ページの本文へ

かながわ情報羅針盤

  1. 首都圏ナビ
  2. かながわ情報羅針盤
  3. 厚木車内放置きょうだい死亡事件 裁判詳報④

厚木車内放置きょうだい死亡事件 裁判詳報④

母親に判決 懲役3年6か月の実刑
  • 2023年3月8日

2022年夏、厚木市で幼いきょうだいが車に放置されて死亡した事件から半年あまり。
保護責任者遺棄致死の罪に問われた母親に対する判決が8日、言い渡されました。

検察が懲役8年を求刑していたのに対し、裁判長は、懲役3年6か月の実刑を言い渡しました。
判決のあと裁判長は「あなたは母親として、大人として知らないことが多すぎる。その結果、悲しい事件が起きてしまいました。今回のことを無駄にしてはいけない」と諭す一幕もありました。
判決の内容を詳しくお伝えします。

事件とは

長澤麗奈被告(22)は、2022年7月、厚木市内の交際相手の家を訪ねた際に、駐車場に止めた車の中に、長女の姫梛ちゃん(2)と弟の煌翔くん(1)を放置して死亡させたとして保護責任者遺棄致死の罪に問われました。
当時、最高気温が30度を超える真夏日でした。
車内は高温となり、亡くなった2人の死因は熱中症によるものでした。

きょうだいが放置された車

これまでの裁判

横浜地裁小田原支部で2月28日から始まった裁判は、市民から選ばれた裁判員も参加して、これまで3回の審理が開かれました。
初公判以降、母親やその弁護士は、問われた罪や事実関係については認めていたため、刑の重さが最大の争点となっていました。
検察側と母親の弁護士側、それぞれの主張は次の通りです。

◆検察側の主張

検察官

母親は気温が30度以上になる中、幼い子どもを日光を遮るものがない場所に止めた車に2時間44分間も放置していて悪質だ。
水分補給などもできないまま、幼い命が2つも奪われた結果は重大だ。
母親は子どもを常習的に置き去りにしていた。警察から注意を受けるなどしたことから、置き去りにする危険性や重大性を少なくとも1度は認識していたが、真摯に受け止めず、保護者としての自覚を欠いている。今回の事件は起こるべくして起きた事件だ。
懲役8年を求刑する

◆弁護士の主張

弁護士

母親は日常的な虐待などはしておらず、むしろ、子どもを愛情を持って育てていた。今回の行為は決してしてはいけないことだ。
一方で、母親ははじめから長時間の放置をしようと思っていたわけではなく、前日にけんかをしていた交際相手から引き留められて、もう少し一緒にいたいという自分の気持ちを優先してしまった。
2人の子どもを失い、今回の事件で最大の苦しみを味わっているのは母親自身だ。父母なども更生に協力すると言っており、懲役3年が相当だ

判決 主文は“後回し”に

刑事裁判では多くの場合、裁判所としての結論や刑の重さを端的に述べる「主文」が、冒頭で言い渡されます。
しかし、8日の言い渡しの際、木下暢郎裁判長は、この主文を「後回し」にした上で、判決の内容から読み上げました。
主文が後回しにされるケースの多くは、死刑などの非常に重い刑が言い渡される可能性がある場合で、被告に最後まで落ち着いて判決内容を聞いてもらうため、こうした方法を採る裁判長が多いとされています。
今回の裁判で、主文が後回しにされた理由は分かりませんが、母親本人にしっかりと判決内容を聞いてほしいという考えがあった可能性があります。

横浜地方裁判所 小田原支部

以下、裁判長が述べた判決の内容です。

●裁判所が認めた事実●

母親は、事件前にも7、8回、冷房をかけた車の中に子どもたちを置いたまま、交際相手の家を訪れることがあった。事件の3週間前にも、長男を車内に放置したまま買い物にでかけて警察や児童相談所に事情を聞かれ、注意を受けたこともあった。

事件の日、母親はエアコンの設定を最低温度にし風量も最大にした上で、「短時間なら大丈夫だろう」と考えて、鍵をかけずに子どもたちを車内に残して交際相手の家を訪れた。
短時間で帰ろうと考えていたものの、交際相手に引き留められたり、自分も寝入ってしまい、2時間44分もの放置につながった

