全国ハザードマップ

予測技術で早期避難は果たせるか

2022/6/3

 

現在、各所で開発が進む洪水予測システム。もし事前に洪水の可能性が予見できれば、自治体・救助組織による早期避難の呼びかけなどの対応は変えることができるのか。人流予測データにより、平時から人が多くいるエリアがわかれば避難の呼びかけの優先判断に生かせるか。今年4月、自治体や救助組織、有識者など8名にオンラインで集っていただき、可能性や課題を2時間にわたり話し合いました。

 

オンライン検討会参加メンバー

 

【出席者】 ※肩書きはオンライン検討会開催時点

〇人吉市総務部防災課 課長 鳥越 輝喜 

〇人吉市健康福祉部福祉課 課長 古賀 真司

〇人吉下球磨消防組合消防本部 警防課 課長 早田 和彦、赤池 憲二郎

〇東京大学空間情報科学研究センター 教授  関本 義秀

〇同志社大学社会学部 教授  立木 茂雄

〇京都大学防災研究所 准教授 佐山 敬洋

〇静岡大学防災総合センター 教授  牛山 素行

 

事務局・進行 NHK(メディア総局 プロジェクトセンター クリエイター 捧 詠一)

 

 

 

捧(NHK):これより、洪水予測システムの利活用に関する検討会を始めさせていただきます。

本日の会の趣旨としましては、令和2年7月豪雨時の熊本県人吉市の当時の状況に着目し、「もし洪水予測システムが河川の水位の急上昇の可能性を事前に察知することができたならば、早期避難の呼びかけ対応は変わりうるのか」。「予測情報を活用する上でどういった課題があるのか」。「高齢者・要支援者の早期避難・対応改善は可能なのか」などを議論させていただき、今後の発災前の予測情報活用の参考になればと思っております。ぜひ、忌憚なくお話をいただければ幸いです。

 

 

 

1. 令和2年7月豪雨×熊本県 何が起きたか

 

捧(NHK):まず簡単ではありますが、令和2年7月豪雨時の熊本県の状況についてご説明します。

2020年7月4日未明から朝にかけまして、時間雨量30mmを超える激しい雨が8時間にわたって降り続きました。

 

令和2年7月豪雨の概要(気象概要)

 

現地では甚大な浸水被害が発生し、熊本県内では65名の方が亡くなっています。

その中で、65歳以上の方で犠牲になった方が86%を占め、人吉下球磨消防組合の管内でも45名の死者のうち8割以上が高齢者でした。

溺死でお亡くなりになった方の中には、認知症の方・足腰が悪い・知的障害がある・介護度が高い・片足がない・高齢で一人暮らしの方など、避難に支援を必要とされる方が多くいらっしゃったという調査結果も出ています。

 

浸水した人吉市街地

浸水した人吉市街地

 

捧(NHK):熊本県の報告によれば、避難行動要支援者の避難についての課題として、避難行動要支援者の登録者については「平時からの関係機関の情報提供にかかる同意を取ることが難しい」「支援者等が事前に避難行動要支援者を把握することが困難であった」という報告や、「避難行動要支援者個別計画があっても支援者自身が被災するなど計画が十分に活用できなかった」「行政側がすべての避難行動要支援者を把握するのは困難な状況だった」という報告がなされています。

 

 

2. 避難情報 いつ発表したか

 

捧(NHK):続きまして「令和2年7月豪雨時の避難情報発表の実施状況について」。人吉市総務部防災課の鳥越様、当時どういった避難情報が出されたのか、ご説明いただけますでしょうか。

 

鳥越(人吉市防災課)

 

鳥越(人吉市防災課):2020年7月3日ですけれども、16時に球磨川水害タイムライン運用会議開催。これは人吉市と国交省、熊本県それから関係する市町村とでWEB会議を行い情報共有をしています。17時30分、人吉市の災害対策本部を開催し、防災担当の職員は待機を始めました。21時39分に大雨警報が発令、21時50分に土砂災害警戒警報が発表されて、22時52分には洪水警報が出るなど、次々と警報が出ました。23時に指定避難所を3か所開設しました。この3か所は山間部で、土砂災害警戒が高い地域を指定して避難所を開設しております。23時25分に民間の福祉施設の方に、福祉避難所の開設を依頼しております。

