ページの本文へ

  1. 首都圏ナビ
  2. かながわ情報羅針盤
  3. 横浜市鶴見区の女子大学生殺害事件で元交際相手を殺人罪で起訴

横浜市鶴見区の女子大学生殺害事件で元交際相手を殺人罪で起訴

  • 2023年07月20日

横浜市鶴見区のマンションで女子大学生が殺害された事件で被告が起訴されました。2人をめぐっては過去に4度、暴力をめぐる通報が寄せられていました。「2人の交際状況をどう見るか」「デートDVの実態はどのようなものか」を専門家に取材しました。

殺人罪で起訴

横浜地検は7月20日、23歳の被告を殺人の罪で起訴しました。
起訴状などによりますと、6月29日、横浜市鶴見区東寺尾中台のマンションの敷地内で、このマンションに住む女子大学生を包丁で刺すなどして殺害したとして殺人の罪に問われています。
これまでの調べで、被告は事件当日の朝、合鍵を使って、大学生が暮らす部屋に侵入した疑いがあることがわかっています。
捜査関係者によりますと、被告は家族に見つかって部屋を追い出されたあともマンションの敷地内にとどまり、その後、外に出てきた大学生を包丁で襲ったとみられるということです。

4回の通報と警察の対応

事件をめぐっては、おととし(2021年)からことし6月までの間、「交際相手とけんかをしている」などという通報があわせて4回、警察に寄せられていました。

【①回目/2022年10月】
はじめて通報があったのは、おととし10月。
高校生だった被害者が友人と遊んでいたところ、交際していた被告があらわれて、連れ戻そうと腕を引っ張ったという内容でした。

【②回目/2022年6月】
2回目の通報は2022年6月。
大学生から「けんかで部屋を追い出されたので荷物を取り返したい」という内容でした。

【③回目/2022年12月】
3回目の通報はそれからおよそ半年後の2022年12月。
被告の自宅の近くに住む人から「男女の言い争う声が聞こえる」という内容でした。
大学生は駆けつけた警察に対し、「『別れるなら殺す』と言われた。別れ話をしていたら首を絞められた」と話していたということです。
それからおよそ1か月後、警察が電話で連絡したところ、大学生は「あのあと、仲直りをした。
トラブルがないように関係を続けていきたい」と話したということです。

【④回目/ことし6月22日】
最後となった4回目の通報は、事件の1週間前にあたる、ことし6月22日の午後8時ごろ。
大学生の自宅マンションに被告の車で送ってもらっているときにけんかとなり、車内で被告からたたかれたという内容でした。

4回の通報のすべてで警察は現場に駆けつけて状況を確認し、必要に応じて口頭で注意した上、2人の親にも保護者として子どもをよく見守るよう求めたということです。
ただ、4回目に限っては電話がつながらず、被告の母親には具体的な対応を求めることはできませんでした。
また、このとき警察は、「被告が知らない場所に避難したらどうか」と大学生やその家族に提案しましたが、その意思はなかったということで、継続して状況を確認することにしました。

一方で、このとき、被告の車のなかに、大学生の自宅マンションの鍵や授業で使う教科書などが入ったリュックを置き忘れていたことがわかり、翌23日、大学生の母親が「娘の荷物を返してもらいたい」と警察に連絡しました。
警察が、被告に連絡し、警察署でリュックの中身を確認したところ、鍵や教科書は入っていませんでした。

警察は、大学生の両親を伴って被告の部屋を訪れ、被告立ち会いのもと室内を確認したところ、教科書は見つかったものの、鍵は見つかりませんでした。
このため警察は大学生の家族にマンションの部屋の鍵を替えるなどの指導をしたということです。

暴力や束縛めぐる証言も

大学生の複数の友人の証言によりますと、被告からたびたび暴力を受けたり、頻繁に連絡を受けたりするなどしていたということです。
▼馬乗りになって殴られる

小学生のころからの友人だという男性
「2年ほど前から付き合っていた男に、馬乗りになって殴られ、2か月ほど前に別れたと聞いた。そのあともしつこく連絡があったと相談されました」

