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Road to Rio vol.10 「"人馬一体"をめざして ~障害者馬術~」

2014年09月24日(水)

ハートネットTVキャスターの山田賢治です。
 

みなさん、乗馬の経験はあるでしょうか。私は数回ありますが、馬と一緒に風を感じ、何とも心地よい時間でした。“人馬一体”には、程遠かったですが…。

その「乗馬」に競技性を持たせたのが「馬術」です。日本では徐々に人気が高まっていますが、欧米では絶大な人気を誇っているスポーツです。
オリンピック競技ですが、障害のある人が馬を操る「障害者馬術」もパラリンピックの競技になっています。先日、パラリンピック出場を目指す選手を取材しました。


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自然に囲まれた兵庫県の明石乗馬協会の馬場。障害のある人も通っている。無表情だった知的障害の子が笑うようになった、相手の言葉を同じように返すしかできなかった自閉症の子が会話できるようになった、など乗馬によって変化が現れたそうだ


まず、日本のエース、鎮守美奈(ちんじゅ・みな)選手です。
脳性麻痺があり、最も障害の重いクラスの選手です。自分の身体の動きを思い通りにコントロールするのが難しいため、「人馬一体」となるためには、知恵と工夫が必要です。

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鎮守選手は11年前、国際大会にデビュー。アテネパラリンピックにも出場。「出会ったコーチやトレーナー、街で車いすが引っかかったときに助けてくれた人など、多くの人との出会いがあるから頑張れる」


曲がるときの馬への指示は、手綱さばきだけでなく、またいだ足の膝の内側を、馬のお腹にグッと押し込む(挟み込む)ようにして、出します。左膝の方に力を入れると、左に曲がりますが、鎮守選手は特に左半身の自由が利かず、手足に入れる力の加減が難しいので、左回りのコントロールに苦労しています。また、微妙な力加減で馬は動きが変わるので、馬具を改造したり、薬を飲んで身体の力の緊張を抜いたり、さらには障害特性に合った馬を選んだりしているそうです。

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握力が弱いため、滑らないように、手綱にはゴム製のグリップが。道具にこうした工夫も。


「馬術の魅力は?」との質問に、「自分一人だったら緊張するが、馬と一緒に競技会へ参加できる。それと、馬とのコミュニケーションが楽しいところ」と話す鎮守さん。週2回、片道2時間半かけて明石まで通っています。8月の世界選手権は思うような成績ではなかったそうですが、今、東京でのパラリンピック開催がトレーニングの大きなモチベーションになっていると、しっかり私の目を見て笑顔で話す姿に、柔らかさの中にも強い意志を感じました。前向きに、そして計画的にトレーニングする姿は、同じように障害者馬術に取り組む選手たちの目標となっているでしょう。




もう一人は、常石勝義(つねいし・かつよし)選手です。
JRAの元ジョッキーで、障害レースのG1を制覇したこともあります。2度に渡る落馬事故で高次脳機能障害となりながらも、今、障害者馬術でパラリンピックを目指しています。

今から10年前、2度目の落馬で、意識不明となりました。その間、ジョッキーの同僚たちが連日常石さんの病室を訪れ、声をかけたり、ラジオの競馬中継を聞かせたりし、回復を願ったそうです。やがて驚くべきことが!意識がないのに、手にムチを持たせるとクルクルと回したり、武豊騎手にはいつものように「お兄ちゃん」と言ったりしたそうです。そしてとうとう、落馬から31日目に意識が戻ったのです。「奇跡でした。今、本当にうれしいんです。だからいつも笑っています」。

しかし、脳に損傷を負い、左半身に麻痺が残った常石さん。それでも、また馬に乗ることを決めます。「恐くないんですよ」と意外な答えが。「競馬のように気性の激しい馬でないということもありますが、自分でもチャレンジできる障害者馬術と出会えたことが本当にうれしいんです」と。その喜びにあふれた表情に、人間の「生きる」力強さを感じました。


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三木薫コーチ(右)の指導を受ける常石選手。課題を徹底的に繰り返す


指導している三木コーチは、「馬を恐がらないのが常石さんの一番の長所。一方で元ジョッキーなので前傾姿勢がクセになっています。麻痺の残る左半身の動きも課題です」と指摘します。鎮守選手と同じように、左半身が麻痺しているために、左足で馬のお腹を押す力が弱く、左に曲がるときはどうしても膨らんでしまうそうです。

もう一つ、常石さんが、今、必死に取り組んでいることがあります。高次脳機能障害で、短期記憶があまり残らないため、「日常でも、人の名前を覚えられない」と話す常石さん。馬術での経路(コース)を覚えるのが大変難しいのです。


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経路を覚えるため、何度も確認する


障害者馬術は、「馬場馬術」で競われます。「規定の経路を、《常歩(なみあし)》、《速歩(はやあし)》、《駈歩(かけあし)》という歩き方を基本に、様々なステップを踏んだり、図形を描いたりするもので、いかに正確に美しく演技できるか」。よって、まず経路を覚えなければなりません。常石さんは、10月の全国大会に向けて、何度も繰り返し練習し、経路を身体に染みこませています。


