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高校中退を半減させた“ぼうず校長” 学校改革の極意に迫る

合い言葉は「さらば!社会からのドロップアウト」

高校こそが、困難を抱える10代の最後の砦と考え、さまざまな対策を打ち出し、100人いた中退者を半減させた東京都立八王子拓真高校の1年に密着するシリーズ。

第2回は、「ぼうず校長」こと磯村元信さんの学校経営について迫ります。

(クローズアップ現代+ ディレクター 山浦 彬仁)

【前回の記事を読む】
高校中退を年間100人から半減 ある都立高校の改革とは
https://www.nhk.or.jp/minplus/0020/topic033.html

2021年5月 「私はルンバ」

5月、八王子拓真高校の校長室を訪ねると、ホワイトボードいっぱいに数字が書かれていました。

この数字は、過去6年分の「中退者」「1か月以上の長期欠席者(不登校)」、そして「のべ授業遅刻者」の人数でした。
一番右の列は、2021年度、磯村校長が立てた目標の数字です。

・中退者を40人まで減らす(去年度は63人)
・不登校の長期欠席者数を60人まで減らす(去年度は84人)
・そして1年間の遅刻者数を8000人まで減らす (去年度は12838人)


しかし、新年度が始まって1か月、学校を辞めた生徒はすでに14人に上っていました。その多くが「非社会の生徒」と磯村校長は教えてくれました。

磯村元信さん(八王子拓真高校 校長)

「かつては暴言を吐いたり、悪態をついたり、だだをこねたり、感情をアウトプットできる、いわば「反社会の生徒」が中退していました。変わってきたのは2000年前後からかな、感情を表に出さず、突然ぷつんといなくなってしまう「非社会の生徒」ともいうべき生徒が増えてきたんです。
いまの生徒の多くは中退していく理由に特定のものはないと思うんですよね。何かのきっかけで来られなくなってしまう。だから、逆を言えば、また何かのきっかけで来られるようになるかもしれない。だから高校はその「きっかけ」をつかめるようにすればいいんじゃないかな」

校長室にいても生徒のことはわからない―。そこで磯村校長は、毎日毎日学校中をぐるぐる歩き回っています。

誰が言い出したのか、やがてついたあだ名は「ルンバ」。

朝の校門前のあいさつ。毎時間の授業観察。放課後の部活動見学。1日最低でも3巡回、モップを片手に校内を掃除しながら生徒や職員との会話や交流を心がけています。

「これから自殺します」 校長室に駆け込んできた1年生

5月の連休明け、校長室を訪ねると入学したての1年生と磯村さんが談笑していました。

磯村元信さん(八王子拓真高校 校長)
「実はこの子、自殺をしますと言ってここに来たんだよ。なあ。でも、もうそんな気はなくなっただろう?」
生徒(1年女子)
「校長先生に話を聞いてもらって安心しました」
磯村元信さん(八王子拓真高校 校長)
「でも自殺をしますってここに来るのは、本当に根性があることだよ。それだけですごい。そのままでいいよ。だから約束。な、先生との約束守って作文書いてくれよ」

話を聞くと中学校の大半が不登校だったという生徒で、高校入学後しばらくして、教室に入れなくなってしまったといいます。
中学校と比べると、八王子拓真高校はとても通いやすく良いところに感じていたそうですが、それでも5月の連休明けから、学校を休みがちになっていました。

生徒(1年女子)

「今まで、自分が、変な人っていうか、普通じゃないのがわかってたから、うまく人となじめなくて。何て言うのかな、自分を隠しちゃうっていうか…本当、自分の置かれている環境を全然知られたくなかったから、すごい、とんでもない数の嘘ついちゃって…。本当の自分、1ミリもしゃべったことなかった。家のこととかも、全然、本当のこと話せなかった…」

学校にしばらく来られなかった理由は、家出をしていたからでした。

久しぶりに登校したときに、生徒一人ひとりの顔を見て声をかけてくれる校長をみて、悩みを聞いてもらいたくなったそうです。そしてこの日、「自殺する」と駆け込んできたのです。

磯村先生と話した後、生徒は落ち着きを取り戻して、穏やかな表情になりました。

生徒(1年女子)

こういうことで悩んでいる人、結構うちの学校にもいるって言われて、私だけじゃないんだって。校長先生と話しているうちに何が嫌なのか自分でもよくわかんなくなって…理由は本当にいっぱいあると思う。

私、将来についてすごい悩んじゃうことが多いから、しっかり毎日学校に行って変わりたいと思って…。でも校長先生に自分が変わるよりもいろんな先生に頼っていいよって言われて安心しました。

磯村さんが、心を整理するために生徒に書かせた作文です。

私は、この八王子拓真高校で、色々なことを頑張りたいです。
この学校には、私と同じようにたくさんの悩みを抱えた人がいるので、少しでもお互いが楽に生きていけるようにしていきたいです。
そして、この高校生活を通して、自分自身を変えたいです。具体的には、何かに向かって精一杯努力をしたり、自分1人だけでなく、皆と力を合わせて行動するなど、これから社会に出て生活していく上で人間として重要なことをたくさん身に付けて行きたいです。