7月4日1時34分に大雨警報、浸水の発表が出まして、4時に市内全域に避難勧告を発令しました。その時に指定避難所5か所を追加して開設しております。4時50分に大雨特別警報が発表されまして、5時15分に市内全域に避難指示。緊急の避難指示を発表し、指定避難所が2か所、「球磨川の水位が上がってきた」ということで閉鎖をして、別の指定避難所に移ってもらい、9か所を追加開設したという状況です。

 

そのときには市長自らが防災行政無線、野外無線ですけれども、自らマイクをもって市民に対して、「命を守る行動をとってください」と呼びかけを行いました。6時20分に市内で内水氾濫が発生しております。7時30分に人吉水位観測所で水位が5.07mを超えたという状況です。その後の時間は「欠測」という形で球磨川の水位が見られなくなったという状況です。最大で6.9メートルから7.25メートルくらいまで水位が上がって、市内が浸水したという状況です。11時58分には大雨特別警報が大雨警報に切り替わりました。この時間帯で400ミリの雨が一気に降った。これが人吉・球磨地方ですね、全体的・集中的に雨が降って、すり鉢状の底になる人吉市・球磨村が浸水したという状況です。

 

牛山(静岡大学)

 

牛山(静岡大学):静岡大学の牛山ですが、確認をしたいんですけれども、7月3日の23時の避難勧告。これは範囲は限定的だったのか、あるいは広域的だったのか。ご説明していただけますでしょうか。

 

鳥越(人吉市防災課):球磨川より南側の方ですね、山間部のエリアに避難勧告を発令しました。

 

牛山(静岡大学):この時点での避難勧告というのは、土砂災害を主な対象として範囲を決められたということでしょうか。

 

鳥越(人吉市防災課):そうです。土砂災害警戒情報が元になって、避難勧告を出したということです。

 

牛山(静岡大学):その時点ではまだ球磨川の浸水の影響を受けそうな範囲に対しての避難勧告ではなかったという理解でよろしいですか。

 

鳥越(人吉市防災課):そうですね、その時点ではまだなかった。

 

牛山(静岡大学):なるほど、球磨川の浸水想定区域等を対象とした避難勧告というのは7月4日の午前4時のものがそれに当たるということでしょうか。

 

鳥越(人吉市防災課):そうです、はい。

 

牛山(静岡大学):わかりました。

 

 

3. 自治体・消防 模索した「避難広報」

 

捧(NHK):ありがとうございます。続きまして「令和2年7月豪雨時の消防による警戒広報の実施状況について」、人吉下球磨消防組合消防本部 警防課 早田さん、ご説明いただけますでしょうか。

 

早田(人吉下球磨消防組合)

人吉下球磨消防組合 早田さん(右)、赤池さん(左)

 

早田(人吉下球磨消防組合):人吉消防警防課の早田です、よろしくお願いします。7月3日当日の消防の広報活動につきましては、当日、朝から雨が降り続いている状況ではありながら、夕方近くまで様子を見ながらですね、16時台、降り方が強くなる予測を立てながら当時の消防課長より全体にですね、「広報に出るように」と指示を出しました。管内のピンポイントで、「どの地区に行きなさい」という指示ではなくて、これまでの経験値からの、川沿い・山沿いですね、危険な地域に向けて広報活動を行なっております。まずは1隊、その後18時になりまして、各市町村の動き・災害本部の立ち上げ等、兼ね合いしながら大雨に伴う広報活動ということで地区を限定しながら、2隊を広報に向かわせております。22時50分に土砂災害警戒情報が、大畑地区に出まして、他にも西瀬地区・東間校区と、地区を限定しながらの広報活動を行なっております。その後、河川の状況の確認情報収集を行うなどしながら、その都度、広報活動を行っております。

 

最終的には、朝5時台まで広報活動を行なっています。もちろんその途中には救急出動があったり救助出動もしておりましたが、併せて広報活動も実施しております。

 

