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“がんのある日常”を描いたドラマ「幸運なひと」の制作チームと、“がんを伝えること”について考えてみた

みなさん、こんにちは。
ご覧になりました? ことし2023年4月に放送した、特集ドラマ「幸運なひと」
これは、脚本を書いた吉澤智子さんの夫が「がん」になった実体験をもとに、闘病記としてではなく、がんのある日常を生きる夫婦のことを描いたものです。

実は、私自身もがんを患っています。
教育番組のプロデューサーとして働きながら治療中なので、興味津々、おそるおそる、何はともあれ見てみました。

で、です。笑った。大いに、ところどころ、クスッと、などさまざまでしたが、「笑えた!」というのが率直な私の感想です。

「なんでだろう」「どうしてなのだろう」「今までのがんを描いた番組とは少し何かが違うような…」
そんな疑問もあって、私が以前からNHKの職員向けに行っていたがんの勉強会に、あらためてこのドラマや関連する番組を手がけたメンバーに声をかけ、作り手の思いや悩み、葛藤などを話してもらうことにしました。

できるだけ素直に、ストレートに語ってもらうのを目指したので、ディレクター同士、ちょっとドキドキしながら、勉強会はスタートしました。

参加メンバー

がんの当事者は "庇護(ひご)すべき対象“ではない

藤松D@がんに関する記事発信中

私は初めてがんの取材をするとき、「相手を傷つけてしまうかもしれない」と思うと怖かったのですが、田淵さんは今回初めてがんについて取材をしてどうでしたか?

田淵D@あさイチ&メイキング制作

今回「あさイチ」では、「幸運なひと」と連動した企画を担当しました。手術跡や脱毛、肌や爪の変化など、外見でわかる変化による生きづらさを緩和する「がんのアピアランスケア」についての特集です。アンケートに「取材を受けてもいい」と回答した方に取材をしたのですが、中にはまだご自身の外見の変化を受け入れられず、とても悩んでいる最中の方がいたんです。ふだんの人間関係では初対面の方に病気のことをどんどん聞いていくことはありえないですし、この方をもっと追い詰めてしまったらどうしようと、始めは質問の一つ一つが怖かったです。


でも、私は気持ちを代弁できるほど何も知らないので、「本当に失礼なことを言うかもしれないし、言いたくなかったら『言いたくない』でいいので、その前提で答えていただければ」と、前置きをしていました。


途中からは、自分から話したいことをどんどん伝えてくれるようになって、当初1時間だった取材の予定が3時間になったんです。なるべく丁寧に聞いて、もっと言語化した方がいいことはないかを一緒に探ろうとトライしました。

一木D@ドラマ演出

田淵さんのそのピュアな姿勢をすごく大事にしてほしいと思いつつも、がんの当事者は決して“庇護(ひご)すべき存在”ではないと思うんです。


例えば、「幸運なひと」で当事者に出演していただいた患者の会のシーンなんですけど、コロナ禍ではリスクがあるのでやはり役者に演じてもらおうかと当事者の方に相談をしたら、一人の方からきっぱりと断られました。


生田斗真さん演じる拓哉が訪れた「患者の会」のシーンには、実際のがんを患っている方たちが集まり、台本なしで自身のことを語り合った


「私たちは大人だから、行くか行かないかは自分で決める。カメラの前で話したいことがあるから参加するんだ」と。


私は無意識に「守ってあげる」というスタンスでいたけど、趣旨に賛同して、一緒に何かを見せようという志があるということにハッとしました。そして、共同制作者であるという感覚も大事だと思うようになりました。


生田斗真さんも、その当事者の方たちとのシーンに非常に勇気を持って飛び込んでくれて、撮影後には「役者人生で大きなきっかけになった」と言っていたのが印象的でした。

がん当事者との関係性を作るには

藤原看護師

私は「リサーチナース」といって、新しい治療法を見つけるための研究で、患者の安全を守る仕事をしています。


その現場と番組を作る現場、両方に共通してとても大事なのは、相手に「何を目指しているのか」「そのために今、私たちはどの地点にいるのか」をきっちり伝えることだと思います。


関係性がうまくいくときは、「私とあなたは、どういう立場か」が合意されていて、「この人は、こういうことをする人だな」という想像がうまくいっています。


目的と立場が明確であれば、私たちは仲間になることができるんです。


ですから、そこがきちんと合意されていれば、ときに踏み込み過ぎてもいいわけです。


組制作者という、「伝える立場」としてそこにいるわけですから。

一同

なるほど!

