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再開発 東京・港区の事例から 同意率をめぐる攻防

不動産のリアル(26)
  • 2023年11月21日

再開発を進めるには、法律で地権者から一定の同意を得る必要があると定めています。しかし、再開発が進む都心の一等地では、地権者の同意を満たす過程で予想外の事実が明らかになり、当事者はもとより行政も巻き込む事態となっていたことが分かりました。
いったいなにが起きていたのか、現地で徹底取材しました。

※私たちは「不動産のリアル」と題して、空前の高騰が続く不動産事情を取材しています。
皆さんの体験や意見をこちらまでお寄せください。
       (首都圏局 不動産のリアル取材班/記者 牧野慎太朗 ディレクター 三嶋立志)

都心の一等地でなにが?

「地権者が突然増え、同意率に影響した現場がある」
こんな話を耳にして取材に向かったのは東京・港区。その地区は、ビジネス街としてにぎわう都心の1等地にありました。この夏、再開発事業の工事が始まったばかりで、もともとの雑居ビルや住宅がまさに取り壊されているところでした。数年後、更地になった1ヘクタールほどの土地には、新たな高層ビルが建てられることになっています。

この土地の元地権者たちを訪ね歩くなか、1人の男性に出会いました。この地区で特許事務所を営んでいた、弁理士の田渕経雄さんです。田渕さんによると、この場所では10年ほど前から「まちづくりを考える会」が立ち上がり、再開発に向けた機運が高まっていたそうです。しかし、田渕さんは土地や事務所を明け渡さなければいけない再開発には反対で、地権者の間でも賛否が分かれていました。

田渕経雄さん
「再開発をすると個人の土地はなくなってしまうので、新しいビルの床をもらってもあまりメリットはないと考えていました。『親子3代で商売しているから』などの理由で、同じように反対する地権者はほかにもいて、できたら地権者全員が納得した上で計画を進めてほしいと考えていました」

再開発に必要な3分の2の同意

市街地再開発事業を進めるには、都市再開発法で全地権者の3分の2以上の同意が必要だとされています。一方、港区を含む一部の自治体は、できる限り多くの賛同が望ましいとして地権者の概ね80%の同意を得るよう指導しています。この条件がクリアされて初めて、再開発に向けた行政手続きを進めることにしています。田渕さんの地区でも必要な同意には達しておらず、しばらくは計画がストップしたままだと考えられていました。
しかし、2020年冬、港区の担当者から突然「同意が集まったので、再開発に向けた行政手続きを進める」と告げられたといいます。田渕さんは違和感を覚え、土地の登記を調べて見ると予想外の事態が起きていました。

同意率達成 その驚きの理由とは

いつの間にか全体の地権者数が51人から58人に増加していたのです。この新たに増えた地権者がいずれも再開発に賛成する立場に回ったことで、概ね80%の同意を上回る結果となっていました。

なぜ、地権者は7人増えたのでしょうか?田渕さんはそこで驚きの事実を目にします。
それは、再開発を手がけていたデベロッパーの子会社が所有する土地が、分筆(1つの土地を複数に分けて登記すること)され、結果的に、200平米を超える2つの土地と、いずれも20平米あまりの3つの計5つに分かれていました。そして、このうち4つがそれぞれ異なる会社に売却されていたのです。さらに、デベロッパーが権利の一部を持っていた別の土地も3つに分筆され、ここでも地権者が増えていました。
田渕さんは一連の土地取引は、再開発に必要な同意を達成する目的だったのではないかと疑念を抱いたといいます。

田渕経雄さん
「土地を分割して地権者をどんどん増やしていく、同意者数の分母を変えていくようなやり方ってやっぱりおかしいなと思いました。これだと反対する人がいくらいても再開発に必要な同意率は達成されてしまうことになるので、地権者の権利は守られなくなってしまうと思います」

区の審議会でも議論

この取引は、2021年2月、港区の都市計画審議会でも議論になりました。
当時の議事録を確認すると、港区は聞き取りの結果、「同意率を増やす意図をもって分筆していない」と回答があったと報告。区としても、手続きは「法律上問題ない」という見解を示していました。しかし、議事録には複数の委員から異論が上がっていたことも記されていました。

