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【変わる障害者雇用】第1回:経済的視点から差別について考える~障がい者ダイバーシティ研究会より~

2014年11月05日(水)

ハートネットTVです。
障害者の雇用の質を大きく改善すると言われている、改正障害者雇用促進法の施行を1年半後に控えて、企業の現場ではどのような対処をしようとしているのか。そのことを知るために、企業の人事担当者が障害者雇用について情報交流している研究会を訪ねました。

10月28日、東京都文京区の水道橋で行われたのは、障がい者ダイバーシティ研究会が主催する「第12回障害者と多様な仕事の在り方に関する研究会」。大手自動車会社の東京本社が会場です。


20141105_001_R.JPG障がい者ダイバーシティ研究会は、企業の人事担当者を中心に、行政関係者、大学の研究者、支援団体メンバーなど、障害者の働き方について考える関係者が定期的に集まります。研究会の設立は2009年8月。“障害者の雇用環境の改善を目的とする研究会”“大学生に障害者の問題を考えてもらうための講座”が活動の柱になります。


研究会は、主催者側と聴衆側が分かれる形式ではなく、テーブルをコの字型に並べて、全員参加で討論する形式で行われました。参加した企業の業種は、商社、金融、生命保険、機械製造、食品、流通、小売販売、広告代理店など多種多様で24社に及びます。

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今回取り上げられたテーマは改正障害者雇用促進法の重要なポイントのひとつである“障害者差別”の問題。研究会の顧問でもある、慶應義塾大学商学部教授の中島隆信さんが、「障害者差別を経済学で考える」というタイトルで話題提供を行いました。中島さんは『障害者の経済学』という著書もあり、福祉とは異なる経済学の立場から障害者のノーマライゼーションの合理性を説いています。

中島さんは、障害者への差別の問題を、黒人差別や女性差別の問題ともからめながら話をすると、前置きしました。障害者への差別の解消が難しいのは、差別を自分たちとは無縁の話だと一線を引いてしまう人が多いためです。そこで、より一般的な例を出すことで身近な問題として感じてもらうようにしているのだと言います。


中島さんは、まず初めに差別を大きく3種類に分けました。

① ベッカー型差別:偏見を満たすために利益を犠牲にする差別。
② 統計的差別:誤ったシグナルを判断材料とする差別。
③ 間接差別:業務に直接関係のない要件を評価基準にする差別。


最初に挙げた、ベッカー型差別のベッカーとは、「差別は経済的な利益を損なうので合理性に欠ける」と説いたシカゴ大学の経済学者です。中島さんは、かつて大リーグ初の黒人選手のジャッキー・ロビンソンが、黒人だという理由で激しい差別を受けたことを例にとって、差別や偏見から有能な人材を雇用する機会を失うことは、集団の利益に反することだと話しました。ベッカー型差別は、差別する側が不合理な動機に促されているために社会的な損失をもたらすような差別です。

 

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次の統計的差別に関しては、「経済学部や工学部に進学する女性が少ないことから、女性にはそのような分野で業績を上げることができない」と考える過ちを示しました。人はある人物の能力を推測するときに、それを代理的に表すデータを探し、それを元に判断することがあります。そのデータを経済学ではシグナルと言いますが、その解釈が間違っていることがあります。よくあるのが、社会的な背景を読み解くべき統計を、個人の問題にすりかえて解釈してしまうこと。それが人物の正当な評価のゆがみにつながっていると言います。

3つ目の間接的な差別とは、差別しているという自覚がないままに、結果的に差別にいたるものです。段差の多いオフィスで働く車椅子の人が、結果的に差別されているのと同じことになるというような例が一般的ですが、中島さんは、もっと踏み込んだ例を示します。健常者の採用の場合はIQなど問題にしないのに、知的障害者の場合はIQを問題にするのは、間接的な差別だと言います。業務をこなす能力があるかどうかと、IQは直接には結びつかないからです。


中島さんは、さまざまなタイプの差別を示すことで、法律の施行だけで、差別を解消するのは難しいのではないかと、問題提起しました。
倫理的に差別する心を持たないというだけでは十分ではなく、障害者の能力を正当に評価すること、障害者についての誤った情報を正すこと、無自覚な差別についても意識化し、理にかなった配慮(=合理的配慮)を行うことが重要であると訴えました。


中島さんの話題提供を受けて、会場ではさまざまな意見が交わされました。今回の参加メンバーは、2016年4月から施行される改正障害者雇用促進法で事業主に義務化される合理的配慮についての関心が高く、議論はその点に集中しました。合理的配慮とは、国連の「障害者の権利に関する条約」に明記してある「ReasonableAccommodation」の訳で、障害者の人権を守るための環境や制度の変更や調整のことで、社会に過剰な負担を強いないものを指します。


○会場の主な意見

「合理的配慮にはコストがかかる。大企業はそのコストを負担できるが、中小企業には難しい。たとえ、差別するつもりがなくても、中小企業では間接的な差別が起こってしまうのではないか」

20141105_004.JPG「“配慮”という言葉に違和感がある。企業がなぜ社員に前もって配慮しなくてはならないのか。むしろ、不都合なことが起きたら、それに対してきちんと対処することが大切で、理にかなった職場環境の調整と言い換えるべきではないのか」

