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まさかプールで亡くなるなんて…知ってほしい危険性と安全対策

連日厳しい暑さが続く夏。涼を求めてプールに出かける人も多いのではないでしょうか。

しかし、水泳中でも熱中症になるリスクがあることを知っていますか?

いまから10年前の夏、屋内プールで行われた水泳教室の練習中に熱中症になり亡くなった男性がいます。男性の両親は「水泳でも熱中症になることがある。そのことを多くの人に知ってもらいたい」と話を聞かせてくださいました。

なぜ、プールで熱中症になったのでしょうか?気をつけるべきポイントとは?

メダルもとった“運動神経抜群”の青年

特別支援学校の運動会のときの国本考太さん

水泳中に熱中症になり亡くなった、国本考太さん(当時24歳)です。
5歳で体操教室に通い、連続でバック転ができるほど運動神経の良い子どもだったそうです。

熊本 草千里にて バック転を披露する考太さん

考太さんには、てんかんの持病と知的障害があり、高校からは特別支援学校に進学。
毎朝7時半に登校しウエイトトレーニングを行うなど、さらに運動にのめりこんでいきました。

中学時代、水泳部だった考太さん。特別支援学校では、知的障害者向けの大会で好記録をだしたことをきっかけに、全国障害者スポーツ大会に出場し、メダルを獲得しました。

考太さん20歳のころ2009年ジャパンパラリンピック水泳大会 公式練習

高等部3年のとき、考太さんは水泳を本格的に習おうと教室に通い始めます。
悲劇が起きたのは、その6年後のことでした。

真夏の屋内プールで熱中症に

⚫両親が感じた“蒸し暑さ” 36度あった室温

事故が起きたのは2013年8月。
社会人となり、フードサービス会社で働いていた考太さんは、勤務後、いつものように夕方6時から8時までの水泳教室の練習に参加しました。この日は両親もそろって練習を見学していました。

練習が行われていたのは市営の屋内プール。
当日の水温は32.7度、室温は36度でした。

練習をプールサイドで見守っていた両親は、「プールはとても蒸し暑く、まるでサウナの様な環境でした。手をつけると思わず“ぬるい!”と声が出ました」と振り返ります。

⚫負荷の高い練習

こうした環境の中で、考太さんたちはコーチの指示を受け、次々と負荷の高い練習メニューをこなしていきます。

まず、ウォーミングアップで約5分間かけて200メートルを泳ぎ、
次に100メートルのクロールを、2分間隔で10本。
さらに100mのバタフライを、2分間隔で10本行うというものでした。

考太さん20歳のころ 2009年ジャパンパラリンピック水泳大会 公式練習

⚫倒れる前の異変

バタフライの7本目、ペースが落ち、遅れ始めた考太さん。
気がついたコーチは、フォーム修正をさせるため、考太さんたちをプールサイドに上がらせました。

続いて鏡を見ながら「1、2、1、2」と声に出して手を動かす「シャドーストローク」を指示しました。そばで見ていた母親の目には、休むことなく手を動かし、プールから上がったばかりなのにたくさん汗をかいている考太さんの姿が映っていました。

シャドーストロークを終えると、100メートルバタフライでのタイムトライアルを指示された考太さん。給水したあと、母親に何かを話しかけましたが、母親は声が小さくて聞きとれなかったと言います。

母親は「なに?トイレ?行っておいで」と声をかけましたが、考太さんは返事をせず、普段は使用しないウォータークーラー(冷水機)に向かい、さらに水を飲んでいました。

再びプールに入った考太さん。

指示されたバタフライではなく、クロールで泳ぎ始めました。

そして、考太さんは、指示された100メートルを終えても泳ぎ続けたのです。異常な様子に気がついたほかの生徒たちによってプールサイドに引き上げられました。

考太さんの母

「仲間が足をつかんで制止しても、手はまだかきつづけていました。壮絶な姿が今でも目に焼き付いています」

プールサイドに上げられた考太さんは、全身がけいれんし始め、両親の腕の中で体がどんどん熱くなっていったそうです。母が給水させようとしましたが、むせてしまい飲んでくれませんでした。

考太さんは、救急車で病院に運ばれましたが、その後亡くなりました。
搬送先で測った体温は41.9度にもなっていたといいます。

自宅で考太さんの仏壇に手を合わせる両親
考太さんの母親

「水泳教室のほかの生徒さんからも“水泳は体の中に熱がこもってしんどい”などと聞いていたのですが、まさか自分の子に起こるなんて思っていませんでした。私はいつも息子と一緒にいたので、体が半分に裂けてなくなってしまったような思いです。寂しくてたまりません」

なぜ水泳中に熱中症に?

