「埼玉県川口市の子ども間でベーゴマがはやっている」
そう聞いて取材に向かったのは、川口市立郷土資料館。取材前は「あの昭和の遊びが、今…!?」と半信半疑でしたが、資料館内に設けられたベーゴマの遊び場をのぞくと、そこには盛り上がる大勢の子どもたちの姿が-。
そこで出会ったのは、ベーゴマを通して仲を深めたという、小学6年生の常連3人組。スマホやネットのゲームを楽しめる今の時代、ベーゴマという懐かしくて素朴な遊びにひきつけられる子どもたちを追いました。
(首都圏局/ディレクター 楠りえ子)
「かまえて!チッチノチ!」「よっしゃ~!」
にぎやかな声が響くのは、川口市立郷土資料館に設けられたベーゴマの遊び場です。小学校高学年から保育園に通う子まで、この日は30人以上が訪れていました。
直径3センチほどの大きさで、鉄でできているベーゴマ。これにひもを巻いて直径40センチほどの「床(とこ)」に投げ入れます。
相手のベーゴマを床からはじき出すか、相手よりも長い時間、床の上で回せば勝利となります。
子どもたちは、ひもの巻き方を練習したり、やすりでベーゴマの先端をとがらせ、より長く回るよう改造したり、それぞれ勝利のために工夫を凝らしていました。
はじくところが楽しい。
(ベーゴマ同士がぶつかると)火花でるし、大会あるし、みんなと一緒にできて楽しい。
ブームの火付け役となったのが、郷土資料館職員の井出祐史さんです。
郷土資料館職員 井出祐史さん
「こんなに子どもたちがはまると思っていなくて、それはもう僕の予想をはるかに超えていますね」
2年前、資料館の一角に床を設置。ベーゴマの遊び場を作りました。
「子どもたちに街の歴史を知ってほしい」という思いからです。
川口は「鋳物の街」として知られています。かつては市内の多くの鋳物工場で、あまった金属を使ってベーゴマが作られていたといいます。
しかし時代の流れとともにそうした工場も減り、いまでは市内でベーゴマを作っているのは一軒だけに。ベーゴマの遊び方自体を知らない人も、多くなっています。
「私は小学校の教員だったんですけれど、川口市では3年生になると、社会科見学で鋳物工場に行っていたんですよね。そこで記念にベーゴマが配られていたんですけれど、子どもたちも先生たちも回し方がわからない」
2020年春、郷土資料館に勤めることになった井出さん。その後、市内で唯一ベーゴマを製造している会社が、運営しているベーゴマ資料館を閉館するという情報を耳にしました。
井出さんは、貴重な資料が失われてはならないと、大正時代のベーゴマなど400~500個を引き取り、郷土資料館内で展示することにしました。さらに、「回して遊ぶ子どもたちの姿があってこそ、ベーゴマ文化」と考え、遊び場もあわせて設置することにしたのです。
当初は、ベーゴマの遊び場は訪れる子どもも少なく、閑散としていたといいます。そこで井出さんは市内の小学校でベーゴマの出張教室を開催し普及に努めました。
そこでおもしろさを知った子どもたちがしだいに遊び場にも集まるようになり、今では多い日には100人以上来ることもあります。
鋳物の街で発生した、“令和のベーゴマ旋風”。
しかし、今はスマホのゲームなど、ほかにおもしろい遊びがたくさんある時代。なぜ、子どもたちはここまで夢中になっているのでしょうか。井出さんの見立ては。
「ひとつは、絶対王者がいないということ。初めて今日回せた子が勝っちゃったとか、誰にでも平等に勝てるチャンスがあるというのが、続けられるきっかけかもしれないですね。
あとは、やっぱりコロナ禍だったっていうのも大きいと思っていて。何もかも制限されて、学校はすごく閉塞感があったんですよね。ベーゴマはそれを発散できるっていうか、人と交われるということが、すごく楽しいみたいです」
