WEBリポート
  1. NHK
  2. 首都圏ナビ
  3. WEBリポート
  4. 東京都が全国初カスハラ防止条例制定へ

東京都が全国初カスハラ防止条例制定へ

  • 2024年2月26日

「お前はカスだ」「今からお前の店に殴り込むぞ」「金は払わない」。

これは客からの理不尽な要求やクレームといったカスタマーハラスメント、いわゆる「カスハラ」の実例です。連合=日本労働組合総連合会の調査では、カスハラが「増えた」と感じる人は「減った」と感じる人のおよそ5倍と、被害を身近に感じている人は少なくありません。

こうした中、東京都は、カスハラを防ぐ全国で初めての条例の制定に向けて取り組みます。
その背景には、現場では対応しきれない厳しい現状があります。
(首都圏局 都庁クラブ/記者 川村允俊)

データが示すカスハラの実態

連合はおととし、カスハラの実態を調べようと、直接、被害を受けた675人と同僚が被害を受けた325人のあわせて1000人を対象にアンケート調査を実施しました。

それによりますと、直近5年間の発生件数の変化について尋ねたところ、369人が「増加したと思う」と回答し、「減少した」と回答した77人のおよそ5倍と大きく上回りました。

「増加したと思う」と回答した人に、その理由についてあてはまるものを複数回答で尋ねたところ多い順で次のようになりました。

「格差、コロナ禍などの社会の閉塞感などによるストレス」
「過剰な顧客第一主義の広がり」
「人手不足によるサービスの低下」
「SNSなどの匿名性の高い情報発信ツールの普及」

そして、直接、被害を受けた675人のうち、76.4パーセントにあたる516人がカスハラを受けたことで「生活に変化があった」と回答しました。

具体的な影響については、多い順で次のようになっています。

「出勤が憂うつになった」
「心身に不調をきたした」
「仕事に集中できなくなった」
「眠れなくなった」

被害が相次ぐ現場

心身に悪影響を及ぼすカスハラ。その実態はどのようなものなのか。

今回、都内の会計ソフト会社が取材に応じてくれました。
会社のコールセンターでは、顧客となる企業や個人事業主から、経費精算をめぐるソフトの操作方法についての相談を受け付けています。

オペレーターの村本滉治さんは、客と応対する中でカスハラを経験したことがあります。

村本滉治さん
「『てめえ、ふざけてんじゃねえぞ』、『この時間どうしてくれるんだ、無駄になるじゃねえか』、『金出せよ、補償しろ』とか。最後には『殺すぞ』も言われた」

こうした被害は同僚も受けていて、カスハラを受けたある同僚は会社を辞めたと言います。当時のやりとりの音声が録音されていて、操作方法がわからない客が同僚の説明に納得せず、どなり声をあげています。

「ふざけた回答してんじゃねえぞオラ!殺すぞこら!おい録音してんだったらな、警察いってな脅迫罪でもなんでも言えよ。ああん?なめてんのかよ。こら!」

村本さんもカスハラを受けたあと、仕事を続けるのが怖くなり、辞めることも考えたと言います。

村本さん
「翌朝もそのことばっかり考えて寝れなかった。その直後、特に1か月間、結構引きずっていたことはある。できれば、電話の仕事とか辞めたいなと思うことはあった」

対策にも限界が

この会社では、カスハラから従業員を守るための対策を強めています。

ストレスを感じたオペレーターを精神的にフォローする専用の相談窓口を設けたり、悪質なケースの場合は、サービスの提供を断ったりしています。
しかし、理不尽な要求やクレームは減ることなく抜本的な対策が必要だと感じています。

freee カスタマーハラスメント対策推進リーダー 久保友紀恵さん
「会社が対策をしても、なかなかカスハラは減らない。条例があればカスハラが認知されて抑止につながると思うので、働いている人たちが被害に遭わずに済む社会になってほしい」

なぜカスハラが起きるのか

そもそも、なぜ、こうしたカスハラが起きてしまうのか。

カスハラ問題に詳しい関西大学の池内裕美教授は「客の心理的要因」と「SNSの普及」をカスハラが起きる主な要因に挙げています。

「客の心理的要因」というのは、客が求める水準がどんどん高くなって、お客さま第一主義を掲げる企業が、それに応えるのが難しくなり、そのギャップで、不満を抱える客が増える。
前提として格差社会や少し前にはコロナ禍などによるストレスがあって、不満と相まって感情を抑えられないようになるというのです。

そして「SNSの普及」というのは、相手の感情が見えない空間でひぼう中傷が当たり前のようになってしまい、苦情を言う抵抗感が低くなっていることが後押しして、カスハラを起こしやすくなっているのではないかと分析しています。

東京都が全国初のカスハラ防止条例制定へ

カスハラの問題が深刻化しているとして、東京都が対策に乗り出します。

小池知事は2月20日に開会した都議会の定例会でカスハラを防ぐための条例の制定に向けた検討を進めることを明らかにしました。

都によりますとカスハラを防ぐ条例が制定されれば全国で初めてだということです。
具体的な対策の中身はこれからですが、罰則は設けない方向で検討が進められる見通しです。

というのも、都は、去年から大学教授などの有識者や労働団体の担当者などが集まって対策を議論する会議を設けていて、この中で「罰則を設けることでその範囲から外れた行為が許される認識が広まってしまう」とか「罰則に該当する具体的な行為を決めるのに時間がかかる」などの意見が出されたためです。

池内教授は、行政が条例という形で、カスハラに毅然と対応する姿勢を見せることには、意義があると言います。

池内裕美教授
「東京都が条例を制定しようとすることで、世の中全体でカスハラの問題についての共通認識ができる点でとても意義が大きい。対応する側は『これはカスハラだ』と思ったことについて、対応を断る理由ができるので、他の自治体にも広がっていくことに期待したい」

都は、都議会などで議論を行い、早期の条例案の提出を目指すことにしています。

取材後記

今回の取材を通じ、カスハラによって出勤できなくなる人や、なかには精神を病んで病院に通っている人がいることを知りました。

人手不足と言われるなか、このままではカスハラを理由に貴重な労働力が減ってしまうことも危惧されます。

都の条例制定に向けた動きをきっかけに、カスハラへの関心が高まり、誰もが働きやすい社会になっていくことを期待したいと思います。

  • 川村允俊

    首都圏局 都庁クラブ 記者

    川村允俊

    2018年入局 長野局を経て首都圏局。 長野局では台風19号の被害などを取材。現在は都庁担当。

ページトップに戻る