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大人気!「横浜刑務所で作ったパスタ」

  • 2023年12月13日

いま、横浜で人気のパスタがある。その名も「横浜刑務所で作ったパスタ」。1袋330円。
今年4月の販売開始から2万袋以上売れ、現在、品薄状態だ。 人気の秘密を知りたいと、横浜刑務所に入って取材してきた。

シンプルな商品名がわかりやすい

刑務所に行列が!

「横浜刑務所で作ったパスタ」を手に入れることができるのは、横浜刑務所の刑務所作業製品展示即売所か、横浜刑務所で開催される刑務所作業製品展示即売会(矯正展)のみ。
11月4日に開催された矯正展には、1万5千人が来場し、開門前からこのパスタを買い求める人の長い行列ができた。 
 

横浜刑務所の矯正展の行列(2023年11月4日)

パスタの製造者名は

このパスタは横浜刑務所の受刑者が「刑務作業」で作った「刑務所作業製品」だ。 「刑務作業」は懲役受刑者の刑罰で受刑者の矯正と社会復帰を図るためのもの。 横浜刑務所では木工製品や、印刷、洋裁などの刑務作業も行っている。
パスタの袋にある製造者の名前は法務省(横浜刑務所)。どのように製造されているのか?

製造者の欄に注目

刑務所の中へ

横浜刑務所に取材を申しこんだところ、受刑者の顔や声はすべて匿名という条件で、刑務所にカメラを入れての取材が許可された。
報道カメラマンになって25年以上になるが、刑務所の中の取材は初めてだ。 塀の中に入る時は、携帯電話をはじめ財布や身分証などポケットの中からすべてのものを取り出して預け、文字どおりカメラと身ひとつだけ。
いくつもの厳重に警備された扉を通り、職員同行で中に入った。

横浜市港南区にある横浜刑務所

現在およそ830人の受刑者がいる横浜刑務所。何度も犯罪を重ねた受刑者が多いという。
敷地内に入ると受刑者が行進するかけ声だけが響いていた。 塀の外とは明らかに空気が違う。行進のかけ声を聞くと自分も収監されたように錯覚して緊張した。

刑務所内の移動は一糸乱れぬ行進

刑務所の中に製麺工場が!

全国の刑務所の中でも横浜刑務所にしかないという製麺工場を案内してもらった。
案内してくれたのは小山田勝(おやまだ・まさる)作業専門官。「作業専門官」とは刑務所作業製品の企画から、刑務作業の教育や安全衛生管理までのすべての過程を担当する国家公務員だ。      「横浜刑務所のパスタ」を企画したのも小山田作業専門官だ。

厳重な鉄格子にかこまれた製麺工場
小山田
作業専門官

横浜刑務所の製麺工場です。改修工事で何か新しい工場を立ち上げようとなった時、 横浜というとやはり中華街という事で、平成10年に製麺工場ができました。

全員白衣!厳重な衛生管理

製麺工場で刑務作業を行うのは15人の受刑者。年齢は20代から60代。刑務所が適正を見て選んだ受刑者だ。どのような適正で選んだのかを聞いたが理由は機密だという。
受刑者の中には、その刑務作業に合わせた適正があるかのように偽る人間もいるからだそうだ。
 

製麺工場は刑務所の中で最も衛生管理されたところだ。殺菌された白衣に着替え、アルコール殺菌を行った後、細かいチリや異物を高圧空気で飛ばす電話ボックスのような設備を通り抜けなければならない。 中に入ると白衣の受刑者が無言できびきびと作業を行っていた。
 

厳重な衛生管理 白衣で作業

なぜ?パスタ

小山田さんは、刑務所作業製品を企画し、刑務作業の工程を考え、受刑者に作業を教育する。 「横浜刑務所のパスタ」の企画はコロナ禍がきっかけだという。
 

小山田
作業専門官

矯正展のイベントもできず、どういう形で刑務所作業製品を広報していくか、新製品で何かヒット商品を生み出せないか探していたところ、コロナ禍でパスタの需要が伸びているというニュースを見たのをきっかけに、パスタの開発にとりかかりました。

