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群馬クレインサンダーズ 阿久沢毅社長 甲子園球児からの転身

  • 2022年07月06日

44年前の春のセンバツ高校野球。
王貞治さん以来となる2試合連続のホームランを打ち、チームをベストフォーに導いた少年は、甲子園球場の大歓声を一身に浴びていました。

61歳となった今も変わらぬ大きな体と大きな目。ただ、戦いの舞台は、球場からコートへと変わりました。そして、その役割は多くのファンを集めて大歓声を「生む」立場に変わりました。

“華麗なる転身”をした阿久沢毅さん。
群馬クレインサンダーズの運営会社の社長として、本拠地・太田市のファンを増やすことに情熱を注いでいます。

(前橋放送局記者 中藤貴常/2022年5月・6月取材)

B1昇格 高まる熱気

おととし社長に就任した阿久沢さん。
B1昇格初年度のシーズンを終えて、ファンの「熱気」をひしひしと感じている様子でした。

群馬クレインサンダーズ運営会社 社長 阿久沢毅さん
「身近なクレインサンダーズがこの町にあって、小学生からお年寄りまで、みんなが応援してくれるという光景が少しずつ目についてきたなという実感があります。コロナで歓声はあげられませんが、徐々に手拍子の音がそろうなど統一感も出てきて、“ざわめき”が本当に伝わってきています」

ファン急増 選手を後押し

クレインサンダーズはB1昇格初年度の今シーズン、25勝をマークして東地区7位に。
昇格初年度のチームの歴代最多勝利記録を大幅に更新しました。プレーの特徴は攻守の切り替えの速い「攻撃型のバスケット」。その高い得点力は多くのファンを魅了しました。

ホームに訪れた観客は、1試合平均1574人。前のシーズンの1.6倍という「伸び率」は、B1の中でも琉球ゴールデンキングスに次ぐ2位でした。

観客は、ほかのスポーツと同様、非常に重要な存在です。試合を盛り上げるMCは、ホームのチームを主語にして観客に応援を呼びかけます。相手チームがフリースローの時は、激しい拍手を促して地鳴りのような音を出すことで、プレッシャーをかけています。

応援は選手たちの背中を押すことはもちろん、試合の展開にも影響を与えていて、まさにファンと選手が一体となって戦っているのです。

“キーマン”現る

チームには、その観客の「数」に苦しめられてきた過去があります。

それは、B2だった2018年から2019年にかけてのシーズンのこと。この年、クレインサンダーズはB2で準優勝して、“成績面”ではB1に昇格できる基準をクリアしました。しかし、観客動員数が少なく昇格のために必要な運営会社の“売り上げの面”で基準をクリアできなかったことから、B2に残らざるを得ませんでした。

そのクレインサンダーズのファンが、今シーズンは急増。ベースにあるのは、選手の活躍ですが、運営面の“キーマン”が阿久沢さんでした。

その正体、伝説のスラッガー

阿久沢さんは、子どもの頃から野球一筋。

桐生高校時代には「春のセンバツ」で甲子園の土を踏みました。そこで王貞治さん以来となる2試合連続のホームランを打ち、チームはベストフォー進出。

プロからの誘いもありましたが、家庭の事情もあり地元の大学に進み、その後は教師となり長く、高校野球の指導者として活躍していました。

高校教師としての充実の日々。定年までおよそ1年に迫ったある日、突然の連絡がありました。

「クレインサンダーズの社長になってくれないか」

当時、B2で足踏みしていたクレインサンダーズを救おうと、新たにチームの筆頭株主となった企業から相談を受けた、かつての野球仲間からの連絡でした。

阿久沢さんのスポーツ界や地元での影響力、そして知名度に「白羽の矢」が立ったのです。

「まず、バスケットボールを知らなかったんですけど、結局、群馬というこの土地でいろいろな方と交わりながらサンダーズというものを、少しずつ大きくしていくということが仕事なのかなと思って、引き受けさせていただきました」

生まれ育った群馬のスポーツ界に力を尽くしたい。
人生最大の決断でした。

カギは地元・太田市との連携

就任早々、最大の課題である「観客数」にどう立ち向かうのか。高校時代、数々の好投手と向き合ってきた阿久沢さんにとっても、難敵でした。
当時は前橋市にホームの体育館がありましたが、交通アクセスが悪い上、駐車場の数が限られたことなどから、思うように数字が伸びていませんでした。

そこで、チームが決断したのは本拠地の移転です。移転先の太田市の体育館は高速道路や駅から近く、駐車場の収容台数も大幅に増加。何よりの決め手は、太田市のバックアップでした。

太田市の職員たちと

太田市が、阿久沢さんの高校教諭としての初任地だったという“縁”もありました。かつての教え子が多く勤める市役所にみずから頻繁に足を運び、時に頭を下げました。

(左)太田市・清水市長(右)阿久沢社長

特に重視したのは、トップどうしの密な連携です。

市長と2人、ひざをつき合わせて何度も話し合いました。

今シーズン、清水聖義市長はみずから、ホームの全試合に足を運びました。「阿久沢社長は、どんな社長なのか」と尋ねると「柔らかい」ということばを繰り返しました。

太田市 清水聖義市長
「彼(阿久沢さん)は野球ですごいバッターで、プロに行ってもいい力量だったんですけどね。柔らかいよね、柔らかい。対応の仕方も柔らかいし、考え方も柔らかい。そのおかげで互いにやろうと思ったことはすぐに動けるので相性がいいと思う。いい相棒ですよ、いい仲間です」

