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フラッシュオーバーと同様の現象か 駐車場大規模火災に迫る

  • 2023年11月01日

ことし8月、神奈川県厚木市の立体駐車場で152台もの車が燃えました。
現場を独自に撮影して専門家と分析したところ、炎や煙の熱によって駐車場全体に一気に燃え広がる「フラッシュオーバー」と同じような現象が起きていた可能性があることがわかりました。
イギリスの空港の駐車場で1000台以上の車が被害を受けるなど、海外でも同様の大規模火災が相次いでいます。
日本で過去最大とみられる駐車場火災の深層を取材しました。

現場を撮影

火事からおよそ2か月後のことし10月、NHKはパチンコ店の許可を得て駐車場に立ち入り、現場の状況を取材・撮影しました。
2階にはいまも112台が残っていました。

▽車の焼損状況は
車の多くはタイヤのゴムが焼けてホイールだけになっていたり、鉄の骨組みだけが残ったりするなど火の勢いが強かったことが確認できました。

店によりますと、火元の車の風下に止められていた車の延焼が激しかったということで、風下の車は、車の形はわかるものの、鉄骨だけ残っている状態です。
風下にあるほとんどの車は、窓ガラスやタイヤのゴム部分はなくなり、車の内部も黒く焼け焦げてシートの鉄骨だけになっています。

▽天井も崩れ落ちる
火元となった車の風下にある天井の一部は、元の位置よりも下に垂れ下がっていました。
天井が崩れ落ちないようにするため、天井を補強する支えが設置されていました。

2階の天井
1階の天井

▽火元の車は
火元の車は駐車場の南側の中央付近に止まっていたということで、厚木市消防本部によりますと、ディーゼル車の比較的新しい車でメーカーにも引き渡され、調査しているということです。 

現場で対応したマネージャーが語る

火事の発生状況(厚木市消防本部への取材)

(8月20日 午後2時40分頃)
ドライブレコーダーの映像から、火元の車が駐車場の2階の中央付近に停車してからまもなくの午後2時40分ごろ、エンジンの下の部分から出火。
(8月20日 午後2時46分頃)
「車が燃えている」という通報。
消防がおよそ10分後に現場に到着した際、煙はすでに2階部分に充満。
(8月20日 午後6時41分に鎮火)
当時、駐車場にとめてあった337台の車のうち、2階を中心にあわせて152台が燃える。火元の車は比較的製造が新しいディーゼル車だということですが、詳しい出火原因は調査中。

立体駐車場で火災が起きた当時、現場で対応した店のマネージャーの男性がNHKの取材に応じ、火事の詳しい状況について証言しました。

マネージャーの男性
「火災報知器が鳴ったので事務所から駐車場の位置を確認して現場に向かいました。階段をのぼって2階にあがったところ、遠目に黒煙がはっているのが見え、通路を進んでいくと火元の車のボンネットから火が出ていたのが見えました」

初期消火を試みようとしたところ、爆発音が聞こえたということです。

マネージャーの男性
「移動式の消火設備のホースを引き出して消火に向かうときに『ボン』とかなり大きな爆発音が鳴りました。半年に1回の訓練で消火の手順は把握していましたが、体験したことがなく、恐怖や衝撃波を感じました。『初期消火は無理だ』と思えるくらいの爆発でした。応援の従業員を呼んで手分けをして、車の中に残っている人がいないかを確認したり、避難誘導したりしました。『どうしたらいいのか』と正直、混乱しました」