藤松D@がんに関する記事発信中

私は、自分が制作したドキュメンタリー番組の放送後に怖くなることがよくあるんです。


番組内容に対して好意的な意見が多かったとしても、取材相手にとってはどうなのだろうかと考えてしまって、次の取材も怖くなるくらいなんです。


でも今のお話からすると、私たちが取材に行くことは、捉えようによっては、双方にとってWin-Winになる可能性があるという考え方でいいのでしょうか?

藤原看護師

そうです。


お互いの立場と目的がはっきりしていれば。だから、同じ質問でも、単に興味で聞くのと、番組の意図のために聞くというのとでは違ってくると思います。

藤松D@がんに関する記事発信中

山本さんはどう思いますか?

山本P@すい臓がん治療中

そうですね、当事者を相手に「どう入り込んで聞いたらいいんだろう」って迷うのはよくあると思うんですが、私なんかは直接聞いてもらえるのはありがたいです。


”聴く”というのは、結構大事だと思います。

藤松D@がんに関する記事発信中

”聴く”というのは、具体的にはどういうことでしょう?

山本P@すい臓がん治療中

例えば「仕事休んだ方がいいよ」と勝手に決めつけるのではなくて、「どう、しんどい?休みとかどうする?」という感じがありがたい。


”聴く”ことは、当事者がどんなプロセスにあっても通用すると思いますが、もしそれをしていい段階なのかが分からなかったら、そのことを聞いてくれれば「ごめん、ちょっとしんどい」と言えます。


恐れとか不安って、日々気になるものが変わるんです。


病気にひも付くものだったり治療にひも付くものだったりと、病気の状況や進行も、楽しみも、常に変わっていきます。


ですから、周りの人は本人の話をまず聴いてほしい。


話を聴いてもらえると、一つ前に進めるきっかけをもらえるんです。

藤原看護師

がんって、がんの当事者でも他の人のがんのことは分からないくらい、症状も治療方法も経過もその人によって違うので、幅が広いんです。


ですから想像をするうえでも限りがあります。


そんなとき、先ほどの田淵さんのような心配りを頭の中に常に置いておくのと置かないのでは全く違うと思います。


そして、田淵さんの取材相手の方が3時間も話せたのは、恐らくペースが良かったのではないかと思います。


私たち医療の現場ではそれを「ペーシング」と言うんですけど、その方が「私の話を聴いてくれているな。どんなふうにもっと話したらいいかな」と思えたことと、心配りがあったからなんだろうなと、とても思います。

藤松D@がんに関する記事発信中

ドラマのようにクリエイティブなものがあると、それを共通の話題として、お互いにどう感じたかを話し合うことができますよね。


相手のことを想像しきれないことが多いからこそ、コンテンツを真ん中に置いて話すことは、大事なのかもしれませんね。

一木D@ドラマ演出

本当にそう思いますね。


やっぱり私たちが番組を制作する意味は、そんなふうに少しでも社会を良い方向に変えていくことだと思います。


これはドキュメントでもドラマでも、全ての取材や全てのテーマにおいて。


ですから、がんについての伝え方を探し続けることが、私たちがクリエイティブなものを出していくことの一つの意味なんだと思います。

「がんになったから『がんの人』って呼ぶのはおかしい」。脚本家の吉澤智子さんは、夫ががんになったときにそう思ったことを「幸運なひと」というタイトルに込め、闘病記ではなく、がんになっても続く日常の解像度を高く描いた。