▼「別れたらどうなっても知らないからな」という内容のDM

別の男性
「元交際相手から一方的にDMが送られてきていて、困っていると言っていました。『おれと別れたらおまえどうなっても知らないからな』というような脅迫的な内容だったそうです」

▼束縛と頻繁な連絡
大学生が通っていた大学の同級生だという女性2人によりますと、被告は束縛が強く、異性の友人と関わるのを禁止したり、頻繁に連絡してきたりしたということです。
大学生は交際していた被告について話すこともあり、「DV気質で、怒ると暴力を振るわれる。この前はおなかを蹴られた」と打ち明けたり、腕にあざができていたこともあったということです。

事件についてどう見る

横浜市にあるNPO法人「女性・人権支援センター ステップ」は、交際関係にあるカップルに起きる、いわゆるデートDVやストーカー問題で加害者や被害者の支援にあたっています。
2人をめぐる4回の通報の内容、そして事件をどう見るのか。
NPO法人の栗原加代美理事長に話しを聞きました。 

栗原理事長
「交際中にたびたび起きている暴力的な行為などをみる限り、2人の間で起きたことは典型的なデートDVだと考えられる」

NPO「ステップ」栗原加代美理事長

その上で、カップル間で起きる「デートDV」やストーカーに発展するケースで加害者側に多くみられる心理状態について次のように話しています。

栗原理事長
「加害者の多くは、自身の孤独や愛情の不足を満たしてくれるパートナーを失うことに過度な不安を抱き、生きていけないとさえ感じている。そしてその不安に耐えきれず、相手を脅し恐怖を与えてでも従わせようという行動に出てしまうケースが多くみられる」

栗原理事長によりますと、「別れたら殺してやる」とか、「人生めちゃめちゃにしてやる」などと脅すような強い口調で別れることを拒んだり、自宅や仕事先まで訪ねてきたりした場合は、危害を加えられかねない、危険な兆候だと指摘しています。

栗原理事長
「『犯罪者にしたくない』と考え、警察への通報や相談をためらう被害者が多くみられるが、命を守るためにも警察や行政に相談し、安全な場所に避難したり、仕事を休んだりして相手の前から完全に姿を消すことを優先してほしい

一方、今回の事件では、被害者の大学生と被告との間で事件前に合わせて4回にわたって通報などがあり、そのつど、警察が対応にあたっています。
この点について栗原理事長は、次のように考えています。

栗原理事長
「警察としては、大学生側の相談にそのつど乗っていたとみられ、現在の法律の枠組みの中で精一杯の対応をしていたように思う。被害者側が被害届を出さない以上、警察としては暴行など何らかの法律を適用して逮捕することは難しく、双方の事情をその場で聞いて引き離すなどの対応しか取れないのが現状だ」

「加害者への対策も必要」

栗原さんは、事件が相次ぐ背景には、現在のDVやストーカーをめぐる問題では加害者への対策が置き去りにされていることがあると指摘しています。

栗原さんが運営するNPOでは、夫婦間やカップル間のDVの加害者などを支援する取り組みを行っています。

加害者自身の生育歴や過去の経験について話をゆっくり聞く個別面談のほか、WEB上で講座形式で学ぶ「更生プログラム」を週6日、開いています。

プログラムでは、栗原さんや専門のスタッフが講師となり、DVが起きるさまざまな原因や、パートナーに対し瞬間的に抱く怒りの感情のコントロール方法などについて学びます。
参加者1人1人が、最近の自分の生活状況や心の変化を語り合う場も設けられています。

更生プログラムの様子

栗原理事長
「加害者側の生育歴までさかのぼって話にしっかりと耳を傾けたり、感情のコントロール方法などについて学ぶ機会を提供したりすれば、しっかりと立ち直りができる加害者は多くいる。現在の仕組みのように加害者に対して警察が注意や警告を与えておしまいではなく、加害者に特化した更生プログラムにつなげる仕組みを確立することが急務だ」

デートDVの実態とは?