専門家が分析

冨田研究員

車両火災に詳しい民間の「法科学鑑定研究所」の冨田光貴研究員に現場の映像を分析してもらいました。
まず注目したのは、車の燃え方です。

窓ガラスやタイヤのゴムが焼けたり、骨組みだけになったりした車がいたるところに残っていました。

冨田研究員
「これほどまでの規模の車両火災は見たことがない。周囲の温度はだいたい600度から800度ぐらいになっていたのではないか」

次に注目したのは天井の燃え方です。

天井は黒く焼け焦げ、天井を支える柱が折れ曲がるほど高温になっていたことがわかります。

冨田研究員
「天井や鉄骨を見てみると非常に高熱を受けていたと考えられる。天井やその周辺が湾曲していて高温にさらされたと考えられる」

冨田研究員は車や天井の被害の状況などから、天井に届いた火や煙が広範囲に伝わり、温度が上昇することで可燃物が自然に燃え出してしまう「フラッシュオーバー」と似た現象が発生したのではないかと指摘しています。
これは、住宅の室内のように密閉された場所で火事が起きると、連鎖するように一気に部屋全体に広がる現象です。

冨田研究員
「室内のように密閉された環境ではないので一気に周囲が高温になることはあまりないが、今回は屋外で空気が通る状況だったにも関わらず、炎や煙を外に逃すことができなかった結果、火災が拡大したと考えられる」

また、入手した駐車場の図面と被害状況を照らし合わせたところ、風下にある車の内部が焼け焦げ、シートの鉄骨があらわになるなど大きな被害を受けていたことがわかりました。
冨田さんは、風上から風下に抜けていく風によって炎や煙の熱の影響を大きく受けたのではないかと指摘しています。

複数の要因が重なったか

厚木市消防本部は、多くの車に燃え広がったのは複数の要因が重なったことが考えられるとしています。
消防では火事の詳しい原因などをまとめた調査結果をことし12月に公表する予定です。

「初期消火できず」
消火器など法律上必要な消化設備は備え付けられていたが、大きな爆発音が聞こえたことなどから初期消火ができなかった

「車の密集と空気の供給」
車が密集した状態であったことや開放性のある構造で空気が供給されやすく、火の回りが早かったと考えられる

「高温な環境」
天井があることによって熱が外に逃げずにこもり、高温な環境になったと考えられ、ガソリンなどの燃料や樹脂製品などが燃え始めたのではないか

「自走式駐車場」とは

街なかで見かける自走式駐車場。
市民が利用する商業施設や病院などに併設されています。
製造メーカーで作る「日本自走式駐車場工業会」によりますと、加盟する企業が製造した駐車場の数は、国内におよそ1万件ほどにのぼるということです。

特徴
▼開放的な構造のため火事の煙が外に抜けて駐車場内に充満しにくいこと
▼柱やはりの主要な構造部に耐火性があること
▼短い期間で施工できる
▼製造コストの安さ

同じタイプの立体駐車場を厚木市消防本部予防課の担当者に案内してもらいました。

厚木市内の立体駐車場

開放性があることなどを理由に「移動式粉末消火設備」のほか、法律上必要な「消火器」「自動火災報知設備」「誘導標識」が備え付けられていました。
法律上、スプリンクラーなどの設置義務はありません。

移動式粉末消火設備のホース

日本自走式駐車場工業会によりますと、過去に150台以上が燃えたケースはこれまでに把握していないとしたうえで、詳しい原因がわかれば、消防庁と相談しながら対策について検討したいとしています。

海外では大規模な駐車場火災が

火災のメカニズムに詳しい東京理科大学の関澤愛教授に話を聞きました。
関澤教授はまず、駐車場の自動車火災の件数自体は減少傾向にあると指摘しました。

東京理科大学 関澤愛教授

関澤教授
「駐車場における火災が危険性を増しているということは決してなく、過去40年間の車庫や駐車場の統計から見ると、2000年ごろを境に減少している。当時、車庫や駐車場で年間450件ほどだったが、現在は150件を下回るほどに減ってきている。自動車のボディ自体の安全化が図られているほか、衝突時のガソリン漏れの量を少なくするとか、使用してる内装材の樹脂の難燃性を高めるといったことが影響していると思われる」

その一方で、海外で大規模な火災が起きていることから、対岸の火事にしないことが重要だと指摘しています。

関澤教授
「国内の駐車場火災では1台から3台ぐらいの規模でとどまっていて最大でも14台だ。今回のように152台も焼損したというのは初めてではないか。一方、海外では近年、イギリスの飛行場の駐車場で1000台以上が被害を受ける火災が起き、ノルウェーでも大規模な火災が起きている。対岸の火事だと思っていたのが、必ずしもそうでなくなったというのが今回の事故で突きつけられた課題かと思う。火災のリスクに対する対策も考えていくべきだ」 

必要な対策は?