捧(NHK):序盤は土砂災害を主に警戒されていたということでしょうか。

 

早田(人吉下球磨消防組合):いや、浸水と土砂災害、両方ですね。やはり大雨にも警戒しなくてはいけないし、過去の経験から大雨により、逃げ遅れの方を救出した事例もありますので、危険箇所へ出向し広報を行いました。

 

牛山(静岡大学)

 

牛山(静岡大学):今ご紹介いただいたのは、消防本部による広報車、車による広報活動の状況をご紹介いただいたという理解でよろしいですか。

 

早田(人吉下球磨消防組合):はいそうです、消防車・緊急車両で、回転灯を回しながら、外部スピーカーを使いながら広報活動を行っております。

 

牛山(静岡大学):それとは別に市からも何らかの広報は行われたかと思うんですが、例えば防災無線であるとか、市の方でも広報車などがあるかと思うんですが、市からはどういう方法で伝達をされたのかご紹介いただけますか。

 

鳥越(人吉市防災課)

 

鳥越(人吉市防災課):野外の行政無線と、メールや、テレビも出してもらいました。消防団も広報をしていただいております。各町内会長さんや民生委員さんにも「こういう警報が出ています」とか、「避難所が開設しました」ということを連絡する形になります。

 

牛山(静岡大学):消防では早いところだと7月3日の深夜、明け方にも改めて広報されているようですが、市の関係の情報伝達というのは、時間帯というのは大体消防と似ていると理解してよろしいですか。

 

鳥越(人吉市防災課):はい。時間的には同じような感じで、防災無線での情報発信などを行っています。

 

牛山(静岡大学):7月3日23時の土砂災害を対象とした情報を出したときには土砂災害の警戒区域を対象とし、明け方近くなってきたら球磨川沿いにも伝達をしていったと、そのような流れと理解してよろしいでしょうか。

 

鳥越(人吉市防災課):はい。そういう形で出しております。

 

牛山(静岡大学):なるほど、ありがとうございました。

 

早田(人吉下球磨消防組合):

 

早田(人吉下球磨消防組合):補足ですけれども、広報ですが、日付が変わるまでは肉声による広報をしていました。日付が変わりますと緊急性が増してきたこともありまして、サイレンを併用しながらの広報活動をしています。しかしながら、サイレンを鳴らすと「何を言っているのかわからない」というのがありますので、口頭で伝える場合はサイレンを止めて広報し、広報を終えるとサイレンを鳴らすという形で。深夜からはサイレンを鳴らしながらの広報を行なっていました。

 

 

4. 令和2年7月豪雨 洪水は予測できるか

 

捧(NHK):ありがとうございます。今回、洪水予測システムで、当時はこういった技術があったわけではないんですが、今ある技術で何がわかるかという視点で解析を佐山さんにしていただきまして、佐山さんからご説明いただけますでしょうか。

 

佐山(京都大学)

 

佐山(京都大学):京都大学防災研究所の佐山と申します。

私は洪水予測の研究をやっていまして、特に内閣府のSIPというプロジェクトの中で、「日本全国の洪水予測システムを作る」ということをやっています。もちろんこれは研究ですので、社会実装を念頭においた研究とはいえ、「将来こういうことができるようになっていくといい」という想いに対する実務的な支援もできれば良いという立場で研究を行っています。

洪水予測に関しては、国土交通省や熊本県の河川管理者の方で行っておられますし、実際に令和2年7月豪雨の時も、氾濫警戒情報が午前3時10分に人吉市を対象に出ていまして、その後午前4時に氾濫危険水位に達した。それからまた水位が上昇していくということで、氾濫危険情報が出されています。

この時はどんどんと水位が上がっている中で、予測するというよりは本当に危険な水位に達して、さらに上昇していくということで、氾濫危険情報が出されて、それが避難指示等に結びついていったと理解しています。実態はこうであったということを前提に、「どういった研究をしているのか」ということと、「当時の情報を使って解析をすればどういったことが分かったか」ということを手短にお話させていただきます。

 

河川・ダムの長時間洪水予測・防災支援システムの開発

 