本人の生活は、本人の意思で

一木D@ドラマ演出

あとは山本さんのように、仕事を辞めずに仕事をしながら、いかに治療していくかということも大事なテーマですよね。

藤松D@がんに関する記事発信中

今回「幸運なひと」と連動していろいろな番組を制作する中で、がん当事者の家族にも取材をしました。多かった意見は、 「がんの治療が始まったら仕事を辞めたりセーブしたりした方がいい」ということでした。


それに対して医師は全く逆で、「もともとやっていた仕事を今までどおり続けた方が良い」という意見が明確に多いんです。

山本P@すい臓がん治療中

私の主治医もそう言っています。

藤松D@がんに関する記事発信中

そこに大きなギャップがありますよね。話せば分かるのに、たぶん、話題にしにくいから話していない。


もしかしたら「お金のタブー」のせいかもしれないと思いました。「仕事を続けないとお金が足りない」と、医師や家族に言いやすい空気になっていないのかもしれないですね。

一木D@ドラマ演出

それは「幸運なひと」で、当事者の妻の描き方としてこだわったところです。


妻は、パートナーが病気になったら、自分が仕事をセーブして面倒を見ることに専念すべきではないかという思い込みがあった。


多部未華子さん演じる咲良は、ピアニストになる夢をつかみつつある中、「仕事をセーブして夫に尽くすべきか」と悩む。


脚本家の吉澤さん自身も、夫の闘病のときに途中までそうだったそうで、でもやっぱりお金の問題に直面して、「自分が稼げるプロフェッショナルであることこそが、この家族を救う」という意識になったそうです。「私と子どもと夫を救う最高の道は、私が誰にも負けないプロであることだ」と。


プロフェッショナルを手放す必要はないし、やっぱり「稼ぐ」ということは一つの重要な要素だと思います。

藤原看護師

生活って、本人だけではなくて家族にもある。


そして、「がん当事者の家族です」と看板をあげる人もいればあげない人もいて、生活者として自分が家族を支える人もいます。共通して言えることは、“絶対的に自分で決めている”ということ。


さっき初めて山本さんとお会いしたときに、山本さんご自身から「今の病状はこうで、こういう治療を受けています。だからこういうことは気を遣つかわなくていい」と、自分の取扱説明書をきちんと最初に言ってくださったこともそうですね。


ただし気をつけなければいけないのは、そう聞いた瞬間にその方に対してバイアスがかかる可能性があるということなんです。 

山本P@すい臓がん治療中

なるほどね。

無意識に貼ってしまう「レッテル」に注意

藤原看護師

私自身、病院のパジャマを着てがんの治療を受けている人に会ったときに、「この人はひとりの生活者だ」という視点を、ふっと忘れるときがあります。


「パジャマを着ているけど、“患者さん”という人ではない」ことを忘れないようにしないといけないな、と。


「その人についての情報を受け取るほど、“こういう人だ”というレッテルを1枚ずつ貼っているのと同じだ」ということを、私はいつも「気をつけないと」と思っているんです。

藤松D@がんに関する記事発信中

私が初めてがんの取材をしたのは、がん当事者であり当事者用の帽子などをデザインする中島ナオさんという方でした。


ナオさんは常に、「“がん患者・中島ナオ”という肩書きは本当に嫌い」と言っていました。「“中島ナオ、がんの患者です”という言い方だったらOK」だと。


それって結構重要だな、と思いました。田淵さんも今回、いろいろな方の話を聞きながらそういったことを感じたのではないでしょうか? 

田淵D@あさイチ&メイキング制作

そうですね。


「がんのアピアランスケア」について、やはり個人個人で考え方は違うのですが、共通していたのは「がんの人はかわいそうな人、大切にしなきゃいけない人、気を遣つかわなきゃいけない人、と周りから見られることが嫌だ」ということでした。


ある方は、「自分の人生なのだから、病気に支配されたくない」と言って、好きな服を着たり髪を染めたりという一つ一つを自分で決めることで、治療や生きることへの意欲に繋げていました。「自分はそんなもんじゃないぞ」という感覚を強く持っていることに、とてもハッとしました。

生田斗真さん演じる拓哉が着用している帽子は、中島ナオさんが自らの経験をもとに使用感とファッション性を追求してデザインしたもの。

当事者の中には、移り変わるプロセスがある

藤松D@がんに関する記事発信中

ところで一木さんは、「幸運なひと」の制作当初から「実はテーマはがん自体ではなく、人のエゴだ」という話をしていましたよね。

そうですね、はい。まさに。

藤松D@がんに関する記事発信中

それで言うと、山本さんは当事者として「ご自身のエゴ」について意識してきたことや、大切にしてきたことはありますか?