関澤教授は、同じような大規模な火災が国内で起きないとは限らないとして、3つのポイントを指摘しています。

「避難の方法」
早い段階から黒い煙が充満していく可能性があるということを考えると、時間帯によっては駐車場といえども人が大勢いる場合や、自動車を取りに戻ってきてしまう人がいる場合がある。
避難の呼びかけや避難の誘導をしっかり考えていく必要がある。

「早期発見と初期消火」
火災の早期発見と初期消火が大切。そのための設備として「炎感知器」という炎を見つけることができるものがある。また、死角がないように駐車場をくまなく見渡す監視カメラを設置して感知器の作動とともにその場所を特定して早期の消火に役立てることも大切だ。

「特定駐車場用泡消火設備」
今回は、人が使う「移動式消火設備」などが使えなかった。自動消火設備となると、重装備でコストや負担がかかる。今回の火災を踏まえて、お客さんの車を守るという視点から自動消火設備の設置を考えていくべきではないか。その際の選択肢として、従来の泡消火設備に比べて、比較的コストが少なくて済む「特定駐車場用泡消火設備」も選択肢の1つではないか。

消防庁も今後対策を検討

総務省消防庁は火災のメカニズムに詳しい有識者などで作る「予防行政のあり方に関する検討会」を平成18年から開催してさまざまなテーマについて議論を進めています。
消防庁は、今回の火災を受けて、検討会などの場で消火設備のあり方などを検討したいとしています。

<検討のポイント>
・国内外で起きた駐車場火災の事例や実験データをもとに被害が拡大した要因を調べる
・立体駐車場における今後の消火設備のあり方についても対策を検討

また、秋の全国火災予防運動にあわせて、ことし9月、都道府県などに向けて通知を出し、駐車場などの安全対策の徹底を呼びかけています。

消防庁の通知(一部抜粋)
・駐車場には多くの車が駐車されていて、燃料や樹脂製部品が存在するため、出火した場合は延焼拡大しやすい
・可燃物の管理や自動火災報知設備などで早期に覚知することが重要
・火事の拡大を防止するため、ためらうことなく通報するとともに、消火器などを用いた初期消火を実施できるようにするため、訓練を行うことなどが重要

車の撤去や営業再開は?

ことし9月、火事が起きたパチンコ店は、自走可能な車をクレーン車で駐車場の外に移動させる作業を行いました。

最も多くの車が燃えた2階ではいまも112台の車が残り、いずれも全損の状態だということです。

▽廃棄
店側は、1台1台の車について、所有者の承諾を得ながら車の廃棄処分を進めるとしています。
店側は電話や郵送で所有者と連絡を取っていますが、一部の所有者とは連絡がつかないことなどから合意できていない状況だということです。
車の廃棄費用は、個人で撤去や廃棄をすると5万円から10万円ほどかかるということですが、店が全額負担する方針です。
今後、所有者の承諾が取れた車の撤去を進めるとともに、駐車場の取り壊しを進めて営業を再開したいとしています。

▽車の補償
火事の被害にあった車の補償については、車両保険をかけているかどうかによるとしています。

マルハン厚木北店 磯部友彦店長
「この台数と状況なので時間がかかるため、困難極まりなく、相当な時間がかかると予想しています。お客様の了承を得ながらスムーズに進め、1つ1つ問題をクリアしながら、最終的には元通り営業できるように努力していきたいです」

  • 小林奈央

    横浜放送局記者

    小林奈央

    2022年入局。神奈川県警担当として事件・事故の現場取材に駆け回っています。

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