おもわく。
おもわく。

「生きよ堕ちよ」というセンセーショナルなメッセージを掲げ、敗戦直後、未曾有の国土荒廃と価値観の崩壊に直面していた日本人たちに強烈な衝撃を与えた一冊の本があります。「堕落論」。太宰治と並び「無頼派」と呼ばれた戦後文学の旗手、坂口安吾(1906-1955)が書いたエッセイです。「100分de名著」では、敗戦直後と同じく、既存の価値観がゆらぎ、生きる座標軸を見失いつつある現代、「堕落論」に新しい角度から光を当て、「生きるとは何か?」「暮らしに根ざした真の文化とは何か?」をあらためて見つめなおします。

「堕落」という、元来マイナスのイメージで使われてきた言葉を前面に打ち出して、坂口安吾が訴えようとしたメッセージとは何だったのでしょうか? 安吾は、闇屋になった元特攻隊員や新しい恋人を得た寡婦などを例に挙げ、彼らが「堕落した」と映るのは、「硬直した道徳規範」を通してみるからであり、実際には、敗戦によっておしきせの道徳規範が崩壊した結果、人間性が解放され、人間が本来もっていた「地」が現れてきただけだ、と喝破します。むしろ、私たちをがんじがらめにしてきた古い価値観をはぎとるためには、一度、徹底して堕ちきることが必要だと説くのです。「堕落」こそが人間本来の在り方であり、人間がその本来の生命力のままに生きていくための原点であると訴える安吾。その思想を象徴するのが「戦争に負けたから堕ちるのではないのです。人間だから堕ちるのであり、生きているから堕ちるだけだ」という言葉です。

「堕落論」を、戦後を代表する日本文化論と高く評価する研究者、大久保喬樹さんは、坂口安吾を「それまでの日本文化の在り方を徹底的に批判し、それを乗り越えて、新たな日本文化の在り方を求めようとした稀有な作家」と考えます。そして、形骸化、硬直化した伝統文化を病的な事態と見なし、文化以前の混沌とした生のエネルギー、野生のダイナミズムをぶつけてゆさぶることで活性化しようとしたのが「堕落論」という著作だったと分析します。

番組では、大久保喬樹さん(東京女子大学教授)を指南役として招き、坂口安吾が掘り下げていった思想を分り易く解説。エッセイ「堕落論」だけでなく、続編となる「続堕落論」、それらの応用編でもある「日本文化私観」なども合わせて読み解くことで、安吾の思想にこめられた【日本人論】や【日本文化論】【生き方論】などを浮き彫りにします。また、第四回には、芥川賞作家の町田康さんをゲストに招き、安吾が現代の私たちに残したものを探っていきます。

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第1回 生きよ堕ちよ

【放送時間】
2016年7月4日(月)午後10:25~10:50/Eテレ(教育)
【再放送】
2016年7月6日(水)午前5:30~5:55/Eテレ(教育)
2016年7月6日(水)午後0:00~0:25/Eテレ(教育)
※放送時間は変更される場合があります
【指南役】
大久保喬樹(東京女子大学教授)
…比較文化研究者。 著書に「日本文化論の系譜」など。
【朗読】
青木崇高(俳優)
…連続テレビ小説「ちりとてちん」、大河ドラマ「龍馬伝」などに出演。

敗戦直後、未曾有の国土荒廃と価値観の崩壊にさらされていた日本人は、生きるよすがを求めてさまよっていた。そこに彗星のように現れたのが「堕落論」だ。それまで日本人を縛ってきた価値観の一切を否定し、そこから解放されるべきことを説いて、坂口安吾は一躍時代の寵児となった。なぜ「堕落論」はここまで人々の心を魅了したのだろうか? 安吾は、それまでマイナスのイメージで使われてきた「堕落」という言葉をプラスに転化し、なりふりかまわず生き抜こうとする生のエネルギーを人間の本来の在り方として肯定してみせる。安吾は、古い価値観から解放される処方箋を「堕落」という言葉で提示したのだ。第一回は、「堕落」という言葉に込められた、既存の価値観にしばられない自力で道を切り開いていく生き方を学んでいく。

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第2回 一人曠野を行け

【放送時間】
2016年7月11日(月)午後10:25~10:50/Eテレ(教育)
【再放送】
2016年7月13日(水)午前5:30~5:55/Eテレ(教育)
2016年7月13日(水)午後0:00~0:25/Eテレ(教育)
※放送時間は変更される場合があります
【指南役】
大久保喬樹(東京女子大学教授)
…比較文化研究者。 著書に「日本文化論の系譜」など。
【朗読】
青木崇高(俳優)
…連続テレビ小説「ちりとてちん」、大河ドラマ「龍馬伝」などに出演。

