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高知への“共感”が生まれた瞬間 ビキニ事件 現地取材報告

事件から70年 マーシャル諸島を取材したNHK特派員が見たもの
  • 2024年03月08日

1954年3月1日、マーシャル諸島のビキニ環礁でアメリカが行った水爆実験。高知の漁船を含む多くの日本の船が近くを航行中に被ばくしました。
70年の節目に現地で開かれた式典に、遺族代表として初めて高知市の下本節子さんが出席。
現地を取材したNHK特派員が見たのは高知とマーシャル諸島の人たちの間で「共感」が生まれた瞬間でした。
(NHKシドニー支局 松田伸子)

高知の漁船も被ばく 広島の原爆の1000倍

日本から南東に4600キロ離れたマーシャル諸島。
アメリカはここで1946年から58年までの間、67回の核実験を行いました。
最も規模が大きかったのが、1954年3月1日にビキニ環礁で行われた水爆実験「ブラボー」です。広島に落とされた原爆の1000倍もの威力だったとされています。
これがいわゆる「ビキニ事件」です。
広い範囲に放射性物質を含んだいわゆる「死の灰」が降り注ぎ、数多くの島民が被ばくしたほか、静岡県焼津市のマグロ漁船「第五福竜丸」をはじめ、近くを航行していた多くの日本の漁船も被ばくしました。国の調査では、その数はのべ1000隻近く。
このうち3分の1は高知県の漁船だったとみられています。 

高知の遺族が初めて現地へ

パレードで核廃絶を訴える下本節子さん

ビキニ事件からちょうど70年の3月1日、マーシャル諸島の首都・マジュロで犠牲者を追悼する式典や、核兵器の廃絶などを訴えるパレードが行われました。
ここに被ばくした漁船の乗組員の遺族代表が出席しました。
高知市の下本節子さんです。
下本さんは、室戸市の漁船に乗っていた父親を22年前にガンで亡くしました。水爆実験で被ばくしたことが原因だとして、被害者の救済を求めています。
高知から遺族がマーシャル諸島を訪れたのは初めてのことです。

現地で続く悲劇

私は下本さんの取材をするためマーシャル諸島に向かいました。
取材を通して痛感したのは、マーシャル諸島でいまだに深刻な被害が続いている現実です。
核実験が繰り返されたビキニ環礁やその近くのロンゲラップ環礁には放射性物質を含むいわゆる「死の灰」が降り注ぎ、今でも島民は被ばくなどを恐れて島には戻ることができていません。

ロンゲラップ島出身の人たちと下本さん
ロンゲラップ島出身の女性と語る下本さん

下本さんはロンゲラップ環礁で「死の灰」を経験した女性2人と話をしました。
核実験のあとに産まれた赤ちゃんの中には、頭蓋骨がなかったり手足が短かったりしたこと、今でも甲状腺の病気に悩まされているといった話を聞いていました。
このうち1人の女性は甲状腺の異常で3度の手術を受け、今でも定期的にアメリカまで診察に通っています。

“人生が変わってしまった” 遺族の苦しみ

一方、下本さんは高知の漁船の乗組員が受けた深刻な影響について、大統領主催の昼食会などでスピーチをしました。
高知県の漁船が被ばくした実態を説明し、その漁船の乗組員だった父親が周囲からの差別を恐れ、娘にはその事実を話さなかったことを明かしました。

私の父も被ばくのことは黙っていましたが、1960年36歳の時に病気で船の仕事をやめました。亡くなったのは2002年78歳、胆管がんでした。
(核実験が)その人たちの人生を変えてしまった。このようなことは2度と起きてはならない。

下本さんの訴えで生まれた“共感”

マーシャル諸島にも被ばくした人への差別があります。
「ポイズンドピープル=汚染された人たち」と呼ばれ、異常がある赤ちゃんが生まれると、家族の恥だとして、周りには話さなかったといいます。
ビキニ事件で静岡県の漁船「第五福竜丸」が被ばくしたことは知られていますが、高知などほかの地域の漁船が被ばくしたことを知る人はかなり少ないのが現状です。
下本さんの訴えによって、高知にも同じような苦しみがあることを深く知った現地の人たちは、そこに共感し、現地と日本との新たな関係に期待する声があがっていました。

(地元の男性)
こんなに多くの漁船に影響があったことに驚いた。下本さんがこの事実を共有してくれたことはこれからのマーシャル諸島と日本の連帯につながる。

さらに地元の新聞社「マーシャル諸島ジャーナル」も下本さんにインタビュー取材し、高知の遺族の声が現地に伝えられることになりました。

現地で取材して

マーシャル諸島ではこれまで、自分たちの国で67回もの核実験が繰り返されたこと、そして今でも病気に苦しむ人や故郷に帰れない人がいることを学ぶ機会がありませんでした。
現地の学校ではアメリカが作ったカリキュラムや教科書が使われているためです。

核実験の授業
核実験について学ぶ子どもたち

「ビキニ事件」から70年がたったいま、ようやく政府は核問題の教育に力を入れるようになり、国民の間で核実験について学ぼうという機運が高まっています。
3月1日に向けて学校で核実験に関する出前授業が行われていたほか、子どもたちが書いた絵やポスターなどが展示されていました。
このタイミングに下本さんが経験を語ったことで、被ばくした人たちは差別を恐れて声を上げられず、遺族は同じ苦しみを味わったことが共有されたのだと思います。
遠く離れた高知とマーシャル諸島の新たなつながりが生まれた瞬間に立ち会った、そんな実感を得る取材になりました。

マーシャル諸島の式典での筆者
  • 松田 伸子

    シドニー支局 支局長

    松田 伸子

    社会部や国際部などを経て、2023年8月からシドニー支局でオーストラリア、ニュージーランド、太平洋の島しょ国を担当。
    政治経済から、ジェンダーや環境問題など幅広く取材。

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