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不登校を未然に防ぐ 「学校内」に自由に過ごせる“場所”を 板橋区の中学校

  • 2023年10月17日

不登校の状態にある小中学生は、昨年度およそ29万9000人となり、10年連続で増加し過去最多となったことがわかりました。
東京都内の公立の小中学校や高校でも、前年度より3割近く増え、過去最多でその数は3万843人。中学校では、15人に1人が不登校の経験があったといいます。

学校現場を取材すると、一度、不登校になった場合、生徒に会うことすら容易でなくなるケースが多いと教員たちは語ります。

「担任が家に訪ねてもなかなか会える状況ではない」
「インターフォン越しにしか話せない」

生徒が学校から離れてしまう前に何かできないか…
都内にある中学校が国や自治体の動きに先駆けて3年前から始めたのは、学校の中に生徒たちが自由に安心して通うことができる“部屋”をつくることでした。
(首都圏局/ディレクター 今井朝子)

教室に入れない 居づらい生徒が登校する「SBSルーム」とは

板橋区のある公立中学校に設けられた「SBSルーム」と名付けられた部屋。

「S=ステップ B=バイ S=ステップ」

「一歩一歩前に進んでいこう」という意味が込められています。
時間割はなく、部屋の出入りも自由。
勉強や読書など、生徒自身の意志で思い思いの時間を過ごします。

見守るのは、教員やスクールカウンセラー、さらには、教員資格を持つ保護者など地域の大人たちです。

教員

どうする? 教室、きょうは?

SBSルームに通う生徒

胃が痛くなるんでやめます。

教員

胃が痛くなるの?
そうか…じゃあ、なんかね、困ったことあったら声かけてね。

SBSルームに通う生徒

はい。ありがとうございます。

 

教室でも家庭でもない子どもたちの居場所を“学校の中に”作ることー。
「SBSルーム」は、不登校の生徒たちへの対応を模索してきた学校が、まずは、生徒とのつながりを途切れさせず、“不登校にさせない”取り組みとして考えられました。

“学校へ通う自信に” ある中3生の思い

SBSルームに通う3年生の生徒は、中学受験をして、別の進学校に通っていましたが課題の多さにつまずき、クラスメートとも心を通わせることができなくなりました。

1年生の秋に転校、しかしこの学校でも、教室への距離は遠くなったまま。ほとんど入ることができていません。

生徒
「行かなきゃって思ってはいたんですけど、どっかでそれがストレスに感じてたり。ノルマじゃないけどそんな感じになったりするので自分の中で。だからそれがちょっと嫌だなって感じで」

2年生になり、通い始めたのが「SBSルーム」です。
この日は、生徒が大好きな数学の勉強を、学校で学びのサポートを行う支援員と一緒に
行っていました。

支援員

Xは?

生徒

4、Yが6

支援員

おっー。

 

マンツーマンの指導を受けるようになり、少しずつ心が解きほぐされていきます。

そして、お昼の時間。
生徒が向かったのは自分のクラスの教室です。

生徒はいま、給食や学級活動などの時間は教室に入れるようになり、クラスメートと過ごす時間も増えてきています。

「SBSルームを経由して、学校に通っている自信をつけられるのかなと。結構、クラスに顔を出す頻度も増えてきたので、自分がどんな人なのかっていうのもある程度は分かってもらえたっていうのはあると思うので、それで話しやすくなったのかなと思います」

「子どもたちのSOS」アンケートの実施で気づくきっかけに

生徒のSOSのサインに気づくためにはどうすればいいのか。
中学校が考えたのが生徒たちへのアンケートです。

不安がないか、何か相談したいことはないか、生徒ひとりひとりの気持ちを探り、
必要に応じてSBSルームで過ごすことを勧めています。

中学校 校長
「不登校の予備軍というかいま本当につらさを抱えながらコップの水はあふれていないけれど日々1滴1滴たまっていっている子たちがいま、この瞬間も教室にもいるんですよ。
だからその子たちがその水がブワッとあふれてしまう前に『教室がつらかったらここがあるよ』っていう次の選択肢を設けてあげられたのは大きいと思います」

SBSルームがあったから教室に戻ることができた

SBSルームで自信を取り戻し、再び教室に戻る選択をした生徒もいます。

3年生の女子生徒は、2年生のころ、部活動やクラスでの人間関係に悩み、教室に入ることができなくなりました。

生徒
「社会の授業の時、みんなで話し合いましょうみたいなのが、すごい苦手で、どうしても出たくなくて。話す内容が分かんなくて頭が混乱するし、話す相手も見つけられないし…。
そのうち教室に行きたくないって気持ちがなぜか出てきて。明日になってほしくない、寝たくないっていうのはすごくあった」