デートDVとはどのようなものなのか。
その実態について、横浜市にあるNPO法人「エンパワメントかながわ」の阿部真紀理事長に取材しました。

デートDVの例
▼殴る蹴るなどの身体的暴力
▼『返信が遅い』と怒ったり、いつどこでだれと何をしているのかを常に報告させたりするなど行動を制限する行為
▼『別れたら死ぬ』という精神的な暴力
▼経済的な暴力など

阿部理事長
「デートDVは、10代のカップルの3組に1組で起きていると言われていて、実はとても身近な問題だ。加害者について簡単に『こういう人だ』とは言いきれず、枠組みにはめることによって『じゃあ、自分は大丈夫だ』というように、人間の心理として他人事になってしまう。そうではなくて『誰もが被害者にも加害者にもなり得る』と考えることが必要だし、そのことが予防にもつながる」

阿部真紀理事長

▼周囲の支援も重要
また、デートDVの被害に遭っている人がいた場合、周囲の人が「あなたは悪くない」などと繰り返し伝えることが大切だと指摘しています。

阿部理事長
「被害者はなにかにつけ加害者から『お前が悪いんだ』と言われ続けている。被害者の揺れる気持ちをそのまま受け止めて、自尊感情を取り戻すことが必要だ」

▼周囲の人もためらわず相談を
また、家族など周囲の人が当事者への支援を続ける中で疲弊する場合があり、そうした場合は、支援団体などにためらわずに相談して欲しいと指摘しています。

阿部理事長
「被害者の頭の中は、交際相手のことでいっぱいになっていることが多く、家族など周りの人が『私もあなたのことを大切に思っているんだよ』と伝え続けるのは大変なことだ。そのため、周りの人の中にはごはんを食べられなくなったり眠れなかったりするほど疲弊する人がいる。家族など周りの人が被害者に寄り添うと同時に、疲弊した場合は、専門機関などに相談したり助けてもらったりすることが重要だ」

現在のDV防止法“カップル”は適用範囲外の例も

現在のDV防止法では、裁判所が、つきまとうことなどを禁止できる保護命令を出せるのは次のような場合です。

対象
・配偶者からの暴力
・同居している交際相手からの暴力など

つまり、交際相手からの暴力が対象になるかは、同居しているかどうかが基準となっていて、一緒に暮らしていないカップルには適用されません。

そのため、複数の識者の間では、同居しているかどうかに関わらず、交際相手からの暴力をDV防止法の対象とすべきだという声もあがっています。

この点について、阿部さんも、一緒に暮らしていないカップルも対象とすることは諸外国から見れば、当たり前のことだとしています。
その上で、法律の運用面の改善も必要だと指摘しています。

「エンパワメントかながわ」の阿部理事長
「日本のDV防止法に基づく保護命令はほとんど出されていないのが現状だ。今の運用方法のまま、デートDVをただ法律の対象にするだけで変わるということではないと思う」

チャットで相談を受け付け

横浜市では被害を受けやすい10代、20代の若年層にとっては、電話よりもチャットの方がより相談しやすいとして、ことし3月からチャットでの相談窓口を新たに開設しました。
市のホームページから専用窓口にクセスすると、チャットの画面で相談することができます。 

チャット相談のイメージ

横浜市がこうしたチャットによる相談を導入した背景には、相談を受け付けているNPO法人「エンパワメントかながわ」が、3年前(2020年)に始めたチャットによる相談の利用者が電話による相談と比べて増えたことがあります。

チャット相談に対応するデートDVの専門員

▼NPO法人に寄せられた相談件数(去年1年間)
チャット相談・・・1356件(電話相談のおよそ3倍)
▼対応時間
平日と土曜日の午後7時から午後9時まで。専門の相談員が対応。

横浜市のデートDVの防止に関するURLはこちら(NHKのサイトを離れます)です。
横浜市のチャットによる相談窓口のURLはこちら(NHKのサイトを離れます)です。

  • 関口裕也

    横浜放送局記者

    関口裕也

    2010年入局。福島局、横浜局、政治部を経て、2022年8月から再び横浜局。横浜市政などを取材。

  • 田中常隆

    横浜放送局記者

    田中常隆

    2011年入局。初任地は水戸放送局。 2016年から在籍した社会部では検察・裁判など司法分野を担当。2022年から横浜放送局で警察、司法分野を中心に取材。

ページトップに戻る