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トレーニングの後、時間をかけて丹念に馬を洗う常石さん。常に笑顔でやさしく馬に接していた


馬と心を通わせるには、本気で自分の障害と向かい合わなくてはならない。
自分という一人の人間を、またがる馬に丸ごとぶつけなくてはならない。
そこで“人馬一体”になれたとき、見ている私たちに大きな感動が湧き起こるでしょう。

パラリンピックという大舞台で躍動する2人の姿を見てみたい。

いつか、ぜひ。


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左:常石選手 右:鎮守選手 初対面とは思えないほど様々言葉を交わし、有意義な時間でした。ありがとうございました。



リオ・ピョンチャン・そして東京へ。
すべてのパラリンピックを盛り上げるために、ハートネットTVは取材を続けていきます!

コメント

50手前の人生全てにおいて未勝利の悲しい牝です。
(競馬をこよなく愛する競馬ファンです。)
再放送ですが、常石勝義さんの回を偶然ですが拝見
致しました。先に申し上げます。感動しました。

貴方という人間性の素晴らしさ、優しさ、辛さ、悔し
さ、それらが短い時間の中に凝縮されていましたね。
涙しながら、TVにかじりつく勢いで見ていました。
手厳しく注意をされても素直に受け止め、挫けない姿
は誰しも感心致します。
貴方のその優しさ、素直さに明英先生は受け止めてくれて
いるはずです。
貴方の笑顔をどうか!世界中の人々に知って欲しいですね。

応援させて下さい。貴方の笑顔を皆に知ってもらいましょう。

投稿:私の人生は未勝利 2016年02月14日(日曜日) 04時19分

再放送だったようですね。先日夜中でしたが、常石勝義さんの挑戦を拝見致しました。僕が競馬ファンになったのは、ディープインパクトが引退した年。常石さんの現役ジョッキー時代は残念ながら存じ上げません。しかしながら、落馬事故からの復活、そしてその先に見据える目標、僕は番組を拝見している間にみるみる常石さんに惹かれていきました。僕は中央、地方問わず競馬好き。競馬場で観戦している時やテレビ中継を観ている時、人馬に事故がないよういつも祈っています。常石さんのこれからの競技人生、事故なくケガなく目標に向かわれることを心からお祈りしています。東京パラリンピックでの常石さんの勇姿を楽しみに待っていますよ。頑張れ!頑張れ!常石さん、いつも応援してますよ!

投稿:ふぅくん 2016年01月15日(金曜日) 16時24分

昨日、障害者馬術の練習をする常石さんの番組を見ました。けがをしたことを恨まず、常に前向きに練習を繰り返す姿はよても感動的でした。そして常石さんがいつもにこにこ笑っているのが印象的でした。心から声援をお送りします。がんばれ常石さん!常石さんの出場するパラリンピック絶対に見に行きます。

投稿:ねこのみーちゃん 2015年12月28日(月曜日) 14時28分

常石勝義パラリンピック乗馬選手へ

わたしは最近ペアスケートのファンで、特に中国の若手ペアのファンで、よくみているのですが、女の子が、難しい技に挑戦するときなど、試合で、いいほうにかけてトライするのですが、ころび、すぐ立ち上がるのですが、痛そうで、それを男の子のほうのペアが、伴走して、タイミングを待ち、顔をみて、次の投げ技とか、ほうりなげ(ちゃんとした優雅なわざ名があるが)をする、ものすごく打ちつけて、痛いのにからだが覚えているといるように、難しい技を、いいときよりすこし重そうに、でも熱にうかされたように、こなしていました。
馬の明英くんが、足をぬかるみで滑らせた時、常石さんが、落ちついてタイミングを待ち、コーナーをこなし、美しく走らせた時、私は、馬はこの場合、私の好きなペアスケートでいうと、女の子で、それを持ちあげたり、流したり、振り投げたりして、パッと花ひらかせる。メインは女子で、その華やかなところに人は注目する。でも、裏で、前もってタイムをとり、陰になり、ひなたになりして輝かせる役が男子だ、この場合、人馬の人だとおもうと、よけいおもしろくなりました。そうおもって見ると、たのしい、と同時に、はらはらします。
私は現在62歳です。体調良ければ東京パラリンピック見に行きたいです。(アスリートの魂をみて)

投稿:川原野すすき 2015年12月26日(土曜日) 00時37分

遅蒔きながら、この回の再放送を希望したいのですが、その予定はあるのでしょうか?
もしくは、YouTubeかオンデマンドで拝見出来るのでしょうか?

投稿:ホーガスヒューズ 2015年01月01日(木曜日) 21時55分

人それぞれ顔も性格も違う。だからも障害もちがって当たり前ですね。
真正面から向き合って付き合いたいと思う。がまだまだ自己中心になっているので他の人を思いやることはできませんが、そんな僕を馬はみつめおもいやってくれます。そんな馬と出会えたことに感動しています。

投稿:つねちゃん 2014年09月26日(金曜日) 21時20分