港区都市計画審議会 議事録より
「一般的に考えたら、こんな小間切れの土地に分割するってことは同意者数を増やすための1つの手段ととられても仕方が無い」(区議)

「これは脱法行為ととられかねないおそれがあるような分割だと思う」(大学教授)

議論の結果、地権者から疑念が示されたという付帯意見をつけて、再開発に関する都市計画を了承することになり、事業化に向けて動き出しました。

反対派が8分筆で対抗

しかし、一部の地権者はこれに納得した訳ではありませんでした。田渕さんとは別の再開発に反対していた地権者が、自らの土地を分筆して地権者を増やす対抗措置に打って出たのです。もともと1つだった土地が8つに分けられ、新たに増えた地権者はいずれも反対に回り、同意率は下がりました。分筆した地権者は、取材に対して「デベロッパーに対抗するために土地を分筆した」と、同意率を下げることが目的だったと認めています。

ただ、最終的には法律上、再開発に必要な3分の2以上の同意は集まっていたため、事業は東京都から認可されて工事が始まることになりました。

デベロッパー側の見解は?

私たちは、デベロッパー側や土地を購入した地権者に取材を申し込みました。
デベロッパーは次のように回答しています。

Q. 一連の土地取引について地権者から「同意率達成のための分筆」と指摘を受けたことをどう受け止めていますか?

一連の取引の前から、法令で定められた同意率の要件を満たしており、かつ港区からの指導内容も概ね満たしておりました。そのため、同意率を特段意識する状況にはなく、経済合理性に基づいて取引を行ったものであり、「同意率達成のための分筆」との指摘は当たらないものと考えています。

Q. 一連の取引によって土地の所有者が増えると、再開発における同意率にも影響を与えることを認識していましたか?

同意率への影響等については特段の意識はなく、ただ経済合理性に基づいて取引を行ったものです。

類似の事案ほかにも 東京都は法改正要望

公図をよく見ると、30分筆されている(右側)

私たちが調べたところ、同じように分筆によって地権者が増えて同意率が変化した事例は、ほかの再開発地区でも確認されました。過去には1つの土地が30分筆され、権利者が大幅に増えたケースもありました。これらが同意を満たすための意図があったかは定かでありません。
ただ、東京都もこうした現状を問題視し、2014年度から国土交通省に法改正を求め続けています。

<現状・課題>
「区域内の宅地所有者等の3分の2以上の同意を要するが、宅地分割を行ってこの人数要件を成立又は不成立にさせようとする者がいた場合、分割された後の宅地所有者等の人数によって算定しなければならない」

<具体的要求内容>
「宅地の小割り・分割を行っても、同意対象人数が増えないような算定の方法とするなど、人数同意要件の算定方法の見直しを行うこと」

「令和6年度 国の施策及び予算に対する東京都の提案要求」より抜粋

一方、国土交通省はいまのところは対応していません。
今回、その理由についても尋ねたところ、次のような回答がありました。

事業推進側であるか事業反対側であるかにかかわらず、地権者は分筆を行う事が可能であり、また、恣意的な分筆と通常の売買等に基づく分筆の外形的な区別は難しく、市街地再開発事業においてどのような対応が必要かについては、制度改正の要否も含め、慎重に検討する必要があるものと考えています。

同意率めぐるトラブル絶えず

いま全国各地で高度経済成長期の建物が更新時期を迎え、再開発が進められています。それ自体は必要なことかもしれませんが、どんな街に作り直すかの議論に地権者の同意は不可欠であり、そのプロセスは透明性を持って進められるべきだと感じます。

私たちは「不動産のリアル」と題して、空前の高騰が続く不動産事情を取材しています。皆さんの情報や意見をこちらまでお寄せください。

  • 牧野慎太朗

    首都圏局 記者

    牧野慎太朗

    2015年(平成27年)入局。宮崎局・長野局を経て2022年から首都圏局。不動産取材を担当。

  • 三嶋立志

    首都圏局 ディレクター

    三嶋立志

    2018年(平成30年)入局。札幌局を経て2023年から首都圏局。都内各地の再開発を取材。

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