山本P@すい臓がん治療中

私ががんの告知を受けた2年前の3月3日はひなまつりで、夕食はお寿司すしだったんですけど、そのとき先に泣いちゃった妻に「とにかく今までどおりの関わり方がいい。それだけはお願いします」って言いました。


それでも妻はいろいろな本を買ってきては、「どんな食事がいいのかな」とかやってくれるけど、できるだけ今までどおりでやりたいので、私もリハビリと称して洗濯物を畳む係をしています。


そういう歩み寄りで今まで来ていますけど、今までどおりやろうとしても 、やっぱり山や谷はあります。


それで、今日これだけは言おうと思っていたんです。


人ってやっぱり、内面の変化のプロセスがあるんですよ。


私も告知されたときからこんなふうにいろいろ話せていたわけではなくて、初めはドギマギしていたし、おととし、去年と、山や谷のプロセスがそれなりにありました。


一人でしんどいときには、妻や仲間、この勉強会でがんの当事者の気持ちを一緒に考えてくれる人たちがいることがうれしかった。


そんなふうに、良いことも悪いこともひっくるめて「今考えていることはファイナルアンサーではない」というのは、本当に思うんです。


NHKの中にも、最近がんになったとか、がんの治療をしている人がたぶんいっぱいいて、しんどい最中の人もいると思います。


でも、「今の状況はファイナルアンサーではない」と考えたら、少しは楽になるのではないかと思うんです。

藤松D@がんに関する記事発信中

その考え方は、制作者としても大切ですね。


当事者の方と取材で長く時間をご一緒して気持ちを分かったつもりになってしまうけど、内面は常に変化していくと。


例えば、その方が取材の始めに「こういう番組を望みます」と言ったとしても、取材後に私たちが1か月くらいかけて編集作業をしている間に考えが変わることもあるということですよね。


そう考えると、「気持ちが変わった」と言いやすい空気を作れるように、連絡を取り合うようなことが今できているかどうか…

山本P@すい臓がん治療中

信頼関係ができていれば、そういう変化は相手から発してくれると思うので、そこはそんなに心配しなくても大丈夫じゃないかと思います。

藤松D@がんに関する記事発信中

そして、伝え方も「ファイナルアンサーじゃない」ということですよね。今回も、「あさイチ」の「がんのアピアランスケア」の特集は2週連続で作りましたし、そこでも伝えきれなかったことを田淵さんがまた記事で書きました。


そんなふうにプロセスを大切にしたいですね。

山本P@すい臓がん治療中

そうですね。一つの番組をしっかりまとめてから出すのもいいのですが、それまでの途中経過や、放送の後のことなどのプロセスを出す方法を考えていきたいですよね。


がんのことは、これからも続いていくし変化もしていくから、これからの番組作りでそれぞれ頑張っていきましょう。

最後に…

このオンライン勉強会、とても反響があって、「自分もがんの当事者だ」とか、「家族や知り合いがそうだ」とか、多くの職員が声を寄せてくれました。

「ひとりじゃないんだなぁ」とあらためて思いました。
中には、「これ番組にしたら」なんて感想もあり(笑)、こうして記事にしてご紹介しました。

聴く、胸の内を話す、耳を傾ける、相手とペースを合わせて、率直に、素直に、正直に、ひとつひとつ… 
そんなプロセスを経てまた次の、より深くやさしい関係を築いていく。

がんをどう伝えるか、という取材者であり番組制作者である本分のみならず、日常においてがんと付き合うさまざまな立場の人にとっても、こんな歩み方ができたら、きっと、何か、少しは、良くなっていくんじゃないかな、と思います。
今はそうじゃなくても。

山本 浩二

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