日本体育大学教授 南部さおりさん

スポーツの危機管理に詳しい日本体育大学教授の南部さおりさんは、考太さんが泳いだプールは極めて高温多湿の状態にあり、体力の消耗が激しい環境だったと指摘します。

南部さんが参考にしたのは、日本水泳連盟が定める「プール公認規則」です。屋内温水プールでの競技を行うためのルールとして、「水温は競技中を通じて常に25℃以上28℃以下に保たれるような設備を必要とする」と書かれています。

考太さんが練習していたプールの水温は32.7℃。規則を参照すると、上限を遥かに上回っていて、激しい水泳練習には不適なものでした。室温も36℃あり、屋内プールのため湿度も高い状態でした。熱中症予防の観点から、運動を即刻中止にすべき環境だったと南部さんは指摘しています。

南部さおりさん

「考太さんが練習していた環境では、明らかに体力の消耗が激しい環境だったのです。しかし、コーチは休息や給水を指示するのではなく、逆に次々とメニューを指示し練習を続けさせました。水中で脱水していたところに、高温多湿の環境で負荷をかけることで、熱が発散されず、深部体温が上昇し、一気に熱中症の重症化を招いたと考えられます」

全国で起きている水泳中の熱中症事故

水泳中の熱中症事故は、全国で起きています。今月7日には、千葉県の小学校で、4年生の児童8人がプールの授業のあとに熱中症の症状を訴え、6人が病院に搬送されました。

2014年7月には、京都府の中学校で練習中の水泳部員が吐き気や頭痛などの熱中症の症状を訴えて14人が病院に運ばれました。

また2013年7月にも、福岡県の小学校で、水泳の授業を終えて着替えていた児童9人が手のけいれんなどの熱中症の症状を訴え、救急搬送されました。

学校管理下の事故について情報を公開している独立行政法人「日本スポーツ振興センター(JSC)」では、2013年度~2017年度の5年間に小・中学校管理下のプールで発生した熱中症について詳しく調査しまとめています。この5年間に死亡事故は確認されていませんが、熱中症発生件数は179件にのぼり、このうち、最も多いのが水泳中で92件、次いでプールサイドの60件となっています。(「学校屋外プールにおける熱中症対策」より)

水泳中でも起きる熱中症リスク 気をつけるべきポイントは?

水泳中の熱中症事故を防ぐために、どんなことに気をつければいいのか。早稲田大学スポーツ科学学術院教授で、日本水泳連盟の医事委員会で副委員長を務める、金岡恒治さんに、ポイントを聞きました。

早稲田大学スポーツ科学学術院教授 金岡恒治さん

ポイント①海水温31℃超えたら競技中止 水温の適切な管理を!
オープンウォータースイミングという水泳のマラソンと言われる長距離競技では、海水温が31℃を超えると競技中止となります。この基準は、屋内外を問わず、例え体育の授業であっても水泳運動はやめましょうということです。水中で運動するときの基準として知っておいてほしいです。

ポイント②運動強度を環境に合わせて変える
30℃のプールに浸かっているだけでは熱中症にはなりませんが、水中で激しい運動をすれば体温が上昇するので、練習内容は環境に合わせて変えることが必要です。

ポイント③水泳運動中はこまめな休憩と水分補給を!
泳いでいるときは、汗をかいていることを実感しづらく、のどの渇きを感じにくいことに注意が必要です。水温が上がれば、当然発汗量も上がります。こまめに休憩をとり、十分に水分補給を行って下さい。

ポイント④症状が出たら体をすぐに冷やす!その準備を
熱中症の症状が出たときの対応は、すぐに体を冷やすことが重要です。
先述のオープンウォータースイミングの競技会では、早朝からアイスバスとアイスタオルを準備するところから始まります。大量の氷を用いて準備して、選手の休憩所やゴール地点に常備しています。

金岡恒治さん

「水の中で熱中症というと、不思議に思う方もいるかもしれませんが、強度の高い運動を行ったときになる熱中症を労作性熱中症といい、最悪の場合、命を落とす危険があります。


温度の高いところで強度の高い運動をするのは極めて危険であるということは、当たり前ですが、改めて認識する必要があると思います。指導者も生徒も体調に注意して、調子が悪いときは積極的に休める雰囲気や環境づくりも大切です」

正しい知識で2度と繰り返さないで

幼少のころの考太さん

考太さんは体操や水泳などのスポーツを通じて人と出会い、楽しみながら成長してきたと両親は感じています。

考太さんの両親

「考太は、スポーツのおかげで丈夫な身体と素直な心が育ちました。感謝しています。練習や大会に行って、ほかの選手たちと交流するのがとても好きな子でした。東京パラリンピックが開催されたとき、考太が生きていれば、きっと一生懸命応援しただろうなと思いました」

だからこそ、水泳で同じように命を落とすような熱中症事故が2度と起きてほしくないと願っています。

考太さんの両親

「熱中症は正しい知識をもって予防すれば悪化せず回復できます。水泳でも熱中症になること、最新の知識を広く知っていただきたいです。練習前に給水し、練習中にも早いタイミングで強制的に休憩と給水をさせて下さい。2度と重大事故が起こらぬよう、安全に水泳を楽しめるよう願っております」

この記事のコメント投稿フォームからみなさんの声をお待ちしています。

この記事の執筆者

大阪放送局 ディレクター
白瀧 愛芽

2009年入局。これまで小児医療、学校事件・事故の被害者などを取材し、ドキュメンタリー番組を制作。

みんなのコメント(2件)

感想
ビックリ?
2023年11月16日
私も水泳をやっているので、気をつけなきゃなぁーと思いました。水の事故はやっぱり怖いと思います。
感想
Yamauti-Kokone
19歳以下 女性
2023年8月2日
最近ニュースとかで熱中症で亡くなる人はいるけど、まさかプールで熱中症になってなくなるとは思っていなかったです。