洪水予測の研究ですが、SIPの「国家レジリエンスの強化」という内閣府のプロジェクトで行っているもので、日本にはまだまだたくさん、水位の予測の情報や観測の情報がない河川があります。人吉市では人吉水位観測所で観測されていますけれども、球磨川流域でもたくさん、観測情報がないところがあります。危機管理型水位計で最近は常にあちこちで観測されるようになっておりますが、そういったところは予測の情報はまだないところが多いので、網羅的な洪水予測をするためには物理的なモデルを使って予測の情報を提供をするというのが私たちが参画している研究です。

 

河川・ダムの長時間洪水予測・防災支援システムの開発

 

洪水予報河川に指定されている河川では、基本的には6時間、ないしは3時間先の予測が今、洪水予測では行われています。たとえば氾濫危険水位に達した上で、3時間先までその観測地点で水位が上昇する予測が出れば、氾濫危険情報が出る形になっていると思います。そういった予測情報が出ない河川はたくさん、まだまだあります。中小河川や、一級水系であってもその支派川にまで予測の情報を拡大していく。細かい河川まで水位を予測するためにはどうしたらいいのか。そういう研究を行っているとご理解いただければいいと思います。

一方で、最近は予測のリードタイムが非常に長く取れるようになってきて、雨の予測情報の長時間化が進んでいます。それも様々な不確実性を加味した予測情報が出るようになってきて、こういった「幅を持った予測情報」が出るようになってきていますので、それはそれでまた使い方をどう考えるか。ダムの事前放流の判断にも生かせますが、予測の情報をどう使っていったらいいのか。こういったことを研究しております。

 

降水短時間予報とRRIモデルによる6時間先の水位予測

 

今回、令和2年7月豪雨時の降水短時間予報、6時間先までどういう雨が降るかを定量的に示した予測情報を気象庁から提供いただきまして、私たちが開発するRRIモデルに降水短時間予報データを入れたときに、どういうふうに水位の上昇が予見されるかを確認しました。あくまで、「当時予測情報がもしあれば、どういったことができ得たのか」。そういった視点でお聞きいただければと思っております。

 

算出した水位予測情報では、だいたい計算結果と観測水位が合っています。例えば7月4日午前1時時点の予測。6時間先の水位を予測していますが、人吉水位観測所でいいますと水位4メートルくらいが危険な状態と考えられますので、午前1時の時点から6時間先の予測を見ていったときに、水位が4メートルを超えてしまうということがわかります。

 

広域洪水予測システムのアウトプット

広域洪水予測システムのアウトプット

 

線状降水帯は非常に予測が難しい。そして急激に水位が上がるというのは事実だと思います。ただ、6時間先の水位予測は、私たちが分析した結果ではかなり良く予測されているという認識を持ちました。その上で、例えば午前0時から6時間先が予測できるようになってくるとですね、もう少し早く、「今後危険な状況になる」ということが予見できるんではないかと思います。

もちろん、私たちが開発をしているシステムは、あくまでプロトタイプです。実際に6時間先まで予測しようと思うと計算にかかる時間もありますから、なかなかリードタイムを6時間しっかり確保するのは難しい。ですが、こういった雨の予測精度、それからこういった洪水予測の精度も徐々に上がっていきますので、本日の議論としましては、「もう少しリードタイムが長くなってきたときにどういった対応が取り得るのか」ということを議論することが大切じゃないかと思っております。

 

目 次

1.      令和2年7月豪雨×熊本県 何が起きたか

2.      避難情報 いつ発表したか

3.      自治体・消防 模索した「避難広報」

4.      令和2年7月豪雨 洪水は予測できるか

5.      1日以上先の洪水予測 どう活用?

6.      “6時間後に洪水発生の恐れ” 予測情報で先手対応は可能か

7.      高齢者・要支援者を救う情報とは

8.      早めの避難情報 どうしたらアクションに繋がる?

9.      避難情報 そもそもちゃんと届いている?

10.    ただ「伝える」だけではダメ 「伝わる」には

11.    要支援者の個別避難計画 命を救うツールに

12.    発災前 人流データで命は救えるか

13.    予測情報 “避難に繋がる”最適な運用とは

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