かんさい深掘り

2022年10月03日 (月)

"ポチれない"かばん店 2か月待ちの理由

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ネットで買えない。デパートでも買えない。店まで行かないと手に入らない。価格は5万5000円から。兵庫県豊岡市のかばん店に全国から客が訪れています。

神戸から車で2時間ほどかかる、日本海に面した町までお客さんがやってくる、その魅力はどこにあるのでしょうか?

(神戸局ニュース映像編集 原井佑輔)

 

 

全国から客が訪れる“ネットで買えない”かばん店

 その店で買えるのは、世界に一つしかない、オーダーメイドのかばんです。

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店に入ると革の匂いが広がり、ミシンの音が響いてきます。工房を兼ねた店内のコンクリート製の壁には色とりどりのかばんが。400枚ほどある牛や鹿、ワニなどの革から気に入ったものを選んで好きな形にオーダーでき、その質感を存分に感じられます。

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価格は、5万5000円から8万5000円ほど。決して安くはありません。それでも、取材した土日にはたくさんの人が訪れ、熱心にかばんを見ていました。

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これらのかばん、インターネット販売されておらず、一度は店に来て革を選ばないとオーダーできません。それでも、毎月10件から15件ほどのオーダーが入っていて、かばんを手にするまで2か月待ちの状態です。

ネットで簡単にものが買える時代だけど…

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店主は地元・兵庫県豊岡市出身の土生田直樹さん。ネット通販でなんでも買える時代ですが、実際に産地を訪れ、実物を見たうえで買ってほしいと、あえてこのスタイルでお店を続けています。

(土生田さん)
「いまは、ものを手に入れることが簡単になりすぎていて、もったいないと感じるんです。実際にこの場所を訪れて空気を感じて、作っている僕と出会って、革の匂いを嗅いで、気に入ったものを選んでオーダーしたら、かばんを手に入れた時のワクワクやその後のストーリーが全然違うものになると思います」

実は日本有数のカバンの産地 兵庫県豊岡市

店がある豊岡市は、城崎温泉のある、日本海に面した地域で、神戸から車で2時間ほどです。

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実は豊岡は知る人ぞ知るかばんの生産地。平成30年度の出荷額は100億円あまりで全国1位となっていて、東京の足立区などと並び日本有数の産地です。もともと、やなぎの一種を編んで作るかごの生産が盛んで、明治時代にそうした入れ物に取っ手をつけたことがかばん作りの始まりとされています。かつては各家庭で内職としてかばんを作っていましたが、今は大手メーカーからの発注に応じて工場などで生産する方式が大半です。豊岡のかばんの生産地としての知名度が全国的に高くないのはそのためです。

地場産業が感じられる町へ

土生田さんの店があるのは、「カバンストリート」と呼ばれる商店街。豊岡駅から徒歩10分ほどの場所にあり、全長200メートルほどの通りに、かばん関連の店が14軒立ち並んでいます。土生田さんは商店街の専務理事を務め、より多くの人に地域を知って楽しんでもらおうと、記念写真用のパネルを商店街に設置するなどメンバーと活動しています。

(土生田さん)
「ミシンの音が響いて、素材が並んでいて。それが地場産業というものだと思うんですよね。そこを感じながら、かばんに触れてほしいです」

動物の“生きた証”をそのままかばんに

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土生田さんが何よりこだわっているのは、革の魅力を生かすこと。質のいい革を厳選し、裏地の布などは一切使いません。革だけで仕上げることで感触を楽しむことができ、本体部分は一枚の革からつぎはぎせずに作っているため、シンプルで、丈夫な作りになっています。

さらに、目を引くのが革の表面に刻まれた傷やシワ。動物が生きていた間についたダメージをそのままかばんに生かしています。

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こちらのかばんの傷は、牧場で牛につけられた焼き印のあとです。普通のお店なら扱わないような部分も、独自の方法で強度と両立させ、デザインとして取り入れています。