取材を進めていくと、この遊び場の常連だという、小学6年生の3人組に出会いました。いつもこの場所で真剣勝負を繰り広げています。
彼らが郷土資料館でベーゴマをやり始めたのは1年半前。同じ小学校に通う3人ですが、それまではあまり話さなかったといいます。
(ベーゴマを始める前は)あんまり知らなかった。
ベーゴマで仲良くなった。
うん、そうだね。ベーゴマで。
放課後は毎日のように顔を合わせ、土日も毎週集まる3人。子どもたちの中でもダントツの練習量を誇る彼らは、それぞれが独自の特技を持ち、“ベーゴマ道”を極めています。
安定した強さをみせるのが加藤創介さん。
特技は「角づけ」と呼ばれる投げ方です。
ベーゴマを傾けて投げ入れ、相手を下からはじき飛ばす「角づけ」。特に加藤さんの角づけは、深い角度で相手の下に潜り込み、攻撃力が高いと評判です。
この人しかできない。マネできないよ、こんなの。
うん、これはこの人しかできないです。
一方、抜群のコントロールを誇るのが大竹生眞さん。
通常の床より小さい「ミニ床」、例えば8分の1サイズの缶コーヒーの上に乗せるのもお手の物。「ミニ床王子」との呼び名もあるほどです。
Q. ミニ床の力はどう役立つ?
相手のコマの、当たらないところに入れてうまく立ち回ったり。対戦にもミニ床の力、使えています。
そんな大竹さんでも、乗せるのが難しいというのが、直径1センチにも満たない「超難関ミニ床」。
挑戦すること16回…カメラの前で見事な技を決めてくれました。
そして、3人目。平添燈弥さんの特技は「デコレーション」です。
色鮮やかにデコレーションされたベーゴマの数々。
どんなふうに作っているのか、自宅で見せてもらいました。
お菓子の箱を再利用した手作りの台にベーゴマをのせて、マニキュアで下地となる部分を色づけ。ピンセットでラメパウダーものせていきます。
細かい模様は綿棒を使って、丁寧にベーゴマをデコレーションしていきます。
完成したのが、こちら。回した時にきれいに見えるよう、青の隣にはピンクを塗ってお互いを引き立たせる配色にしたり、全体にラメをまぶして光を反射させたりするのが、平添さんのこだわりです。
そんなデコレーションのきっかけは…
郷土資料館にあるデコベーゴマを見て、それがかっこよくてどう作るのかなと思って。ネイルを持っていたお姉ちゃんにやってもらったらかっこよかったから、自分でもできるかなと。
平添さん、加藤さんと大竹さんの2人にもデコレーションしたベーゴマをプレゼントしています。
大竹は白と緑を組み合わせ、加藤は黒に金色って感じで、かっこよくした。
うれしい。いつもバッグに入れて持っている。
2人で色違いをもらえて、非常にうれしい。
Q. 何でプレゼントしようと思ったの?
大竹と加藤、ライバルっていうか、お互いがすごいから。
ライバルでもあり、ベーゴマ友達でもある3人。毎日真剣勝負を繰り広げながら、お互いの分野で自分の個性を磨いています。
3人の熱いベーゴマ愛。近くで見ているご家族はどう感じているのか、加藤さんのお母さんにお話を聞きました。
Q. 加藤さん ベーゴマかなり熱中しているみたいですが…
そうなんです。もう今、すごいハマっているみたいで、土日も必ず郷土資料館に行って。ベーゴマをやる前は、土日に友達と会うということがあまりなかったので、びっくりです。
Q. そんな姿見て、いかがですか?
そもそも口下手で、特定の友達の名前を聞いたこともなかったので、「今日勝ったんだよ」とか「ベーゴマゲットしたんだ」といった会話が増えてうれしいです。
あとは、小さい子に優しく教えてあげたりしてるみたいで、そういうのを聞くと、涙が出るくらいうれしくて。これからもぜひ続けてほしいです。
加藤さんの部屋には、今まで集めたベーゴマの数々が。その数195個。その多くが、大会で優勝して賞品としてもらったベーゴマなんだとか。
もうすぐ小学校を卒業する3人。中学生になると部活も始まり、ベーゴマの遊び場から離れる子どもも多いそうですが、どうするのでしょうか。
俺、(中学で)ベーゴマ部作る!大竹、作ろうな。
おう! 人数足りないかもしれないけれどなぁ。
俺は運動部入るかなぁ。
でも、ベーゴマで大きな大会出たいし、絶対続けます。
ベーゴマで絆を深めた3人の真剣勝負は、これからも続きそうです。