ちなみに、清水市長。もともと野球好きだったそうですが、「今ではすっかりバスケの方が面白い」とも語っていました。

大胆に、柔らかく、厳しく

その“仲間どうし”進めたのがファン獲得への取り組みです。少しずつの変化では何も変わらない。“強力タッグ”で、“大胆な策”に打って出ました。

<作戦①市内サンダーズ化!>
まず行ったのが、「来場者全員へのユニフォームの配布」です。

ユニフォームを着て応援するのは基本的に「コア」なファンですが、初めて訪れる人たちにも一体感を持ち、チームに愛着を持ってほしい、という思いがありました。そこで、重要な試合では「553(ゴーゴーサンダーズ)」の背番号が入ったユニフォームなどを試合前に、それも全員に配りました。

さらに会場の外では、およそ30の飲食店が軒を並べる「マルシェ」も新たに始めました。
幅広い年齢層のファン獲得を目指し、試合日には会場周辺をまるで「お祭り」のような雰囲気に変化させました。会場のすぐ近くでこれほど多くのキッチンカーが立ち並ぶことは全国的にも非常に「まれ」だといいます。

会場でのマルシェ

さらに、太田市内の小学生全員(約1万2400人)には、応援や登下校でも使えるようにと、チームの帽子を無料で配付。このほか、市役所職員のポロシャツやナンバープレート、郵便ポストもクレインサンダーズ一色になりました。

<作戦②とにかくあいさつ>
阿久沢社長自身も「チームの顔」として積極的に動いています。

あいさつ

試合日の阿久沢さんを見ていて驚くのが「動く量」。

また、あいさつ

会場中を動き回り、会う人、会う人にあいさつを繰り返すのがこだわりです。清水市長も語ったその「柔らかい物腰」でチームとファンの一体感を育んでいきました。

さらに、あいさつ

「あいさつは自分の中で確実にできることの1つです。自分自身“社長業”といってもすべてのことがわかっているわけではありませんし、経営に対しても、すべてわかっているわけでありません。しかし今できることは、より多くの人とバスケットボールを結びつけるために“1対1の会話”からスタートすると思っています」

会場を動き回るのには、ほかにも理由があります。試合前には必ず会場内の空調やコートの見え方をみずからチェック。来てくれたファンが試合に集中できるように、細心の注意を払っているのです。

「自分の中では小さなことでも『見過ごすな』と言い聞かせています。例えばお客さんのちょっとした不満やクレームに対しても絶対に見過ごさずに対応する。その積み重ねが大事だと思っています。何気ないことでも、ピリピリした自分の感覚を持たないといけないと思っています」

「柔らかさ」だけではない「トップとしての厳しい目」を見ることができました。

視線は新たなシーズンへ

こうした努力の積み重ねで、チームはB1初挑戦の1年で一定の成果を収めました。ただ、それはもう過去のこと。阿久沢社長の目線は、すでに新たなシーズンに向けられています。

<作戦③新アリーナ完成へ>
というのも、2年後以降、B1で戦うためには4000人の観客動員数が求められているのです。「今シーズンのさらに2倍を超える観客」という高いハードルを前に、今、太田市と進めているのが「新アリーナの建設」です。

5000人を収容する新アリーナは来年春に完成予定。来シーズンの最終盤の数試合が行われる予定です。会場に吊り下げられる“日本最大級”の大型ビジョンやラウンジなど、バスケットボールのエンターテインメントに特化した新アリーナで新たなファン獲得を目指しています。

太田市 清水聖義市長
「バスケットでスリーポイント(シュート)が決まった時や、逆転した時の会場のどよめきは本当にすごい雰囲気だが(新たな)アリーナでは、それがさらに感じやすくなる。それを1回感じると、人間はその感激とか感情は忘れられなくなってくるんですよね。そうするとやっぱり、もう一度アリーナに行きたくなると思う。サンダーズを中心に、町も、企業も、子どもたちも、どよめくような雰囲気になっていって欲しい。サンダーズにはそういう力があると思う」

群馬クレインサンダーズ運営会社社長 阿久沢毅さん
「まもなく完成するアリーナに対して、われわれはどういった興業ができるかということがポイントだと思っています。その中で私は何ができるの?と考えると、本当に目の前のできることしか、できないんです。いろいろな方向に発信して、それを繰り返しやっていく。そして1人でも多くの人に見に来てもらって、1人でも多くの人に感動してもらう。そんな仕事だと思っていますので、今後も全力で取り組みたいと思っています」

変わらない"柔らかさ"で

今回、阿久沢さんを取材して驚いたのは、会場を訪れる「教え子の数」です。
少し歩くとすぐに教え子に遭遇し、話し始めます。家族と一緒に来ていたり、マルシェに出店する側になっていたり、当然、当時とは異なる関係にありますが、ついきのう、教室で会ったかのような雰囲気で語り合っていました。阿久沢さんが、これまで築き上げてきた「財産」でした。

カメラに接近 おちゃめな一面も

教え子の皆さんに話を聞くと「阿久沢さんは変わらない」と口をそろえていたことが印象的でした。高校球児としても、教師としても、社長としても。その肩書きは変わったとしても“根っこ”の部分は同じだというのです。

阿久沢さんは、取材の最後にこんなことを言っていました。
「なんだかんだ言っても、集客に一番効くのはチームが勝つこと。そのために応援も全力でします」
観客が集まればチームが勝つ。チームが勝てば観客が集まる。

ゴー!サンダーズ!

運営会社と選手、互いの相乗効果によるさらなる飛躍に期待し、私もその姿を全力で取材していきます。

  • 中藤貴常

    前橋放送局 記者

    中藤貴常

    警察・司法を2年あまり担当後、現在は両毛広域支局で行政・スポーツなどを幅広く取材

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