逃れるように通ったのが“SBSルーム”です。
ここで夢中になったのが、大好きな絵を描くことでした。

「絵を描くのが楽しくて、SBSルームでずっと描いていました。学校行くのはきついけど、こういうことができる場所があるから来られるっていう」

そんな生徒に、担任の先生も寄り添います。SBSルームで、一緒にゲームをしたり、何気ない会話や日記で言葉をかけたりして支え続けました。

さらに、生徒に教室へ配布物を届ける仕事を任せました。
先生には、役割を担うことでクラスの1人であること、生徒に達成感を味わってほしいという思いがありました。

「朝早くに登校するんですよ、クラスで一番早い。誰もいないから教室行けるみたいな感じで。先生に『いつもありがとう』みたいに言われたり、ちゃんと自分も役に立てているんだみたいな」

やがて、これまで苦痛と感じていたクラスメートとの関係も変わっていきました。
教室で過ごす時間が増えていったころ、ある生徒がかけてくれた“言葉”が心に響きました。

「クラスにすごいお母さん的存在みたいな感じの人がいて、その日1時間しか授業に出てないけど、『この1時間出れたんだよね』とか私が言うとめっちゃ褒めてくれて…。そういう子がいてくれたっていうのがすごく大きかったです」

友達、担任の先生、スクールカウンセラーの存在。
ゆっくり時間をかけて「対話」を続け、徐々に前向きになっていきました。
半年後、教室に戻ってきた生徒。
少しずついろいろな友達とも話ができるようになってきています。

「前は友達に関して結構きついと思っていたんです。なんでそう変わったかって明確な理由はちょっと自分でも分かってないんですけど、自分的に感じているのだと、すごい“適当”になったなって思って。“適当”になるのって結構大事だなって。

1年前の自分とかだと、かなり真面目に考えてて、こうしなきゃっていうのがあったなって。友達と話合わせなきゃとか、一緒にいなきゃ、仲良くならなきゃ、とか。でもいまは何か話しかけてくれたらうれしいなあみたいな。楽になりました。

SBSでの時間も大切だけど教室にいる時間も大切だからっていうので、乗り越えられたりしています」

“不登校にさせない”ために 教員たちにも広がる気づき

SBSルームの取り組みは、生徒だけでなく、学校の教員たちにも大きな気づきを与えています。
生徒とSBSルームで関わり合う中で、生徒の心の動き、気持ちの変化なども気づけるようになってきたといいます。この学校の校長は、教員自身が生徒との向き合い方を身につける時間にもなっていると感じています。

中学校校長
「SBSルームに行って、トランプやって楽しそうに笑ってる、恋バナしている教員もいます。子どもたちが学校に来てくれさえすれば、我々はいろんなアプローチのしかたで寄り添うことができるんです。それがあの部屋が学校にある一番の意味なんです」

不登校の子どものサポートを行う専門家は、思春期の子どもたちを支える上でもこうした学校の取り組みに期待を寄せています。

国立精神・神経医療研究センター 精神科医 松本俊彦さん
「学校の中にも、学校でありながら学校っぽくない場所があったり、地域の中にも学校でも家庭でもない場所ができるのは、必要なことだと最近特に感じています。

好きなことをやるとか邪魔されないとか、個別性を大事にしながら、あまり干渉しすぎない、でも声をかけるというのが必要なのかなと思います。追い詰められた子が『おはよう』と声をかけられただけで少し心の中に光が差した感じがしたり…。

高校1年生くらいまでは、学校の世界がすべてだったりするので、そこで行き詰まっちゃうと、本当に世界が終わった感じになる。
しんどいのは、気持ちが上がったり下がったりすることが、日々の学校生活の中で絶えずあるから、その中で負けが込んでくると、学校に行きたくなくなるというのがあると思っています。

だからこそ、出会いのチャンスは失わせたくないですし、学校がつらければ、学校に行けとは絶対に言いません。でもどこかで出会いの糸口を作ってあげたい。変わっていくのは“出会い”だと思います」

今回取材した板橋区では、区内22の公立中学校すべてで、教室に居づらい生徒たちが安心して過ごすための部屋を用意し、それぞれの学校が工夫しながら運営をしています。
こうした動きは東京都をはじめ、全国的にも取り組みが始まっています。

学校内で自由な居場所を維持し続けるのは、難しい部分もあると教育現場を取材する中で感じています。しかし、それぞれの学校が、ひとりひとりの子どもの声を聞き、寄り添って話を聞いていく中で、“みんなで一緒”という形に合わない生徒に気づき始めた現実もあるように感じました。

こうした中で、個々に寄り添う方法のひとつとして、学校とのつながりを途切れさせず、教員や信頼できる大人たちと関わり合いながら過ごせる「学校内の部屋」が、ますます増えていってほしいと感じました。

  • 今井朝子

    首都圏局 ディレクター

    今井朝子

    2019年入局。報道局(おはよう日本)を経て2021年から首都圏局 。教育や医療を中心に取材。不登校や虐待、子どもの人権について取材を続ける。

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