●母親の責任について●

真夏の炎天下に、屋根のない駐車場に止めた車の中にわずか1歳と2歳の子どもたちを放置しただけでなく、車は鍵もかけず、たばこの吸い殻も車内に残っている状態で、熱中症をはじめ、多くの危険に子どもたちをさらす行為だった
結果として幼い子どもたちが死亡したのは、本当に痛ましく取り返しのつかない事態で、結果は重大だ。

母親は、危険に対する感覚や意識が鈍いところがあり、事件前にも車内への放置を繰り返していたために「エアコンをかけておけば大丈夫」という安易な考えを深めた結果、事件につながった。
放置後も、子どもの様子を確認する機会はいくつもあったが、結果として一度も子どもの様子を見に行かずに安全確認を怠ったことは、母親自身の危険に対する感覚の欠如であり、非難されるべきものだ。
事件の究極の原因は、母親の無知や若さ、未熟さ、不勉強による危険意識の薄さだ

一方、今回の事件は、日常的に暴行を加え続けたり食事を与えなかったりといった、典型的な虐待事件とは明らかに異なる。母親に、子どもたちに対する悪意などは全く見当たらない。
母親は、若くして出産し、離婚して子どもたちを引き取り、社会経験の乏しい中、自分の母親など周囲の助言を素直に聞き入れながら、愛情を持って大切に子どもたちを育てていて、みずからの行為で死亡させてしまったことを深く後悔し反省もしている。

裁判長は、言い渡しの最後に主文を読み上げて母親に科すべき刑を言い渡しました。 

主文 懲役3年6か月に処する。

判決のあと裁判長は母親に語りかけ

判決の言い渡しのあと、裁判長は母親に対して次のように語りかけました。

裁判長

あなたは、物を知らないし、考えが足りていません。
母親として、大人として、運転する人として、いろいろと知らないことが多いです。はっきり言って、大人として未熟です。
結果として、今回のような悲しいことが起きてしまいました。今回のことを無駄にしてはいけません。
受刑している間にも、いろんなことを勉強してほしいです。
出所した後も、狭いところではなく、自分の世界、コミュニティーを広げてほしい。社会経験を広げて、再起更生してほしい。
好きとか嫌いとかではなく、一歩立ち止まって考えられる、良い大人になってほしいと思います。

母親は「はい」と返事をしながら、涙を流して聞いていました。

裁判が問うものは

1歳と2歳の幼いきょうだいが、高温の車内で母親の帰りを待ちながら命を落とすという胸が締め付けられるような事件に、私たち取材する記者もやるせない思いを持ちながら事件や裁判の取材にあたってきました。
裁判で明らかになったのは、母親が事件前から車中への放置を繰り返した上で、「今回も大丈夫だろう」と安易に考えていた事実でした。
また、母親は法廷で「“児童虐待”というのは、食事を与えなかったり育児を放棄することで、車の中に放置することは虐待ではないと思っていた」とも述べていました。
車の中に子どもを放置することは、たとえ数分であっても虐待にあたること、そして、子どもの安全を確保することは親の基本的な責務であることは言うまでもありません。
しかし、今回の母親と同じように、幼い子どもを育てている、いわば「なりたての親」の中には、小さな子どもの安全に関わる基本的な注意点について、理解が不足している人もいるのではないか、とも感じました。
幼い子どもたちを守るために、行政、教育現場、あるいは私たち地域社会としてできることはないのか。今回の事件を機に私たちも取材を続けながら考えていきたいと思います。

  • 北村 基

    横浜放送局 小田原支局 記者

    北村 基

    2017年入局。宇都宮局を経て、2022年8月から横浜局小田原支局。県西部の地域の話題を中心に取材に駆け回っています。

  • 田中 常隆

    横浜放送局 記者

    田中 常隆

    2011年入局。初任地は水戸放送局。 2016年から在籍した社会部では検察・裁判など司法分野を担当。 2022年から横浜放送局で警察、司法分野を中心に取材。

  • 小林 奈央

    横浜放送局 記者

    小林 奈央

    2022年入局 県警担当として事件・事故の現場取材に駆け回っています。

ページトップに戻る