2022年11月、ユネスコの無形文化遺産に登録された「山北のお峰入り」。700年前から伝わるとされる伝統の踊りですが、今は集落の過疎化が進んで担い手不足に直面しています。踊りを支えたのは県外から移住してきた若者たちでした。半年間、地元の人たちと交流しながら成長する姿を取材しました。
2023年10月8日、山北町の共和地区に伝わる「お峰入り」が6年ぶりに披露されました。
集落の男性88人が山伏やてんぐなどにふんして、練り歩いたり踊ったりします。
700年前から伝わるとされています。
山岳信仰を由来として、さまざまな芸能が取り入れられた、類を見ない民俗芸能です。
ユネスコの無形文化遺産に登録されている24都府県41件の「風流踊」の1つです。
お峰入りが伝わるのは山あいの共和地区です。
人口は150人余り。人口減少と高齢化が進み、踊りの担い手不足が深刻です。
2023年1月、保存会が会合を開いて演者を決める際には、「足が悪いから出られない」とか、「体調が悪いので今回は遠慮させて欲しいと言われた」といった声が相次ぎました。
そこで頼ったのが県外から移住してきた人たちです。
花形の「棒踊り」を担うことになったのは、20代から40代の6人です。
保存会が商工会などで接点のある人たちに声をかけました。
池谷賢さんは12年前、千葉県から移住しました。
今は地元の木工品の販売などを仕事にしています。お峰入りに参加するのはもちろん、存在を知ったのも2022年のことでした。
池谷さん
仕事を通して山北町のよさを発信していて、自分が住んでいる町をよくしていきたいなという思いがあります。
共和の人間ではないですけど、参加させてもらえればさせてくださいと伝えました。
それぞれ仕事をしている6人。仕事が終わった午後7時以降に集まって練習します。
指導役は地区で生まれ育った井上広正さんです。
棒踊りで難しいのが全員の動きをそろえることですが、独特な動きとリズムにタイミングを合わせるのは簡単ではありません。
2023年9月、園児を前に踊りを披露する機会がありました。
しかし、池谷さんと井上さんの動きがまったく合いませんでした。
井上さん
きょうはちょっと点数つけられないですね。0点です、0点。
池谷さん
やっぱり完璧を求めていかないとですね。
本番までの1か月、池谷さんたちは毎晩のように練習を重ねました。
踊りの様子を撮影し、6人の足の運び方や棒を振るリズム、それにお囃子や太鼓とタイミングが合っているかを確認します。
ときには、一緒に練習している地元の人たちから、「全般的にテンポが遅い。もうちょっと速くしないと」など、厳しい指摘が飛ぶこともありました。
お囃子を吹いたり、太鼓をたたいたりして演者を支える地元の人たちは、かつて「棒踊り」を担った大先輩です。
池谷さんは「もともとやっていた方に指導を受けると、伝統を受け継いでいると感じます。メンバーの一員として認められているというか、すごくうれしいです」と話していました。
迎えた本番の日、全員が伝統の衣装に身を包んで、地区の神社に奉納します。
練習を繰り返した足の運びは見事にそろいました。
井上さん
やり遂げた今、まずは皆さんをねぎらってあげたいですね。きょうの演舞は100点です。
池谷さん
泣きそうですよ、本当に感動的です。移住者ですけど、完全に山北の人間になったという感じがします。見てもらった人に『いいな』『すごいな』と感動してもらい、これからも山北町の財産として続けていって、子どもたちにもちゃんと引き継げるように盛り上げていきたいです。
本番までの過程を長期間取材して、「山北のお峰入り」が地域を一つにつなぐ役割を果たしているように感じました。これも民俗芸能の1つの効果なのだと思います。
民俗芸能の伝承は各地で課題となっていて、鹿児島県いちき串木野市の「市来の七夕踊」など国の重要無形民俗文化財に指定されながら、後継者不足を背景にユネスコへの提案に参加できなかったケースもあります。
そうした中で「山北のお峰入り」は伝統を受け継ぎつつ、新しい人、新しい形を取り入れて歴史をつないでいく一つのあり方を示しています。
民俗芸能がこれからの地域にとってどんな存在になっていくのか今後も取材を続けていきたいと思います。