「続堕落論」では、「堕落」の意味を更に深めることで、「実存哲学」とでもいうべき思想へと自らの思想を昇華していく。いわく「堕落のもつ性格の一つには孤独という偉大なる人間の実相が厳として存している」。堕落は決して生やさしい道ではない。それは徹底して孤独で血みどろの生き方なのだ。この立場に立つならば、社会制度の改革や政治によって、人間同士の対立や人類の不幸を解決できるという楽観論は全て退けられる。政治や社会制度によって人間は救われない。人間の生活は、個の対立の中にしか存在しない。そんな人間の実相を見つめぬくものこそ「文学」であり、そこを見つめなければ人間の再生はありえない、と安吾は訴える。第二回は、「孤独」という言葉で「堕落」のもつ意味を深化させた安吾の思想を紐解き、真の人間再生の道とはどんなものかを考える。

名著、げすとこらむ。指南役:西 研 真に自由な人間を育てるために『エミール』
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第3回 法隆寺よりは停車場を

【放送時間】
2016年7月18日(月)午後10:25~10:50/Eテレ(教育)
【再放送】
2016年7月20日(水)午前5:30~5:55/Eテレ(教育)
2016年7月20日(水)午後0:00~0:25/Eテレ(教育)
※放送時間は変更される場合があります
【指南役】
大久保喬樹(東京女子大学教授)
…比較文化研究者。 著書に「日本文化論の系譜」など。
【朗読】
青木崇高(俳優)
…連続テレビ小説「ちりとてちん」、大河ドラマ「龍馬伝」などに出演。

「堕落論」の文化論への応用ともいえるものが「日本文化私観」だ。安吾は、この本で、日本伝統文化の擁護者として金科玉条のように持ち出されるブルーノ・タウトの日本文化論を徹底的に批判する。タウトが伝統美の象徴として持ち出す桂離宮などは私たちの生活から遊離したものであり観念の遊戯にすぎない。今現在を生きるために欠かせない実用的なものこそ第一であり、その中にこそ真の美は生まれる、と安吾は説く。何の権威にも頼らない、暮らしに根ざした文化や美の復権を訴えるのだ。第三回は、「文化論」に展開された安吾の思想を紐解き、本来の「美の在り方」、「文化の在り方」を考えていく。

もっと「堕落論」
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第4回 真実の人間へ

【放送時間】
2016年7月25日(月)午後10:25~10:50/Eテレ(教育)
【再放送】
2016年7月27日(水)午前5:30~5:55/Eテレ(教育)
2016年7月27日(水)午後0:00~0:25/Eテレ(教育)
※放送時間は変更される場合があります
【指南役】
大久保喬樹(東京女子大学教授)
…比較文化研究者。 著書に「日本文化論の系譜」など。
【ゲスト】
町田康(作家)
…小説「きれぎれ」で第123回芥川賞受賞。
【朗読】
青木崇高(俳優)
…連続テレビ小説「ちりとてちん」、大河ドラマ「龍馬伝」などに出演。

体制秩序の枠をはずれ法も掟も無視して自力で道を切り開いていく生き方を、身をもって実践した坂口安吾。「無頼の精神」で時代に切り込んでいった安吾の思想はその後も脈々と受け継がれ、今も人々の心を揺り動かし続けている。安吾作品を愛読する作家・町田康さんは「白痴」という小説作品に安吾の精神や彼が後世に与えた影響を読み解くヒントがあるという。第四回は、町田康さんをゲストに招き、坂口安吾の思想が私たち現代人に残したものとは何かを探っていく。

NHKテレビテキスト「100分 de 名著」はこちら
○NHKテレビテキスト「100分 de 名著」
堕落論 2016年7月
2016年6月25日発売
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こぼれ話。

「からくり」の罠を見抜け!

人間は「美しいもの」にどうしようもなく惹かれます。桜の花びらが春風に乱れるように美しく舞っている桜並木や、どこまで広がる青く澄み切った海原……こうした美しさに誰もが心を奪われます。それは自然だけではありません。人間がつくり出した絵画や文学、あるいは思想にすら、同じような感覚を覚えてしまいます。もうこれは、人間の本性上、しょうがないことで否定すべくもありません。

しかし、恐ろしいのは、その「美しいもの」に出会ったとき、人間はそれに圧倒されて思考停止してしまうこと。これも人間の性です。坂口安吾は、この事実を誰よりも厳しく見つめぬきました。

安吾も、戦争時の圧倒的な破壊に「美」を感じてしまったことをかなりの紙幅を割いて告白しています。安吾自身も、こうした「美」にどうしようもなく惹かれてしまう自分自身のことを鋭く自覚していました。その上で、そこからどう身を引き剥がすかを考え抜いた思考の軌跡が「堕落論」からは読み取れます。

古来、為政者たちは、こうした「美にとりつかれてしまう人間の性向」を巧妙に計算し、さまざまな制度やしくみを作り出し、人々を支配しようとしてきました。安吾はそれを「からくり」と喝破し、そこにとりこまれない生き方として「堕落」という言葉を力強く発したのだと思います。

現代という時代も「からくり」に満ち溢れています。人は、その「からくり」が発する心地よい「美しさ」にたやすくくすぐられ、思考停止に陥りがちです。私たちは、「美しさ」に惹かれる本性はきちんと認めながらも、そこで思考停止しないこと、それが「からくりに仕掛けられた罠」であるかどうかを見抜くことが大事です。それこそが坂口安吾の「堕落論」を今の時代に生かす一番の道ではないかと感じています。

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