材料は小麦と水と塩のみ 全部手作業

それから10ヶ月もの期間をかけて原材料の吟味から製造行程の作業を決め、やっと生まれたパスタ。 「フェットチーネ」と呼ばれる、太くて平たいパスタだ。これまで作ってきたうどんの製造方法を生かし、 粉から製麺までの、すべての工程を刑務所内で行っている。
 

原材料の小麦にもこだわりが

 

小山田
作業専門官

小麦粉はデュラム小麦というものを使っています。通常の小麦粉よりも価格がちょっと高いんですが、「パスタ感」というのが十分に出ますし、風味を楽しめます。

異物が入らないよう細心の注意をはらいながら、小麦粉と水と塩のみを攪拌機で混ぜて生地をつくる。 生地に圧力をかけて伸ばし、帯状に巻いていく。その後15分間熟成させる。
小山田さんは「熟成時間は長すぎても生地がだれてしまうし、短いと熟成が進まない」という。 熟成時間や生地の厚みなどは、何度も何度も試行錯誤してたどりついた独自の製法だ。
 

手作業で生地を巻き  熟成させる

とにかく手間と時間をかける

熟成させた生地をおよそ1センチほどの太さにして長さ3メートルで切断した後は、パスタを乾燥させるため棒に掛ける。一本一本の間隔を均等に、手作業で掛けていく。
 

熟成させた生地を幅1センチに切断

それから一晩かけて乾燥させる。乾燥は天井に扇風機を取り付けた専門の部屋で行う。 パスタの表面に風をまんべんなく当てないと乾き方にむらが出て、伸びすぎたり、ねじれてしまう。 気が抜けない作業が続く。
 

伸びやねじれがないかを確認し、一晩かけて乾燥させる
小山田
作業専門官

生麺の状態だと、自分の重さで伸びていってしまうので、風を当てながら少し表面を乾燥させ、伸びを防ぐ作業です。

乾燥が終わると、同じ長さに切断してそろえる

最後に厳しい関門が

一晩かけて乾燥させたパスタを切断し、いよいよ最後は選別作業。 袋に入れる前にすべてのパスタを一本一本曲がりがないかを確認しながら選別する。 ここまでこだわって作ったパスタだが選別作業で少しでも曲がったり、ねじれがあるものは規格外となる。 2割ほどのパスタが規格外となりはじかれていた。
パスタの製造過程を取材してきて、かなりの手間と時間をかけたのにもったいないと思ったが、小山田さんはこの最後の選別が一番大切だと語る。
刑務所の製品ということで、ちょっとでも質が悪いようなイメージをもたれないように厳しい基準で選別するそうだ。

厳しい基準で選別 2割のパスタがはじかれる

強みは人件費と時間を考えなくてもよいこと

いまどき、ここまで時間と手間をかけて、すべて手作業で作るパスタはあるのか? 
「横浜刑務所で作ったパスタ」の人気の秘密は、こだわりの原料、すべて手作業、製造過程にたっぷり時間と手間をかけることができるという、「効率」とは正反対の環境だからこそ生まれたものだった。 民間企業では最もコストがかかり削られる「人件費」と「時間」を考慮しなくてもいい、刑務所でしかできない作業だった。

小山田
作業専門官

当然、人件費というものはかかりません。刑務作業は手間と時間をかけられるというところがメリットだと思います。利益を追求せずに受刑者の社会復帰に向けた刑務作業を目指せる点が民間企業とは違います。利益を求めないからこそ大量生産しなくても良い製品を作っていける。刑務所の中の限られた設備の中でいいものを作ろうと思います。

訳ありの人々をまとめる苦労

製麺工場を取材して感じたのは、小麦粉からパスタが完成するまでの行程には、細かな配慮と確実な動作が求められるという事。 
この行程を20代から60代の受刑者に教えてミス無く実行させるのは大変だ。 作業を監督中の小山田さんは常に受刑者から目を離さない。
すべての作業がきちんと行われているのか、指先の動きまですべてを見ている。 
小山田さんによると、受刑者の中には刑務作業を自分から望んでやっていない者もいるため、やる気のある受刑者とモチベーションの差があるという。 
そのため、個人個人に指導をして、その差を埋め、品質を高めていくのが難しいという。

