神奈川県立厚木高校の野球部の中には、「研究班」があります。最も早い走塁の仕方など、野球についての研究を日々重ねているのです。一風変わったスタイルで勝利を目指す姿を取材しました。
(横浜放送局/記者 高橋哉至)
神奈川県立厚木高校は県内屈指の進学校で、文部科学省のスーパーサイエンスハイスクールに指定されています。
全生徒がテーマを見つけて、自由に研究できるのが厚木高校の特徴です。去年は、「野菜や生き物のふんからバイオエタノール燃料を作る研究」や「マスクの飛まつを抑える形状の研究」など幅広い分野に取り組みました。
野球部3年生の井上大誠選手も「木を使わずに紙を作る方法」などについて研究してきました。培った探究心をもとに、去年、仲間と一緒に野球部内にも「研究班」を立ち上げました。
研究テーマに選んだのは走塁です。バッティングやピッチングは個人によって個人差が大きいですが、走塁なら足が遅い人も速い人も、共通したやり方でタイムを縮めることができると考えました。
去年は1塁から2塁に向かって走るときの、最適なスライディングのタイミングについて研究しました。
それまではベースの手前で歩幅を小さくしてスライディングしていましたが、研究の結果、走った勢いのままベースを通り越すほどの勢いで滑り込むことが、最も速いことが分かりました。
井上大誠選手
「どうしたら結果がわかりやすく出るかとか、仮説を検証するためには、どんな実験をすればいいのかなどを、常に考えています。データを使って野球を見るというのがすごくおもしろいです」
厚木高校野球部にはホームランを量産するパワーヒッターがいません。少ないチャンスを確実に生かして得点するため、ことしは二塁ベースからホームへどれだけ速く走れるかを研究テーマにしました。
そのために使うのは「光電管」と呼ばれる装置です。ゲートを2カ所に設置して、通過するタイムを100分の1秒の単位で自動的に測定できます。
スーパーサイエンスハイスクールに指定されている厚木高校では、こうした測定機器を多く購入しているので、野球部の練習にも生かせているのです。
まずは従来どおりに走ってみると、三塁ベースを回るとき3メートルほど外側に膨らみ、タイムロスが起きました。
膨らみを小さくするためにベースの外側に障害物を置いて走ります。膨らみが小さすぎても窮屈になって速度が落ちるため、障害物を置く位置を細かく変えながら測定を繰り返しました。
測定を続けた結果、三塁ベースから1.5メートル膨らんだ時が最も速いことが分かりました。
さらに、二塁ランナーのスタート位置を3メートルほど外野寄りにすると、スピードを落とさずスムーズに回れることも分かりました。
研究の結果、平均タイムが0.16秒短くなりました。
井上選手
「50メートル走のタイムってそんなに早く改善しないと思うんですけど、野球はベースをまわるのでそのまわり方のコース取りとかでタイムを小さくすれば実際足が遅くても速いのと同じタイムが出せると思います」
頭では分かっていても実践は別です。理想のコース取りを体にしみこませるため、部員たちは何度も何度も練習を繰り返しました。
研究の成果は3月の県大会地区予選で現れました。
4回裏、ツーアウト二塁三塁。迎えるバッターは井上選手です。
見事レフト前にヒットを打ち、二塁ランナーは研究成果通りのコースで三塁を蹴ってホームへかえりました。1本のヒットで2点をもぎ取ることができました。貴重な追加点となり、勝利しました。
井上選手
「研究を通して、どうやって走塁すればいいか、考え方がしっかりできるようになってきているんじゃないかと思います。1つでも先の塁を狙うっていう意識をもっと持ってやっていきたいです」
厚木高校野球部はさらに研究を重ね、夏の県大会ではベスト16を目指しています。
【編集後記】
走塁は足の速い遅いをチーム統一の技術によってカバーすることができます。それを自ら証明する「研究班」は、新たな高校野球のスタイルだと感じました。「研究」という武器を持って強豪校に立ち向かう。またひとつ高校野球の楽しみ方が増えたと思います。