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またこの日は、新たに届いた鹿の革の状態を確認しました。

(土生田さん)
「この鹿の革は傷だらけ。生きている間、相当に山を駆け回って暴れていたということ。これは動物が生きてきた証です。そのままの形で作品に込めることで存在感が出てきます」

大病が新たな決意の原動力に

独特なかばん作りの背景には、土生田さん自身が脳腫瘍を患った経験がありました。

10年前に突然告げられ、命の保証はできないと医者に言われましたが、幸い手術は成功しました。頭に大きな傷が残りましたが、家族の看病の甲斐もあって無事回復しました。

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生死の境をさまよったことが、いまの人生へとつながっているといいます。退院後、自らかばん店を開くことを決意。病気を乗り越え生きてきた経験から、傷も含めて革の個性ととらえ、独自のかばん作りを続けています。

(土生田さん)
「朝、目が覚めて起きて呼吸したとき『ああ今日も生きとる』、夜にあたたかいご飯を食べて『今日もいい日だったな』と思うんです。日々の生活を過ごせるだけで幸せで、家族や、周りの人たちに感謝しかありません」

来て 見て 感じて “かばんの町”

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カバン作りをより身近に感じてもらえる空間を作りたいと、土生田さんはことし3月、新たな店舗をオープン。地域の人から譲り受けた年代物のミシンをディスプレイしたカフェを併設しました。

(土生田さん)
「昔は花嫁道具でミシンが定番だったんです。各家庭でミシンを踏むのが当たり前で、路地に入るとミシンの音がしていたのが昔の豊岡のよさ。このお店の、革とコーヒーの香りと、ミシンがならんだ空間は“かばんの町 豊岡”らしい見どころかなと思います」

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カフェで休憩した後は町を散策し、できるだけ豊岡に長く滞在してほしいという願いも込められています。訪れた人が工房でカバン作りを体験できる取り組みも始めました。

土生田さんは、かばんや財布を購入した人が旅行ついでにまた訪れることが多いと言います。取材中にも、一年ほど前に財布を購入したという男女が店を訪れ、メンテナンスを依頼していました。

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(土生田さん)
「かばんのメンテナンスついでに訪れて、心も和むことができるのが豊岡っていう地域の“らしさ“。かばんというアイテムを通じて、地域ぐるみでお客さんと付き合っていけたら」

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ネット全盛で、通販で何でも購入できてしまうこの時代。あえてかばんの産地まで訪れ、職人の手からかばんを買う。訪れた人たちは、出会いや少しの面倒も含めて、“豊かな体験”として楽しんでいるように見えました。

■ コメント(3)
  • まりたす

    2022年10月04日 00時43分

    すごく興味深い記事でした。
    またこういう記事をWEBで読んだみたいです!

  • 前田和幸

    2022年10月04日 04時29分

    土生田さんがご自身の工房に訪れたお客さんのご注文に応じ、精魂込めて作られたこの世に二つとない皮革製の鞄を通じての温かいふれあいを感じました。まさにこだわりの逸品ですね。

  • 土生田 直樹

    2022年10月04日 16時57分

    この度は大変貴重な機会を頂き本当に有難う御座いました。
    お陰様で今日も頼もしいスタッフやお客様の笑い声を聞きながら感謝の気持ちで文字を打たせて頂いております。

    皆々様には自分を大切に、周りの人に温かくなって頂ければ本当に幸せです。
    健康に生きてる事が当たり前。が理想ではありますが
    いつどうなるか分からないのが人間ですから
    〝心身ともに健康〟を実感した10年前の出来事と
    今を生かせて頂けてる事に本当に感謝の日々です。

    手術の前、家族に対して『ごめんな…。』しか言葉になりませんでした。
    子供の成長に感謝しつつ共に楽しい人生を歩んでいきたいと思っております。

    この度は貴重な機会と大切な思い出を有難う御座いました。

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