受刑者の動きを鋭い視線で監視

パスタ人気は受刑者にも良い影響が

小山田さんは、パスタが世間で好評だと受刑者に伝えることで、受刑者が前向きに刑務作業に向かうのを期待している。
製麺工場で刑務作業をする2人の受刑者にインタビューした。

受刑者 A (窃盗や詐欺など) お手紙や感謝の言葉をいただくと、中にいる私たちはあまり感謝されるというような事をしてこなかったので、そうやって人から感謝されると、出所してから人と接して感謝してもらえるような仕事がしたいという目標ができ、頑張っています。

受刑者 B (強盗の共謀罪) やっぱり作っているものが売れるならうれしい。うれしい気持ちは大事にしたいな。
こういう気持ちでシャバでも、同じような事やろうかなという考えはあります。

 

受刑者の中には、世の中で喜ばれている、自分が作ったものを喜んでくれている人がいるという事を、率直に喜び、それが前向きの方向にむかっている受刑者もいるので、そういう声は直接受刑者に伝えたいと思っています。

全国矯正展でも大人気

 

2万6千人が訪れた「第63回全国矯正展」

横浜で人気のパスタ。全国へのお披露目の舞台がやってきた。 12月9日と10日、東京国際フォーラムで、法務省主催の「第63回全国矯正展」が開催された。 全国各地の刑務所作業製品が一同に並ぶ展示即売会だ。新潟刑務所の漆ぬり、三重刑務所の木工家具、 富山刑務所の神輿、甲府刑務所の応接イス、福岡刑務所の本革バッグ、徳島刑務所の藍染めの帽子、 栃木刑務所の手芸など、どれもとにかく手間のかかる手作業でつくられた製品だ。 お手頃価格とあって、2日間でおよそ2万6千人が訪れた。

「横浜刑務所で作ったパスタ」コーナーは大人気

この会場でも「横浜刑務所で作ったパスタ」は大人気。
SNSなどで知った人達が列をなして、次々と買い求めていた。
会場に設けられたパスタを食べるコーナーにはエプロン姿の小山田さんも。
ゆで時間8分。ベストタイミングでゆであがったパスタを次々に盛り付ける。 およそ800食用意したパスタは昼過ぎには完売となった。

 

エプロン姿でパスタを盛りつける小山田作業専門官

売り上げの一部は犯罪被害者支援へ 

小山田
作業専門官

実際に食べていただいたお客様が、おいしかったという事で自信が持て、非常に良い機会でした。たくさん売れると次の製品をつくる原材料を購入できるようになり、また売り上げの一部は犯罪被害者の支援にも使われます。全国矯正展での販売状況やお客様の声を受刑者に伝えていきたいと思います。

本当に美味しい!

横浜刑務所の中に入って取材して分かった「横浜刑務所で作られたパスタ」の人気の秘密。 それは、多くのこだわりと、時間と手間をたっぷりかけた手作業の末に生まれたものだった。
全国矯正展のパスタコーナーで、ゆでたてのパスタを食べた。 歯切れが良く、表面がとても滑らかでするすると喉を通り抜け、濃い小麦の味がする。 小山田さんによるとカルボナーラなどのクリーム系のソースと相性がいいという。 受刑者の社会復帰を願いながら食べることで味わいも深まると感じた。 
 

「横浜刑務所で作ったパスタ」は、横浜市港南区にある横浜刑務所の刑務所作業製品展示即売所で販売中だが、いま(2023年12月現在)は大人気で品薄のため、お一人さま2点までの制限がある。
是非一度、実際に食べみてほしい。

クリーム系ソースとの相性抜群

取材した動画はこちらからご覧になれます。(動画は一定期間が過ぎると削除されます)

  • 横浜局 報道カメラマン

    渡部泰山

    報道カメラマン歴25年以上。横浜局は2度目の勤務。筋トレと美食が趣味。

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