「障害のある社員に手厚い配慮をしていくと、一般の社員に対しても、合理的配慮は必要になっていくだろう」

「合理的配慮が義務化されるのは正しいことだと思うが、体調をくずしたのは会社のせいだ、働けないのは会社のせいだというように、障害者が一方的に権利を主張することで企業と障害者との間に軋轢が生まれるなら、両者にとって不幸なことだ。互いを尊重する相互理解が大切だ」

「障害の当事者に聞くと、特別扱いは差別だという。しかし、合理的配慮をするということが、特別扱いになってしまうこともあるのではないか」

「合理的配慮を必要以上に行ってしまうことで、障害者が職場になじむ努力や、新たな仕事にチャレンジする機会を奪ってしまうのはおかしい。うちの会社では精神障害者の方にも定時に出社してもらっているし、電話対応もやってもらっている。そのことで、社内の評価も上がったし、社員の定着率も高くなった」


今回参加しているのは、障害者雇用を積極的に進めている企業の担当者たちです。合理的配慮をすでに実践していて、障害者の立場もよく理解していますが、合理的配慮による企業側の過重な負担への懸念があります。また、障害者を特別視しないことが、キャリアアップにつながることも経験から学んでいます。

会場から出た意見に対して、中島さんは、合理的配慮に関するコストを企業だけに負わせるのは無理があると話しました。障害者の働く場が奪われたら、その生活を支えるコストはすべて税金でまかなうことになります。だとすると、障害者が生産活動に従事することは、社会全体の負担の軽減になるわけですから、そのコストは企業だけではなく、社会全体で負担するべきものだと言います。そして、そこには障害の当事者も含まれます。それぞれが過重にならない範囲でコストを担うことが大切で、そのコストを最大限効果的に使うために知恵を絞るべきだとアドバイスしました。


最後に、中島さんは、障害者の問題を考える際に大切なのは、障害者やその家族、福祉関係者だけの問題にしないで、一般化することだと話しました。
例えば、無理な残業を強いられることによって働く機会を奪われるのは、障害者だけではなく、子育て中の女性や介護をしている人もそうであり、その他の社員も例外ではありません。また、企業の人事が適材適所を見極める手間をはぶくことで、企業も利益を損ないますし、社員もそのことで苦しむことがあります。それもまた障害者の問題にとどまりません。
経済的な視点から、差別が不利益を生むこと、障害者に限らず弱者を生み出さないことが社会的な利益となることを改めて強調しました。

研究会の司会を務める事務局長の安部省吾さんは、このような研究会を通じて、改正障害者雇用促進法を中身のあるものにしていきたい、また、企業の担当者だけではなく、大学でも講義を行い、一般への啓蒙活動へと広げていきたいと話しました。



社会に不利益をもたらす差別や偏見をどう克服していくのか。ひとが生き生きと働き続けられる職場の条件とは何なのか。職場環境の改善のための合意形成をどのようにはかっていくべきなのか。今回の研究会で、中島さんが語っていたように、障害者の問題は、社会で生きるすべての人に共通する問題をはらんでいます。
ハートネットTVでは、今後ブログなどを通じて障害者雇用の問題を継続的に取り上げていきます。専門家や当事者へのインタビュー、企業の先進事例や教育現場のレポートなどを通して、共生社会を実現するための最新情報をお届けいたします。
 

コメント

障害者を負担として考える企業の思想に従っていても解決出来ない。障害者は排除されやすい存在だからこそ、守る必要がある。インフラ系大企業を中心に積極的に雇用すべきだ。障害者は障害ゆえに生きづらい。せめて経済面だけでも優遇されるべきだ。女性が優遇される制度はいくらでもある。妊婦に対する補助も手厚い。障害者にも同じ優遇と補助があるべきだ。

投稿:雇もれびの会 2017年08月15日(火曜日) 15時46分

私は発達障害特性軽減に効果のあるメソッドのプロバイダーをしております。その立場から発言させて頂きます。
特性は強烈な個性と言われる程、千差万別・十人十色ですので企業サイドだけでは正直理解しサポートをするのはかなり無理があります。
先ずご本人が今までの療育を通し自身の特性を理解していると
『自分はここまでなら出来るけれど、この先は不得意だ』
と言えます。
企業はどうかその言葉をしっかり受け止め対策を取って下さい。
彼らは仕事が出来ないのではなく、いきなりの予定変更や指示の出し方・指示系統が複雑な中で誰に何を聞いたら良いのかが分らないのです。
指示は短く的確に、あれこれそれの指示語を使わないなど基本的な事を皆さんが共有するだけで安心できるのです。

発達障害者は外見で分らないだけに周囲も戸惑います。が、それ以上に戸惑い効率良い仕事を仕上げられないことに本人が一番苦しんでいます。
そこは理解し適切に支援をしてあげて下さい。

投稿:瀬津喩 2014年11月13日(木曜日) 12時16分

企業がこのような研究会を展開しているのですね。
権利条約の批准により世の中が障がい者に対しての行動が
動き始めているように思います。
「大学生に障害者の問題を考えてもらうための講座」について
どんな取り組みなのか、今後レポートしてください。
教育と企業の連携はとても大切なことと思います。

投稿:ボトムアップ 2014年11月09日(日曜日) 23時31分