しかし、この作文を書いた翌日、生徒はまた家を飛び出してしまいました。深夜に町を歩いているところを警察に保護されたのち、児童相談所に一時保護となりました。その後、病院へ入院。しばらくの間、学校に来られなくなってしまいました。

七縦七禽(しちしょうしちきん)=七度捕らえ、七度許す

一度長い間高校に来られなくなると、欠席超過になったり友人関係から遠ざかったりして、中退を選んでしまう生徒が数多くいます。
そこで磯村校長は、こうした事情を配慮して課題を出し、学校に来なくても単位認定していくことを決めました。

「学校に来なくても単位を認める」、それは一般的な高校で言えば「ルールを崩す」ことでもあります。しかし、出席日数が足りない=留年やむなし、と排除するのではなく、個別対応をすることこそが、拓真高校のニーズではないかと、磯村さんは考えました。こうした考えに至ったきっかけは、教師になりたてのころ、よく読んでいたマンガ「三国志」(横山光輝 作)に書かれた言葉でした。その当時、問題を起こしてばかりいる生徒と向き合うことに疲れた磯村さんの心に、すっと入ってきたと言います。

「七縦七擒(しちしょうしちきん)」=七度捕らえ、七度許す

三国志の英雄、諸葛亮孔明の言葉です。孔明が南蛮の反乱を鎮めようとした際に、一度勝利をしてもすぐに再び反乱することが予想されたので、南蛮の首領を捕らえては解放し、捕らえては解放しを何度も繰り返したそうです。これが七度に至ったとき、首領は力の差を悟って、服従を誓ったと伝えられています。

磯村元信さん(八王子拓真高校 校長)

「なぜか私は教員になりたての頃から、「手のかかる生徒」が気になって気になって仕方がなかったんです。普通にやれば苦労しないのに、それができない生徒が不思議でなりませんでした。ちょっと努力すれば済むのにやらない。次に何かしでかしたらもっと大変な苦労を背負うのになぜかまたやらかしてしまう。普通にやった方がはるかに楽なのに、それをやらないこと、できないこと、それが私には理解できませんでした。

遅刻や欠席が多い、授業中に寝ている、行事や部活をサボる、問題行動を繰り返す、といった生徒を「自分の指導力不足」と「生徒の怠惰」という狭い天秤の振れ幅の中だけで考え悩んできました。そして最近、やっとそうなのかと、腑(ふ)に落ちる考え方に出会いました。それが特別支援教育の考え方であり、インクルーシブ教育の理念でもある「合理的配慮」という言葉です。

人間はもともと平等ではありません。格差の広がる社会で子どもたちは二重の貧困に苦しんでいます。経済的な貧困と人間関係の貧困です。家庭環境や能力差、心身の病の有無も含めてすべてが不平等です。特に課題集中校では規則を盾にした制圧や排除ではなく、生徒を取り込み、何かしらの課題を抱える生徒を排除せず、生きにくさを感じる生徒を丸ごと抱えて共に生きることが高校の使命ではないでしょうか。

その理不尽さを包括できる考え方=「合理的配慮」を高校にも普及させたい、それが自分の使命と考えています。

七縦七擒どころか、10回裏切られてもこりずに、さらに “11回目”を期待する。教育は寛容です。寛容とは、過ちや失敗を見過ごしたり、不問にしたりすることではありません。生徒をとことん「信頼する」ことが大事なのではないでしょうか」

磯村校長は、「改革の黙示録」と記した冊子を私に見せてくれました。そこにはこんな言葉がつづられていました。

学び直し、生き直しの学校
とことん厳しく、とことん面倒見の良い学校
特別支援学校と高校の狭間にある学校
入学した生徒全員の進路を決めて卒業させる学校
国を支える納税者を育てる学校
社会に開かれた教育課程を有する学校

磯村さんに初めて会ったとき「合理的配慮という言葉を普及させたい一心で、今回取材を受けることにしたんだ」とおっしゃっていました。

磯村さんの合理的配慮が普及していけば、生徒たちの将来も大きく開けていくかもしれません。高校中退を減らすためにも、家庭や学校の「当たり前」を変えていく必要性を強く感じました。

5月、学校の校門には次の言葉が掲げられていました。

次回予告

“ぼうず校長”こと磯村元信さんの掲げる高い理念も、実現できなければ“絵に描いた餅”になってしまいます。では、現場の教師たちは、磯村さんの理念をどのように捉えているのでしょうか。そして、生徒の教育にどう生かしていくのでしょうか。
次回は、拓真高校の教師たちが学校に必要な取り組みを毎月議論する「未来構想委員会」に迫ります。

【前回の記事を読む】

高校中退を年間100人から半減 ある都立高校の改革とは
https://www.nhk.or.jp/minplus/0020/topic033.html

みんなのコメント(1件)

エスエヌ
20代 女性
2021年12月18日
自分の高校では不登校の生徒はあまりいませんでしたが、合理的配慮の考え方がもっと早く学校教育に広まっていればもっと過ごしやすい学校生活を送れたのかなと思いました。
高校だけでなく小学校や中学校でもこうした取り組みが広まってほしいです。