなところでよろしいでしょうか。大体の議論としては、要するに時間軸を長く取れば、サーバー型放送も、「あまねく」になるかもしれないのです。金澤さんが事務方の責任者として関与された「電気通信システムの将来像に関する調査研究会」という研究会があって、「シビルミニマムは電話だ」と言う。インターネットなど無かったのです。いまはインターネットもシビルミニマムと言ってもいいくらいになってきます。その20年先を見て決めるわけにもいかないのではないかと思うので、現在でも、みんながサーバー型放送を見るわけでも使うわけでもないでしょうということになると、受信料を使うのはみなさんの納得が得られないかなと、だから必要経費というのでしょうか。

吉岡委員  受益者負担ですね。

辻井座長  そうですね。そういう受益者負担、経費として考えるところでしょうか。 

藤井委員  しかし、この国の文化の発展を考えると、サーバー型放送などは教育にしても社会福祉にしても、それらの発展にとって意味が大きいと思います。ここは受益者負担を基本にしながらも、この国の大きな教育力を放送が発揮するという点でいうと、案分率は別としても、いわゆる一般経費からも応援することが必要だと思います。たしかに、基本はこれを必要とする方が負担するということでいいと思うのですが、いずれは「あまねく」という方向があることも考えたり、あるいは、国の力をつけていくという考えに立ちますと、とくにお金がない青少年たちのためには、一般経費からも支援するということと合わせて検討した方がいいのではないかというのが私の意見です。

音委員  NHKが今までやってきた放送サービスというのは「フリーテレビ」というか、誰もが同じようにアクセスをすることができる放送サービスです。インターネットは東京など都市部に居ると、どうも周りのみんなが使える状況にあるように思えてしまうのですが、まだまだその整備の度合いは75%位です。
 これから残りのところにネットワークを張るのが大変なわけです。もちろん長期的に見てみると、そのようなところにもどんどん張られていくことは間違いないでしょう。
 視聴者、メディア利用者の側から考えてみると、NHKの今までのイメージは、誰にも提供してくれる、安定した情報源だったと思います。この後、インターネットがどんどん普及していった時、インターネットを通じて、公共的な情報にアクセスすることが求められる。とすれば、そこに対して、NHKが情報提供していくことへの要求や支持は高まるのではないでしょうか。
 それから、利用者のメディア接触時間を見ていくと、現状ではテレビが圧倒的に高いのですが、とはいってもインターネット接触度は上がってきていて、その意味で言うと、インターネットというメディア空間には、ちょっといかがわしいものも含め、いろいろなものがあるわけです。その中で公共的な情報をしっかり提供していく、まさに先ほどの先導的な役割というのでしょうか。そこはNHKが担っていく。もう片方で市場を開拓していくという役割もあるでしょう。このあたりは何となく支持が微妙な人たちもいるかもしれませんが、ある程度の支持は得られるのではないかと思います。

江川委員  先ほど、NHK側から説明がありましたが、民業圧迫という話は、非常に閉ざされた日本の中での話だと思います。やはり海外に目を転じてみれば、いろいろな技術やネットワークが張られているなかで、日本の国内だけが本当に国内のパイを奪い合うような話になっていていいのか。そういう意味では国際的な競争力を含めた技術やシステムを作り上げていく意味で、その必要経費だという説明もありうるという気はします。

吉岡委員  同じことに関して質問ですが、先ほど、ソフトの世界企業の話が出ましたが、こうした企業は、今はいわゆるパソコンの世界とかコンピューターの世界に限定していますが、彼らのビジネスモデルとして、テレビ放送にどういう関与をしようと考えているのか、教えていただけますでしょうか。

和田担当局長  放送そのものではないですが、イギリスの大手通信企業が、3週間位前に、アメリカの大手ソフト企業とオランダの電機メーカーと組んで、イギリス全土でIPTVをやっていくということを発表しました。アメリカのソフト企業の基本ソフトは、PCの世界ではほとんど独占に近い状況になっていますので、次に目をつけている市場はやはりテレビ、コンテンツ市場です。
 彼らはすべての機能をすでに作り上げていますので、DRMというデジタルのコンテンツ保護技術も基本的にはきちんとしたものをすでに作り上げて世界で唯一とも言えるものとなっています。
 それからテレビのハイビジョンを通信上で流すような仕組みも彼ら独自のものを持っていますし、ありとあらゆるものを持ちつつあって、それをイギリスで試して、それから世界に出ていこうというのが戦略です。

吉岡委員  しかし、多少仕組みが変わるにしても、外見的な形態は非常に似てくるのではないでしょうか。

和田担当局長  それは似てくると思います。

吉岡委員  たとえば、通信を使って、そして番組のコンテンツをどこかサーバーに置いておいて、視聴者がやり取りできるという。

和田担当局長  もちろん、そういうものを、放送と似た形で流していくことも可能になる。BBCもIPTV網に対しては協力しています。
 なぜ、アメリカのソフト産業がイギリスに目をつけたかといいますと、イギリスにはメーカーが無いのです。簡単に入ることが可能で、しかも国土が狭いですから、そこで成功例を簡単に作れる。それから世界に広げていくのが彼らの戦略です。それは視聴者にとっては何ら変わらないことかもしれませんが、我々、放送事業者から言うと、その世界はコンテンツの乱開発にしかならないだろう。おそらくコンテンツが良いものも悪いものもゴッタ煮にして、とにかく売りましょうという世界になるのです。我々は、もう少し秩序のあるもの、日本でそういうものを作れる能力がある間は、それを利用していきたいということです。


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