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東京 練馬区・石神井公園駅前の再開発 異例の執行停止のなぜ?

不動産のリアル(30)
  • 2024年3月25日

先日、再開発に携わる関係者から注目を集めた決定が裁判所から下されました。東京・練馬区にある西武池袋線の石神井公園駅前で進められている再開発事業について、一部地権者の申し立てに基づき、東京地裁が一時的に土地の明け渡しを停止する決定をしたのです。異例ともいえる決定が出された現場はどうなっているのか?早速、現地に向かいました。

※私たちは「不動産のリアル」と題して、各地の不動産事情を取材しています。
皆さんの体験や意見をこちらまでお寄せください。
これまでにお寄せいただいた投稿は、首都圏ネットワークでお伝えしました。
4月9日の午後7時までNHKプラスで配信しています。

(首都圏局 不動産のリアル取材班/記者 牧野慎太朗)

「閉店」「移転」の文字並ぶ再開発エリア

現場は、西武池袋線の「石神井公園駅」前の商店街に面した一角にありました。
約6000㎡ある再開発エリアには、雑居ビルが建ち並び、ラーメン屋や居酒屋などの看板が掲げられていますが、すでにほとんどの店が閉店していました。店頭には「閉店」や「移転」を知らせる張り紙が出され、店内は暗く静まりかえっていました。
商店街の関係者に聞くと、再開発が目前に迫った、ことしに入ってからテナントが徐々に閉店し、人の出入りが無くなったそうです。

石神井公園商店街振興組合 小川美千江 理事長
「飲食店だけでなく、化粧品店やパン屋なども並んでいた駅前商店街の顔のような場所で、特に長年営業していたスーパーの閉店を惜しむ人は多くいました。次々と閉店したので、それを見て『再開発が進む』と気づいた人もいたのでは。いまの様子を見ると、まるで廃墟のようになっていると感じられるかもしれませんね」

再開発で100mのタワマン誕生

こちらが再開発の完成イメージです。一帯を更地にした上で、4年後(2028年)の完成を目指し、高さ約100m・地上26階建てのタワーマンションと、高さ約35メートル・地上9階建ての中層ビルの2棟を整備する計画です。
2棟の建物の間には、新たに幹線道路が通ることになっていて、総事業費は253億円に上ります。

反対する地権者が提訴 異例の決定

しかし、この再開発計画にすべての地権者が賛同していた訳ではありませんでした。
再開発に反対する一部の地権者は、自らの土地や建物を明け渡すことに反対し、東京都に計画の見直しを求める訴えを起こしたのです。

再開発は、法律上、全地権者の3分の2以上の同意があれば、一部が反対していても、強制的に土地の明け渡しを求めて事業を進めることができる制度です。そのため、反対する地権者が、裁判を起こして計画を止めようとするケースは少なくないですが、多くの場合、訴えが認められることはなく、建物は解体されて再開発が進められるといいます。
しかし今回は、裁判所がことし5月に出される1審判決後までの約5か月間、土地の明け渡しを停止する決定を下しました。つまり、反対する地権者の訴えに理解を示し、裁判所が最終的な判断を下すまで、一部の建物が取り壊されるのを阻止したことになります。
代理人の弁護士も「記録を調べる限り、初めてのケースだ」としています。

なぜ異例の決定が? 裁判の争点は

この駅前再開発をめぐる裁判の最大の争点は、再開発への道を開き、超高層ビルを建てられるようにした地元・練馬区による「建物の高さ制限の緩和」が適法か否かです。

調べてみると、再開発エリアは2012年に定められた地区計画(建物の規模や道路の配置などを決めた地域独自のルール)で、高さの最高限度は「35m以下」に設定され、例外として緩和した場合でも、区の内規で「50m」を限度としていました。

それが、2020年に変更され、「35m」という基準は残しながらも、例外として必要な条件を満たせば実質的に制限を設けない内容に変わりました。この例外とは、面積が2000㎡以上の敷地があり、再開発などで高層化する場合のことを指します。今回、100mのタワーマンションを建てることになっているのも、この例外に該当しているからです。

この「建物の高さ制限の緩和」について、再開発に反対する地権者側は「練馬区は高さ制限を緩和する公益性や理由を示していない。地域住民の合意のもとに決めた地区計画を勝手に変更するのは行政の裁量権を逸脱しており、違法だ」と指摘しています。
さらに、景観の観点も指摘されています。
2011年に練馬区が定めた「練馬区景観計画」では、「周辺の建築物群のまちなみと調和を図り、著しく突出した高さの建物は避ける」、「石神井公園からの眺望の中で突出しないよう高さを抑える」とされており、これと整合していないというのです。

練馬区の言い分 裁判所の判断は?

これらの指摘に練馬区はどう反論しているのでしょうか。取材すると次のような回答がありました。

◎高さ制限を緩和した理由について
「高さ制限を見直すことで、敷地内に十分な空地が確保され、オープンスペースや樹木等の創出、みどり豊かな潤いと安全性を兼ね備えた街並みの実現が期待できます」

◎「練馬区景観計画」との整合性について
「石神井公園駅周辺には、すでに高さ109mと94mの高層建築物が存在し、これらと比較しても高さは突出しているものではありません。周辺のまちなみと調和が図られており、景観の基準にも合致しています」

今回の決定 ほかの再開発への影響は?

ことし1月時点で、1都3県で進む再開発事業は71地区に上ります。石神井公園駅前の再開発と同様に、従来の高さ制限を緩和したことで高層ビルを建てられるようになったケースは少なくありません。
今回の決定は、ほかの再開発にどのような影響を与える可能性があるのでしょうか。
まちづくりの法制度に詳しい専門家に伺うと、「まちづくり分野で執行停止が出されるケースはめったにない」としたうえで、決定の意味や影響を次のように話していました。

上智大学法科大学院 越智敏裕 教授(環境法・行政法が専門)
「再開発を含めまちづくりをめぐる訴訟では、これまで裁判所が違法判決を下しても、すでに工事が進んで建物が完成している場合など、元に戻すことは実際上できないので損害賠償を払って解決するといった、いわゆる“やり得”という課題が長くあった。その意味で、今回の執行停止には一定の意味がある。
ほかの裁判所が今回の決定に続くかどうか次第ではあるが、再開発が裁判で止められる可能性があるとなれば、当然緊張感が生まれて、審理に耐えうるか、対外的に説明ができるかを踏まえた慎重な行政手続きがより必要になるほか、事業を進めるに当たっても丁寧に合意形成を図っていくことがより求められるようになるだろう」

石神井公園駅前再開発の行方は?

今回、裁判所から一時停止の決定が出されましたが、再開発の先行きはまだ見通せません。
今回の土地の明け渡しの停止は、反対する地権者の土地や建物が対象です。ほかの場所ではすでに解体工事が少しずつ進められているのが現状です。
地元・練馬区は「法令に基づいて手続きを進めており、裁判所の決定は理解しがたいものであると考えています」とコメントし、事業主体である再開発組合の代理人弁護士も東京高裁に不服申し立てを行い、全面的に争う姿勢です。
最終的に裁判所はどのような判断をするのか、ことし5月の1審判決が注目されます。

私たちは各地の再開発の現場を取材していきます。ぜひみなさんの体験や意見をこちらまでお寄せください。

  • 牧野慎太朗

    首都圏局 記者

    牧野慎太朗

    2015年(平成27年)入局。宮崎局、長野局を経て2022年から首都圏局。不動産取材を担当。

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