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三十一文字が語る、震災の"足跡"

2013年02月14日(木)

こんにちは、山田です。
今月11日、仙台市の東北大学での公開収録に行ってきました。

「震災を詠む2013」。

震災からまもなく2年。
事前に募集した、被災した方自身が詠んだ短歌や、
被災した方への思いを詠んだ短歌を紹介しながら
思いを語り合う歌会です。

時折雪が舞う中、窓一つ隔てた暖かい講義室で、
参加者のみなさんと交わした言葉の数々。

涙あり、笑いあり。胸が熱くなること、たびたび。
途中からカメラを意識していない自分がいました。

sinsaiwoyomu1.jpg

三十一文字に凝縮された思い。

“思い”という漠然としたものを
「短歌」という三十一文字の輪郭で表現することは、至難の業です。
果たして、これで自分の思いをしっかり伝えているのか。

書いては消し、書いては消し・・・。
自分と向き合い、何度も自問自答された中で
紡がれた三十一文字ではないかと思います。


踏切に

至れば止まりて

左右みる

来るはずもない

汽車と知りつつ


気仙沼線が寸断され
家の近くにあった駅舎が撤去されたそうです。
高校も近くにあったとのことで、
朝夕は高校生の声であふれていたことでしょう。

錆びたレールも撤去。
当たり前の風景が、生活が、いかに幸せなことだったのか。
過去は戻せないことはわかっているけど、
やっぱりあの震災がなかったことにならないのか。

同じような思いから紡がれた作品も数多くありました。

  sinsaiwoyomu2.jpg

 今回は、高校生からも沢山の作品を寄せていただきました。
選者からは、「あまりにも秀作揃いで、
選ぶのが大変だった。全てを入選作にしたいくらいだった」とも。

その中の一首、高校一年生の作品です。

 
触れること

許されぬまま

お別れを

祖母に届かぬ

右手が寂しい」

 
津波で亡くなったおばあさんの遺体は
検死をするため触れることができなかったそうです。

小さい頃から何度も握った手でしょう。
その手で、何度も頭もなでてくれたことでしょう。
感謝の気持ちを込めて、おばあちゃんの手を握りたかったよね。


涙が流れる中で、
ゲストの1人・歌手クミコさんからは「最期くらいはいいじゃない!!」という一言。
私も悲しみと怒りが混ざり、やるせなさがこみ上げました。

sinsaiwoyomu3.jpg
(左から)歌手のクミコさん、フリーアナウンサーの生島ヒロシさん、
      歌人の東直子さん、佐藤通雅さん


自分の思いを「文字」という目に見える形にすることで
認識してしまうことにもなる。
 

選者で歌人の佐藤通雅さんからは、
「あの日から2年の月日の中で、やっと言葉にできた人たちもいる。
一方で、歌にできない人たちもいる。
それは、お子さんを亡くされた方たちです」。


あの日から、もうすぐ2年。


希望を感じたいという短歌もある一方で、
悲しみに打ちひしがれ、寂しさと戦っている方たちもいる。

 届いた1007首は、
今を生きている、詠んだみなさんの、心の足跡。
その足跡を残していく。亡くなった方たちの思いとともに、語り継いでいく。

足跡を、絶対に風化させてはならない。

 


★「震災を詠む」の模様は、特集でお伝えします。

放送予定:2013年3月9日(土) Eテレ 16時~16時59分

 

 

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